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2015年12月28日

環境化学物質による次世代・継世代影響

研究をめぐって

胎児が母親からの栄養を受け取る臍帯血からは多種類の環境化学物質が検出され、母親が取り込んだ環境化学物質に胎児が曝露されていることが示されています。胎児期は化学物質の影響を特に受けやすい時期です。その影響は生涯にわたってさまざまな形であらわれます。さらに、その後の世代に受け継がれる場合があることもわかってきました。一方で、胎児期に受けた悪影響を、生後の環境によって改善できる可能性も指摘されています。

世界では

 かつて胎児は子宮内で化学物質などから守られていると考えられていました。しかし1950年代を中心にわが国で発生した水俣病は、メチル水銀が胎盤を通過して胎児に影響を与えることを示しました。その後一般の環境中のメチル水銀やさまざまな化学物質が臍帯血に送られることが世界各国の研究で報告され、最近では、臍帯や臍帯血から300種近くの化学物質が検出されたという報告もあります。これらの化学物質の妊娠中から出生後の曝露が発達に影響を及ぼすことや、特に胎児期は各種の化学物質に対して感受性が高いことが次々と明らかにされています。

 一方、1962年に発表されたRachel Carson氏の著書『沈黙の春』は、農薬などの環境中に放出された化学物質がホルモン作用をかく乱することによって、すなわち内分泌かく乱化学物質として、ヒトや野生生物に影響を及ぼす危険性を指摘しました。2002年にWHOが中心となって発表したレビューでは、内分泌かく乱化学物質のヒトへの影響に関しては十分な証拠が得られていないということが報告されました。しかしWHOとUnited Nations Environment Program(UNEP)がその後の実験的研究や疫学研究をレビューした最近の報告書(2013年)では、内分泌かく乱化学物質の曝露が、野生生物だけでなく、ヒトの疾患にも関与している証拠が得られていると述べています。現在では内分泌かく乱化学物質は800種類にのぼるとされています。例えば、かつて絶縁体などとして大量に使用され今なお環境中に相当量が残存しているPCBや、プラスチックの可塑剤のフタル酸エステル、有機リン系殺虫剤のクロルピリホスなどの母親を介しての胎児期曝露が、子どもの注意欠陥・多動性障害(ADHD)や神経発達に影響することや、さまざまな化学物質の胎児期曝露による生殖系、免疫系、代謝系などへの影響が明らかにされています。

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 2007年にデンマークのフェロー諸島で開かれた国際会議 International Conference on Fetal Programming and Developmental Toxicity (PPTOX)では、発達期の化学物質曝露が生後や成長後にあらわれる遅発性の影響によって、生涯にわたる疾患のリスクを高めるという概念を支持する実験的データや疫学データが数多く発表されました。この会議では、これらの現象の分子的基盤として、新たにエピジェネティクスの関与が実験的研究で示され、その作用は次の世代に受け継がれる可能性がある、ということが重要なトピックスの1つとしてとりあげられました。

 この会議に先立つ2005年に、米国のMichael Skinnerのグループは、殺菌剤のビンクロゾリンを妊娠中のラットに1週間だけ投与すると、その母親から生まれた子を含めて4代目の子孫まで、オスの精子形成能の低下や不妊が継世代的に続くという実験結果を発表し、研究者に強いインパクトを与えました。そのメカニズムとして、母親の体内で胎児の生殖細胞(将来孫世代となる)のゲノムでおこったエピジェネティック変化が孫世代で生殖機能を低下させること、および生殖細胞のエピジェネティック変化は4代目の生殖細胞まで引き継がれ、同様に生殖機能の低下を招くことを示唆しました。この研究に続いて、最近ではビスフェノールAやダイオキシン類、農薬のメトキシクロルなどの継世代影響が報告されています。また、その分子メカニズムとして、ゲノム全体にわたるDNAメチル化変化やヒストン修飾変化の解析などが続けられています。しかしまだ、確定的な証拠は得られていないと考えられます。

 なお胎児期などの発達期に対する影響が成人後にあらわれるという概念は、発達期の栄養状態に注目したDOHaD (Developmental Origins of Health and Disease)学説でも指摘されました。この考え方のもとになったのは、英国のDavid Barker博士が疫学データをもとに1986年に提唱した「胎児期・乳児期の低栄養が後年生活習慣病のリスクを高める」という説でしたが、現在では発達期の栄養と生活習慣病の関係に限らず、「胎児期や乳児期における栄養状態や環境因子などの影響が、生後の生活環境と相まって、各種疾患のリスクを高める」というように、環境因子の関与を含めたより広い考え方となっています。

日本では

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 1990年代後半に、有害性が高く内分泌かく乱作用ももつダイオキシンや、ビスフェノールAなどの内分泌かく乱化学物質、いわゆる環境ホルモンの生体への悪影響についての社会的関心が高くなり、その影響とメカニズム研究が盛んに行われました。その後、ダイオキシン類の排出等に関する法律が施行され、日本の環境中のダイオキシン量は大きく減少しました。また上述した2002年のWHOを中心とした報告書の、内分泌かく乱化学物質のヒトへの影響に関しては十分な証拠が得られていないという報告などにより、その研究が収束の方向に向かうかとも見える時期があったように思いますが、2013年のWHOとUNEPの報告書では、日本からの、ダイオキシンやカドミウム、樹脂原料である4-tert-オクチルフェノールなどの発達期曝露の研究結果が収録され、証拠の蓄積に貢献をしています。

国立環境研究所では

 1995年に、極めて厳しい管理のもとで有害性の高い化学物質を用いた動物実験や細胞レベルの実験を安全に行うことができる施設が完成し、ダイオキシン類などが脳・神経系、生殖系、免疫系に与える影響に関して研究が開始されました。2000年前後から、世界では遺伝子解析技術が飛躍的に進歩し、生体反応を遺伝子レベルで容易に解析することが可能になりました。私たちのグループも、2004年から環境化学物質の生体影響をゲノムの網羅的遺伝子発現解析を利用して解析する「トキシコゲノミクス研究」を行いました。さらにその遺伝子発現の調節に関して、特に胎児期への化学物質の作用についてはエピジェネティクスが重要な役割をすることが明らかにされはじめ、私たちの研究もエピジェネティクスを包括した研究へと展開しました。

 現在はマウスの実験系において、無機ヒ素の妊娠期曝露が雄の子の生殖細胞を通して孫世代に肝がん増加という形質を伝えるという、これまで想像しなかった現象をみつけたため、そのメカニズム解析に取り組んでいます。肝がんや精子において、全ゲノムの遺伝子発現解析や、次世代シークエンサーによるDNAメチル化解析・突然変異解析などを含め、国内の国立研究機関や大学の先生方と共同で研究を進めています。また、海外の研究者とのディスカッションも活発に進め、現象の理解を目指しています。

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