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遺伝子組換え植物の生態系影響評価

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「生物多様性の減少機構の解明と保全」から

中嶋 信美

 近年,遺伝子組換え技術の進歩に伴い,多数の遺伝子組換え植物が作製され,農作物を中心に栽培が認可されています。平成15年2月現在,遺伝子組換え作物で開放系における栽培が認可されているものは14種,66系統ありますが,このうち少なくとも4種については日本国内に交配可能な野生種が存在することがわかっています。これまで,組換え体の開放系での利用は農地などの管理が行きとどいた場所に限定されていたため,ただちに除草剤耐性遺伝子などの組換えに用いた遺伝子(以下組換え遺伝子)が野生種へ移ることは考えられませんでした。しかし,研究レベルでは環境浄化や教材としての使用を目的とした組換え体が作製されています。たとえば,クラゲの発光タンパク質遺伝子を導入した植物やメダカなどが開発されており,インテリアとして販売され一般家庭で栽培される可能性があります。このように遺伝子組換え植物を栽培管理が不十分な状態で利用した場合,組換え体そのものの持つリスク,たとえば「食べても大丈夫か?」というような「人体への影響」を評価するだけでは不十分で,生態系へ与える影響,特に「組換え遺伝子が野生種に移り,除草剤耐性の野草が知らないうちに繁茂している」と言うようなことが起こる可能性を評価する必要があります。現在のガイドラインの下では遺伝子組換え植物の栽培は十分な栽培管理が行われている場所で行うことが前提となっているので,環境に与える影響評価,特に組換え遺伝子の他の植物への伝搬確率の解析は十分な検体数に対して行われていません。

 したがって,農地以外の場所で組み換え体を栽培する場合には,組換え体と野生種とが近接して存在した時に,どのくらいの頻度で組換え遺伝子が野生種へ移行し,それが安定に保持されるのか調べておく必要があります(7頁からの記事参照)。

 本研究では日本国内で既に栽培が認可されている遺伝子組換えダイズ(GMダイズ)と,日本の農地でよく見られダイズと交配可能な野生種であるツルマメを,野外の圃場で隣接して栽培した時の,組換え遺伝子の移行頻度と,それらの雑種における組換え遺伝子の安定性を検討することにしました(写真)。

試験の様子の写真
写真 遺伝子組換えダイズとツルマメの野外交配試験の様子

(これまでの研究成果)

 GMダイズとツルマメの間で開花期に大きなずれがあると,遺伝子の移行はおこらないので,全国のツルマメ品種の中からダイズと開花期の近い品種を選び,国立環境研究所別団地圃場で開花期の調査を行いました。その結果,在来のツルマメのうち少なくとも3系統の開花期はGMダイズの開花期と2週間程度重なることが明らかになりました。組換え遺伝子のツルマメへの移行頻度を調べるには,ツルマメとGMダイズを野外で並列栽培し,1万個程度のツルマメの種子を採取して,その中にGMダイズ由来の除草剤耐性遺伝子(EPSPS)がどの程度含まれているかを調べる必要があります。これまでの方法では1個体ずつ別々にDNAを抽出して,EPSPSを増幅して検出する方法で行っていました。この方法では,植物を育て葉からDNAを抽出するために,多数の検体を調べるには広い栽培スペースが必要で,事実上100~300個体が限界でした。この問題を解決するために,種子の一部を切り取って集めた試料からDNAを抽出して検出する方法を開発しました。この方法で遺伝子増幅反応を行った結果,種子100個に1個の割合で組換え体が混入している状態でも組換え遺伝子を検出できることが分かりました。したがって,100個の種子から得た試料を100ロット分析することで,種子10,000粒の分析が可能となりました(図1)。次に組換え遺伝子であるEPSPSが花粉を通じてツルマメへ移行したあと安定に保持され,除草剤耐性ツルマメができるかどうかを検討するために,GMダイズとツルマメ(品種名Nasu5)を人工的に交配して,F1雑種を5系統作製しました。これらの雑種の第1葉からDNAを抽出して,前述のEPSPS遺伝子を増幅したところ,Nasu5から抽出したDNAを用いたときは,EPSPS遺伝子は増幅されませんでしたが,F1雑種から抽出したDNAを用いた時にはEPSPS遺伝子の増幅が確認されました(図2)。5系統のF1雑種の種子はどれもツルマメの特徴である黒色であり(ダイズは黄色),ツルマメ特異的な遺伝子マーカーをもつことも確認されたので,確かにF1雑種はGMダイズとツルマメの両者の性質を持つハイブリッドであることが確認されています。

検出結果
図1 GMダイズのEPSPS遺伝子をPCR法で検出
右は測定したメタン濃度の高度分布。
検出結果と対象の写真
図2 GMダイズとツルマメのF1雑種の種子と植物体の形状とEPSPS 遺伝子の検出
右は測定したメタン濃度の高度分布。

(今後の展望)

 遺伝子組換え体の生態系影響評価の考え方には大きく分けて2つの流れがあります。その1つは「大多数の生物に対して影響がないことが明らかであれば管理する必要はない。」という考えで,もう1つは「遺伝子組換え体は自然には発生しない。人間が作ったものだから人間が責任をもって管理する必要がある。」という考えです。我々は後者の立場に立って評価方法を検討しようと考えています。本稿で紹介した研究は生物多様性研究プロジェクトの中の「遺伝子組換え生物が生態系に及ぼす影響の評価に関する研究」として行っている研究で,既存の生態系影響評価方法の再検討という位置づけにあります。これまでの2年間は圃場での大規模栽培試験を目標に,そのための準備を中心に研究を進めてきました。圃場での大規模栽培試験は今年度より行う予定で,現在周辺住民への周知と理解をお願いしているところです。雑種における組換え遺伝子の安定性については,今回作成したF1雑種の子孫系統で開花期の変化と除草剤耐性の有無と,除草剤耐性の形質が何世代まで保持されるか調べる予定です。

 遺伝子組換え体は,既に医療の分野では不可欠の存在となっており,今後は農業だけでなくペットやインテリア,造園などあらゆる分野で利用が始まることが予想されます。このような状況に対応して,遺伝子組換え体の国境を越えての移動に関して輸入国側が輸入する組換え体のリスク評価を行うことを取り決めた「カルタヘナ議定書」が締結されており,近々発効する予定です。現在この議定書に沿って,環境省が中心になって立法手続きを行っています。今後増大する組換え体の輸入に対応して,我々の研究室では組換え体の生態系影響をできるだけ迅速に評価するための手法も検討しています。

(なかじま のぶよし,生物多様性研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

研究分野:遺伝子組換え生物の生態系影響評価,有害紫外線の植物への影響,植物を利用した環境浄化技術の開発。少子化の流れに逆らって2男2女の父親となった。定年後の趣味のために,昨年からクラシックギターを独学で練習している。夜,子供たちが寝たあと練習しているので,妻からは「近所迷惑だ!」と言われている。