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ダイオキシン類の胎児期および授乳期曝露が甲状腺機能に及ぼす影響について

研究ノート

西村典子

 ダイオキシン類は発ガン性,生殖毒性,免疫抑制など多様な有害作用をもたらし,化学的には非常に安定で,自然界では分解されにくい化学物質です。環境中には大気,土壌をはじめとして様々な媒体に存在し,食物連鎖を通じて濃縮された後,主に食事を通して(日本人の場合は魚介類が食事からの摂取の6割程度を占めます)人体に取り込まれます。我が国の環境中ダイオキシン類の発生は主にゴミの焼却に起因します。収集されたゴミの 70% 以上が焼却されるという特殊事情から,環境中へのダイオキシン類の放出が多いと考えられ,その影響に関心がもたれています。

 ダイオキシン類が毒性を発揮するためにはまず細胞内の芳香族炭化水素受容体(Arylhydrocarbon receptor: AhR)と結びついて活性型AhRになる必要があります。活性型AhRは核内に移行してAhR核移行因子のArnt(Ah receptor nuclear translocator)とヘテロ2量体を形成してDNA遺伝子配列のXREと呼ばれる応答配列に結合します。その結果 シトクロムP4501A1 (CYP1A1) や UDP グルクロニルトランスフェラーゼ (UGT1) などの酵素が誘導されることにより毒性が現れます(図1)。UGT1 が誘導されると,甲状腺ホルモンであるチロキシン(T4)はグルクロン酸と結合して,胆汁から排泄されやすくなります。

図1ダイオキシン類による遺伝子発現活性化のメカニズム.
図1 ダイオキシン類による遺伝子発現活性化のメカニズム.

 我が国およびオランダなどのヒトの疫学的調査によると,母乳中のダイオキシン類濃度と乳児の血中チロキシン濃度との間に負の相関があることが報告されています。妊娠期は胎児の臓器や機能の形成される大切な時期にあたり,ダイオキシン類の毒性に対する感受性も高いことがわかっています。胎児期から乳児期にかけて甲状腺ホルモン濃度が下がると子の発育や脳の発達に影響を及ぼすことが知られています。このようなことから,胎児および授乳児の甲状腺機能へのダイオキシン類の影響を明らかにすることは重要なことなのです。ところが,ダイオキシン類については,血中チロキシン濃度がわずかながら下がるという動物実験報告を除いて,研究がほとんどなされていませんでした。ダイオキシン類の主要な排泄経路が母乳でありその結果母乳からの乳児が摂取するダイオキシン類により,世代を超えてその影響が現れる可能性があるのです。そこで,胎児期・乳児期において,ダイオキシン類への曝露がどのような影響をもたらすかに関する研究を開始しました。

 ダイオキシン類の中でも最も毒性が強い同族体である2,3,7,8-tetrachrolodibenzo-p-dioxin(TCDD)を妊娠15日目のラットに投与して,離乳時(21日齢)と思春期(49日齢)の仔ラットの甲状腺機能への影響を調べました。すなわち,甲状腺ホルモン濃度,TCDD によって誘導される遺伝子の発現,組織中 TCDD 濃度を分析し,病理組織学的検査を行いました。組織中 TCDD 濃度は投与量に応じて増加し,離乳時の肝臓中に最も高く,思春期にはその濃度が激減していました。離乳時のラットでは,TCDD 投与量に相応して UGT1 遺伝子の誘導と血中チロキシンの著しい低下が見られました。TCDD 投与により血中の甲状腺刺激ホルモン (TSH) 濃度は高まりました。また病理組織学的検査により,思春期ラット甲状腺において異常(過形成)が認められました。私たちの研究から,妊娠期および授乳期にダイオキシン類に曝露すると,わずか一回の曝露にもかかわらず,離乳時には仔の甲状腺ホルモンが減少し,思春期には不可逆的な甲状腺の過形成が起こることがわかりました。

 甲状腺におけるダイオキシン類の毒性発現メカニズムをまとめると図2のようになります。すなわち,ダイオキシン類(TCDD)はレセプター(AhR)を介して肝臓でまず UGT1 を誘導し,チロキシン(T4)のグルクロン酸抱合化を促進します。これにより胆汁へのチロキシンの排泄が増加し,結果的に血中のチロキシン濃度が減少します。このチロキシン濃度の低下に対応して,いわゆるネガティブフィードバック機構が働き,下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が放出され血中の TSH 濃度が上昇します。私たちは,この TSH の継続的な過剰分泌が甲状腺濾胞細胞を刺激して甲状腺の過形成をもたらすと推察しています。

図2ダイオキシン類による甲状腺異常のメカニズム.
図2 ダイオキシン類による甲状腺異常のメカニズム.

執筆者プロフィール

 42歳でシドニーの豪州国立科学産業研究機構(CSIRO)及びシドニー大学獣医学部に子供を連れ留学。娘二人を残して単身帰国。趣味は美術鑑賞,写真,現在バイオリンにはまっている。スポーツは多種目をこなし,特にバッテイングには自信あり。