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「アレルギー反応を指標とした化学物質のリスク評価と毒性メカニズムの解明に関する研究」から

Summary

 以前から、一部の環境化学物質がアレルギー性喘息やアトピー性皮膚炎の症状を悪化させるという指摘がありました。そこで本研究は、環境化学物質が実際にどの程度アレルギー症状を悪化させるのかを、動物試験によって評価しました。現在は動物試験での評価のほかに、細胞レベルでできる影響評価手法の確立もめざしています。

アレルギー性喘息に与える影響

 これまでの研究で、ディーゼル排気微粒子(DEP)の曝露がアレルギー性喘息の病態(症状)を悪化させることは知られていましたが、どの構成成分が増悪作用において主たる役割を果たしているかは不明でした。そこで、まずDEPから有機溶媒で抽出される脂溶性化学物質と、有機溶媒に溶けない元素状炭素粒子に分け(図7)、それぞれマウスにアレルゲンと一緒に投与し、アレルギー性喘息に与える影響を検討しました。

図7
図7 DEP構成成分の分離方法

 その結果、アレルギー性喘息の基本病態である気道への炎症細胞浸潤は、元素状炭素粒子よりも脂溶性化学物質とアレルゲンとの併用投与により悪化していました。また、リンパ球の一種でアレルギー性炎症にかかわるTリンパ球のTh2タイプに含まれるサイトカイン、ケモカインという活性タンパク質の肺での発現レベルも同様に、脂溶性化学物質とアレルゲンとの併用投与によりアレルゲン単独投与より上昇していました。以上のことより、アレルギー性喘息を悪化させるDEPの主たる構成成分は元素状炭素ではなく、脂溶性化学物質であることが明らかとなりました。

 次に、上記化学物質群でさらにどの有機化合物がアレルギー性炎症を悪化させ得るかを明らかにすべく、一般大気中の浮遊粒子状物質に含まれている多環芳香族のキノン類に注目しました。キノン類はin vitro試験で酸化ストレスを誘導して生体に障害をもたらすことは確認されていますが、動物個体に対する影響は確認されていませんでした。そこで本研究ではキノン類のうち、フェナントラキノン(PQ)とナフトキノン(NQ)を用い、アレルギー性喘息におけるそれぞれの増悪効果を検討しました。その結果、気道への炎症細胞浸潤は、アレルゲンの単独投与時よりもPQ、NQとの併用投与時で増強していました。また、アレルギー反応増幅に重要な役割を果たしているアレルゲン特異的抗体の定量により、アレルゲンとPQ、NQを併用して投与すると、アレルゲンの単独投与により誘導されたアレルゲン特異的IgG1抗体の産生が増加していました(図8)。以上より、PQ、NQといったキノン系化学物質も、アレルギー性喘息の悪化に寄与していることが示唆されました。

図8
図8 PQの経気道への曝露がアレルギー喘息に及ぼす影響(IgG1抗体産生量の変化)

アトピー性皮膚炎に与える影響

 近年若年層を中心に急増しているアトピー性皮膚炎について、環境化学物質が与える影響の有無を検討しました。まず対象物質として選んだのは、プラスチックの可塑剤として汎用されているフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)です。

 DEHPをはじめとするフタル酸エステル類は、塩化ビニル樹脂、壁紙、床材、玩具などに含まれており、室内環境における曝露が懸念されています。さらに、産業衛生の現場では、アレルギー症状の悪化との関連を指摘する報告もあります。そこで、DEHPがアトピー性皮膚炎に与える影響を、実験動物を用いて検討することとしました。ヒトのアトピー性皮膚炎と良く似た病態を形成するNC/Ngaマウスという系統のマウスを用い、ダニレルゲンをマウスの耳介部に反復的に皮内投与することにより皮膚炎モデルを作製しました。

 国内における1日予測摂取量の6μg/kg/日(最大で40μg/kg/日)を含め4段階に設定したDEHPの投与量(8ページ参照)の中で、皮膚炎の症状を悪化させたのは、4もしくは20μg/動物/週を投与したときでした。

 しかし、100μg/動物/週という高用量曝露群では、増悪影響が消失していました。このような逆U字形を示す量—反応関係は、環境ホルモン物質で観察される場合があることから、DEHPのアレルギー増悪作用は、環境ホルモンと類似したメカニズムを介している可能性が示唆されました。また、DEHPによるアトピー性皮膚炎の悪化に関わるメカニズムとしては、ケモカインという炎症細胞の移動に関与するタンパクの発現が重要と考えられました。

 さらに、今回皮膚炎モデルを用いた実験をするにあたり、化学物質の影響を検知するために適切な動物モデルの作製が重要な課題としてありました。従来は、ハプテン(タンパク質と結合して抗原性を発揮する物質)を皮膚に塗布して皮膚炎を起こしていました。しかし、この方法だと実験に長期間を要すること、手技が煩雑であること、重篤な症状を示すため化学物質の影響を検知しにくいこと、などの問題点がありました。

 これに対して、ダニアレルゲン誘発アトピー性皮膚炎モデルは、短期間(3週間)で比較的軽度な病態を形成するため、化学物質の影響を検知しやすいことから、「アレルギー疾患に対する環境化学物質の影響におけるin vivo スクリーニング」として有用であると考えました。現在、この動物モデルを用いて、他の環境化学物質の影響についても検討中です。

免疫担当細胞に与える影響

 アトピー・アレルギーには、さまざまな免疫担当細胞の機能異常が関与しています。中でもアレルギー反応においては、最初のステップを担う抗原提示細胞や、エフェクターとして働いているリンパ球・肥満細胞などの活性亢進が、アレルギーの発症・悪化に大きく寄与していることがわかっています。

 前述の動物モデルを使った環境化学物質のアトピー・アレルギー病態への増悪効果に関しては、それらの細胞のうち、どの細胞にどの程度影響を及ぼしているのかを評価することは困難でした。そこで各種免疫担当細胞を動物個体から取り出して、化学物質を試験管内で曝露させることにより、それらの影響を細胞レベルで検討する研究も始めています。たとえば、影響を調べたい化学物質を入れた培地と入れていない培地を用意し、その中で細胞を培養します。そして、それぞれの培地で培養した細胞から産生されたタンパク質や、細胞表面にある分子の発現などを比較することにより、環境化学物質の曝露による影響を評価することができます。

用語解説

炎症細胞浸潤 体内に侵入した異物などを排除する際に起こる生体反応を炎症、その際に(炎症局所に)炎症細胞(白血球)が動員された状態を浸潤と言います。
Th2タイプ Tリンパ球は大きく分けてTh1タイプ、Th2タイプに分かれます。Th2タイプとは抗体産生により異物(アレルゲン)を除去する免疫のタイプを指します。このタイプの過剰反応が喘息・アトピー性皮膚炎に代表されるアレルギー性疾患なのです。
アレルゲン
特異的抗体
脊椎動物では、1つひとつのアレルゲンに結合し、その後の免疫応答を起こさせる1対1対応の抗体をつくる機構が備わっています。抗原-抗体反応による異物排除形態を液性免疫と呼びます。喘息をはじめとするアレルギー性疾患は、この液性免疫の過剰反応状態でもあります。すなわち、アレルゲン(卵白アルブミンやダニタンパク質)に対する特異的な抗体(アレルゲン特異的抗体)を定量することにより、そのアレルゲンに対するアレルギー反応の程度を推定することができるようになります。
IgG1抗体 上記のアレルゲン特異的抗体には大きく分けて5つのタイプがあります。マウスにおいてアレルギー反応に関与している抗体としてはIgEとIgG1があります。
エフェクター 異物侵入時に、実際にそれらを攻撃したり、処理することをエフェクター機能と言います。また、それを補助する機能をヘルパー機能と呼びます。