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環境保全のためのバイオテクノロジーの活用とその環境影響評価に関する研究

プロジェクト研究の紹介

近藤 矩朗

 遺伝子操作は、生物固有の遺伝子の一部を効率よく改変する技術であり、基礎研究や産業において技術革新をもたらすものと期待されてきた。一方で、この技術の安全性を巡って多くの議論があったが、技術の進歩は著しく、いまでは一般的な基礎的技術として基礎研究から医療、工業、農業等の分野まで広く普及している。従来、遺伝子操作やそれによって作成された生物(遺伝子組換え生物)の取扱いは閉鎖された管理区域内に限定されていたが、これからは遺伝子操作生物を自然環境中など管理区域外の開放系で利用しようとする動きが活発になると思われる。わが国でも遺伝子組換えトマトの開放系試験が実施され、一般圃場で栽培されるようになった。しかし、遺伝子組換え生物の環境中での挙動や環境への影響についての知識が不十分なため、これらを野外で栽培したり利用する際にはいまでも様々な制約がある。また、遺伝子組換え微生物の野外試験はわが国ではいまだに実施されていない。

 環境保全分野では、これまで大気汚染の指標に植物を用いたり、廃水処理や難分解性化合物の分解に微生物を使用するなど、環境モニタリングや汚染浄化等に生物が利用されてきた。ここに遺伝子操作を導入することにより、さらに有効な指標生物、浄化生物の作成が可能になるほか、生物の新たな利用法が開発される可能性もある。いずれの分野においても遺伝子操作には有用な遺伝子が必要であり、既知の遺伝子の中から適当なものを探索したり、新規の遺伝子を見いださなければならない。遺伝子操作により成果が得られるかどうかはこの点にかかっている。遺伝子組換え生物を開放系で利用するためには、遺伝子組換え生物の環境中での挙動や生態系に対する影響について予め検討し、予測しなければならない。しかし、基準となる試験法はまだ確立していない。

 本特別研究は、遺伝子操作を用いて環境指標・環境浄化に有用な生物を作成すること、及び遺伝子組換え生物の環境中での挙動や他の生物に対する影響を解明するための手法を開発することを目的に計画され、平成3年度より開始された。本研究では、
(1)環境保全のための遺伝子の探索とその活用に関する研究、(2)環境中における遺伝子組換え生物及びその遺伝子の挙動に関する研究、(3)遺伝子組換え生物の生態系への影響に関する研究の3つの課題を設定して研究を進めている。

(1)環境保全のための遺伝子の探索とその活用に関する研究では、これまでに既知の遺伝子として、大腸菌のグルタチオンレダクターゼ(GR)遺伝子を用いて遺伝子組換えタバコを作成し、これが二酸化硫黄や除草剤のパラコートに対する耐性が増大したことを示した。また、塩化水銀分解酵素遺伝子を微生物(Pseudomonas putida)に組み込み、塩化水銀に耐性の高い微生物を作成することに成功した。この微生物は、塩化水銀耐性により検出が容易なため、遺伝子組換え微生物の挙動の試験に利用できる。新規の遺伝子としては、有機塩素化合物分解に関与する遺伝子の探索、植物の乾燥耐性に関与する遺伝子の探索を進めている。今後、大気汚染、乾燥等にさらに耐性の高い植物の作成を目指して、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ遺伝子を用いた遺伝子組換え植物の作成や、GR活性がこれまでよりも高い植物の作成を試みる予定である。

(2)環境中における遺伝子組換え生物及びその遺伝子の挙動に関する研究、及び、(3)遺伝子組換え生物の生態系への影響に関する研究では、閉鎖系のグロースチャンバーや半開放系の温室において、(1)で作成した遺伝子組換え植物が正常に生育するかどうか、組換えた遺伝子が安定に子孫に伝達するかどうか、組換えた遺伝子が受粉などにより他の植物へ伝達しないかどうかを検討する。また、遺伝子組換え微生物の環境中での挙動を調べるために、水界生態系を模した小規模なフラスコサイズから比較的大型の水槽サイズまでのマイクロコズム、土壌生態系を模したライシメーター等を作成する。このような模擬的生態系を用いて、遺伝子組換え微生物が環境中でどの程度生き残れるか、あるいは増殖できるかについて検討するとともに、その模擬的生態系を構成している他の生物に対してどのような影響を与えるかについて検討する。水系マイクロコズムとしては、河川や湖沼などの自然水を用いたものや、人工的に微生物や原生動物等を組み合わせたものを用いる。前者は現実の水環境に近い環境を再現することを目的とし、後者は長期間安定した再現性の高い実験系を確立することを目的としている。土壌における遺伝子組換え微生物の挙動を調べるために、比較的大型のライシメーターを用いた試験の他に、小さなカラムサイズの試験を行い、微生物の挙動に対する土壌の種類の影響について検討し、さらに、土壌の温度、pH、土壌水分等の物理・化学的性質の影響についての詳細な研究を行う。

 実際には、個々の遺伝子組換え生物に応じて使用環境が特定されるはずであり、試験法はケースバイケースで考えなければならない。しかし、現在のところ具体的な遺伝子組換え微生物とその使用環境が特定できないことや、遺伝子組換え生物の環境中での挙動についての知見があまりにも乏しいことなどのため、まずは可能なところから研究を始め、知見を集積することが必要である。本研究を通して試験法の問題点や重点的に検討するべき課題が明らかになれば、可能なところから再検討していきたいと考えている。

(こんどう のりあき、地域環境研究グループ新生生物評価研究チーム総合研究官)