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ダムと淡水魚の多様性

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「生物多様性の減少機構の解明と保全」から

福島 路生

はじめに

 日本には約2,700のダムと84,000あまりの砂防ダムが存在するという(注:提高15m以上のものを河川法上では「ダム」と定義する)。もっとも他に治山ダム,取水堰など施工主体や目的が微妙に異なる構造物(表紙の写真参照)が無数に川を分断しており,これらのいわゆる河川内横断構造物の総数を正確に把握するものは誰一人としていないのが実情である。ダムは河川に棲む生物,特に淡水魚類の生息環境を分断することで,生物多様性低下の要因のひとつとなっている。他にも森林の伐採や道路建設などに伴う生息環境の分断が鳥類や哺乳動物の減少を招いていることが知られている。しかし“ダムと魚”ほど,典型的で格好な生息環境分断の例はないかもしれない。ここで紹介する研究は,「生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト」の一環として,ダムが淡水魚類の多様性に及ぼす影響について,北海道を対象に広域的かつ定量的に評価したものである。

ダムの写真
写真 河川を分断するさまざまな構造物
左上:貯水ダム,右上:砂防ダム,左下:農業用取水堰,右下:魚道。

 北海道には60種から70種ほどの淡水魚が生息すると考えられているが,その半数近い29種は生涯に一度は海に下り,再び川に戻る回遊性の生活史を送る(このような魚類を通し回遊魚と呼ぶ)。そのため彼らは潜在的にダムの影響を受けやすい。代表的な通し回遊魚としてサケが知られているが,他にもウナギ,サクラマス,アメマス,アユ,ウグイ,イトヨ,また多くのハゼ科や一部のカジカ科がこれに属する。このような通し回遊魚の全淡水魚に対する割合が高いのが北海道の特徴であり,そのことは魚類へのダムの影響が日本の他の地域よりも深刻である可能性を示唆するものである。

ダムの影響を調べる

 ダムの影響を調べるために,過去の魚類調査データを片はしから収集してデータベースを構築した。既存のデータベース(自然環境基礎調査,河川水辺の国勢調査,北海道レッドデータブックなど)をすべて統合し,それに未入力の報告書や論文データを追加して2年の月日をかけて作成した魚類データベースは,実に900以上の文献を網羅し,過去50年間に全道3,800地点で行われた6,674件の魚類調査データを収録するものとなった。

 ところでダムで分断されるということは,川のある地点の下流,海にいたるまでの区間にひとつでもダムが建設されている状態をいう。しかし6,000以上の魚類調査の1件1件に対して,調査時点にその地点がダムで分断されていたかどうかを過去にさかのぼって調べるのは容易なことではない。それを河川ネットワークデータと私たちが開発した解析ツールを利用することで比較的容易に明らかにできることを紹介しているのが,以前,国環研ニュース(Vol.22 No.4)に掲載された『流域環境の保全とGIS』である。この記事は,1913年に始まったダム建設によって北海道の全面積の27%が海から分断されている流域であることを明らかにしている。さらにどの流域が何年から分断されているかを知ることで,過去のすべての魚類調査について調査年と流域分断年の前後関係がわかり,おのずと個々の調査がダム分断前のものか後のものかに類別できることを解説している。

統計モデルから分かること

 そこで調査地点ごとに採集された魚類の種数を目的変数にとり,また地点ごとの標高,傾斜,年平均気温,降水量,調査年,流域面積,そして“ダム分断の有無”という0(分断なし)または1(あり)の2値の変数を説明変数として回帰分析(一般化線形回帰分析)を行った。そして観測された実データから構築された回帰モデルを用いて推定を行い,北海道における淡水魚類の多様度とそれへのダムの影響について,いくつか興味深い可能性を浮き彫りにすることができた。

 その結果を分かりやすく視覚的に表現するために,次のような一連のGISマップを作成することとした。北海道を1km四方に分割すると全部で約84,000グリッドになるのだが,そのすべてに対して上述の環境データがそろっている。そこでまずこのデータセットを回帰モデルに代入して,北海道全域で1km2の解像度で魚類の種多様度を推定してみた(図1)。ここでの推定は“ダム分断の有無”の値をすべてのグリッドで0に設定してあるため,全道にダムがひとつもなく,分断の影響をまったく受けていない仮想的な種数分布を再現している。北海道の自然地形を頭に思い描きながらこのマップを見ていただければ,多様度の特性が理解しやすいだろう。魚種が豊富な地域は,石狩川,天塩川,十勝川など大きな河川の下流域であり,反対にそれの貧弱な地域は小さな流域,もしくは大雪山系,日高山脈,知床半島など山岳地帯の源流である。

道内の分布図
図1 モデルから推定された淡水魚類の種数分布

 一方で,全84,000グリッドに対してダムによる実際の分断状況(0と1からなるデータ)を回帰モデルに代入して種数を推定すれば,より現実的な種数分布が得られる。しかし,その図をお見せする代わりに,その図と図1との差分をとって地図にした方がダムの影響を抽出するには都合がよい(図2)。この図はダムによって魚類の生息種数が低下しているエリア(パッチ)を推定するもので,色の濃いところほど低下量が大きいことを表している。全道に散りばめられた各パッチの下流端にはダムサイトがあり,下流からの魚類やエビ・カニなどの水生生物の移動(遡上)を阻害している。種数の低下量が激しいパッチが海岸に近く,標高の低い地域に分布する傾向がお分かりいただけるだろうか。図2の日高地方を拡大して見てみるとそのことがより鮮明に分かるだろう(図3)。そして個々のパッチの中でも同じようなこと,つまりダムサイトに近い標高の低いところほど種数の低下量が大きいことにも気がつく。このモデルは,標高がゼロ,つまり河口にダムが建設されると最大で9種もの淡水魚類が消滅すると推定している。また北海道全域では,ダムによって淡水魚の平均種数が12.9%低下しているとも見積もられた。

道内の減少量の図
図2 ダムによる種数低下の空間パターン
日高地方の図
図3 日高地方(図2の囲い)の拡大図
背景に標高をグレースケールで表示してある。

 ダムと魚の関係で分かったことは他にもある。ハゼ科やカジカ科など小型の通し回遊魚がダムに付設された魚道を通過できず(注:これらの魚道は一般にサケマスなどの大型で遊泳力のある回遊魚を対象に設計されている),著しくその生息確率を低下させていること。それが彼らの地域的な絶滅を導き,淡水魚全体の種多様度低下の主要因となっていること。また,ひとたびダムで分断されると,そこが小さな流域であるほど魚類の生息確率は低下しやすいことも分かった。しかし,ここでお伝えしたい一番のメッセージは,「ダムのつくられる地点の標高が低ければ低いほど,その上流から姿を消す淡水魚の種は増える」ということだ。北海道にはそれほど多くはないが,たとえば河口堰とよばれる構造物がある。河口を堰で分断されることの流域生態系に及ぼす影響がいかに甚大であるか,想像していただけるであろう。河川は本来,源流から河口まで一貫して連続するネットワークまたは回廊であり,そこに生息する水生生物は河川の連続性を前提に進化をとげた生き物である。しかし人類はダムから得られる目先の利益・安全を優先するあまり,わずか半世紀ほどの間に把握できないほど無数のダムを建設し,日本中いや世界中の河川をずたずたにしてきた。その急速な環境の変化に魚たちは追いつくことができず,これまでに,そして今でも世界各地の川から彼らは少しずつ,しかし確実に姿を消しているのである。私たちはダムによっていったい何を獲得し何を失ってきたのか,あらためて考え直してみるべきではないだろうか。

(ふくしま みちお,生物多様性研究プロジェクト)

執筆者プロフィール:

以前は年より決まって若く見られることに単純に喜んでいたのだが,このところそれは年相応に見られていないことを意味することにようやく気づき始めた。一方で,家族がもう一人ふえ,益々マイホームパパ化してゆく自分を感じてもいるのだが,妻などは益々“マイペース化”しているなどと指摘する。自分がマイペースであることを自覚することは不可能であり,その真相は分からない。