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人工衛星からの成層圏オゾン層変動モニタリングとその機構解明

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト」から

中島 英彰

 2001年4月の国立環境研究所の独立法人化に伴い,6つの重点特別研究プロジェクトがスタートした。その中の一つである「成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト」(略称:成層圏オゾン層変動研究プロジェクト)には,「衛星観測研究チーム」,「地上リモートセンシング研究チーム」,「オゾン層モデリング研究チーム」の3つの研究チームがある。ここでは,主に「衛星観測研究チーム」の研究の内容や今後の研究方針について紹介したい。

 1980年代初頭の南極における「オゾンホール」の発見の後,国際的なオゾン層の保護を目的として,1985年に基本原則を定めた「オゾン層保護のためのウィーン条約」が,また1987年には特定フロン類の生産・消費量を国際的に規制するための「モントリオール議定書」が採択された。わが国でも1988年に「特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法)」が制定・公布された。環境庁(当時)ではこれを受けて,わが国独自のオゾン層観測・監視衛星センサーである改良型地球周縁赤外分光計(Improved Limb Atmospheric Spectrometer: ILAS)の開発を行うことを決めた。ILASは宇宙開発事業団(NASDA)の地球観測プラットフォーム技術衛星(Advanced Earth Observing Satellite: ADEOS)に搭載され,1996年8月に種子島宇宙センターからH-IIロケット4号機で成功裏に打ち上げられた。ADEOS衛星の定常運用が始まった1996年11月から衛星のトラブルで運用が停止した1997年6月までの8ヵ月間にわたり,ILASは南北両半球高緯度のオゾン層に関連した地球大気環境に関する重要なデータを取得することに成功した。国立環境研究所ではILASの概念検討,基本仕様の検討など科学的側面から環境庁のセンサー開発を支援するとともに,ILASで取得されたデータの処理アルゴリズムの構築,データ処理運用,検証解析,研究者への提供等を行ってきたところである。これらの業務の中心的役割を果たしてきたのが,もと地球環境研究グループ・衛星観測研究チームと,地球環境研究センターであった。

 ADEOS衛星の不慮の故障のため,8ヵ月分しかデータは得られなかったが,我々は国内外の研究者の協力のもと,ILASデータを用い,オゾン破壊に関する新たな知見を提供するような研究成果を発表してきた(オゾン層の成因や役割,またそれが破壊される要因については,この号の今村総合研究官の解説記事を参照されたい)。それらを含めた最近の研究によると,モントリオール議定書に基づく世界各国の特定フロン類の生産中止にもかかわらず,南極でのオゾンホールはまだ拡大しつづけ,また最近では北極上空でも,年によってはかなりの量のオゾン破壊が起こっていることが明らかとなってきている。オゾン層をとりまく状況は,まだまだ予断を許さない状態であるといえよう。図に,ILASデータを用いて北極域でのオゾン破壊の様子を明らかにした例を示す。

図
図 ILAS観測データを用いた研究成果の一例
ILASによる観測値に流跡線解析の手法を用いて,1997年春期北極域上空のオゾン破壊量を定量化した。1997年2月から3月にかけて,最大約1.5ppmv(当初量の約50%)ものオゾン破壊が,高度約17km(温位425度)の北極上空でも起こっていたことが明らかとなった。

 国立環境研究所で今後5年間に行っていく予定の重点特別研究プロジェクトの1つに,「成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト」があげられる。その中で我々は特に極域を中心に,人工衛星による観測データを用いたオゾン層変動の実態把握を行うことに加え,オゾン層変動機構の解明まで突き詰めた解析を行っていく予定である。具体的には,極域内での空気塊下降速度の見積もり,極成層圏雲の極域大気環境への影響評価,南北両半球オゾン破壊量の定量化,脱窒過程の解明,などのテーマを考えている。そのため,ILASのデータ解析を引き続き行っていくのと並行して,ILASの後継センサーである「改良型大気周縁赤外分光計II型(ILAS-II)」のデータプロダクトの国内外への提供,ならびにILAS-IIデータを用いた解析研究を中心に行っていく予定である。またそのためのデータ処理アルゴリズム研究,ならびにデータ処理運用システムの開発も行っていく。ILAS-IIセンサー本体は環境省が開発・製作を進めてきており,NASDAのADEOS-II衛星に搭載され,2002年2月ごろH-IIAロケットによって打ち上げられる予定である(画像参照)。

想像図
2002年2月打ち上げ予定のADEOS-II衛星搭載センサーILAS-IIが,軌道上で日没時観測を行っている様子(想像図)

 また,環境省が2007年ごろの打ち上げを目指して製作に着手した,ILAS-II後継機である傾斜軌道衛星搭載太陽掩蔽法フーリエ変換分光計(SOFIS)に呼応した研究も開始させたところである。SOFISはオゾン層破壊関連物質に加え,上部対流圏以上の温室効果気体の全球的モニタリングにより,地球温暖化問題に貢献できる観測データを提供することを目指している。我々は,ILASやILAS-IIとは全く異なった分光方式を用いた観測センサーである,SOFISのデータ解析アルゴリズムに関する基礎研究及び実用データ処理研究を,これから行っていく予定である。衛星観測研究チームは,専属研究者が2名,併任者を含めても4名と構成人数は少数ではあるが,STA, NIESポスドクフェローや外部からの共同研究者の協力も得つつ,プロジェクトを遂行していこうと考えている次第である。皆様のプロジェクトへのご支援とご協力をお願いしつつ,筆を置くこととする。

<div style="text-align:right">(なかじま ひであき,成層圏オゾン層変動研究プロジェクト総合研究官)</div>

執筆者プロフィール

大阪府八尾市(河内)生まれ。仙台,南極,豊橋で暮らした後,4年前に国立環境研究所に移ってきました。専門は,地球大気のリモートセンシングです。つくばの職住環境は,とても気に入っております。最近では週2回のバドミントンで汗を流すことと,そのあとの生ビールを楽しみにしています。