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湖沼の生態系管理と生物多様性保全は今

植生が豊かな沿岸域の写真
植生が豊かな沿岸域

世界では

 中国では,私たちの共同研究の成果を利用してアオコの発生抑制や漁獲による窒素・リンの除去のために,多くの湖沼(雲南省・滇池,江蘇省・太湖,安徽省・巣湖,貴州省・紅楓湖)でハクレンやコクレンを用いたバイオマニピュレーション試験が始まっています。一方で,長江流域から雲南の高原の湖へハクレンやコクレンを導入することで,それらと食性が似ている在来固有のヒゲナシゴイ(Cyprinus pellegyini)が絶滅に追いやられているという問題も指摘されており,バイオマニピュレーションの利用について事前のアセスメントの重要性が指摘されています。

 富栄養化は,中国でも依然として深刻な湖沼環境問題です。最近では,都市部で下水道などが整備され始め,湖へ窒素・リンの負荷を軽減する努力がなされるようになってきました。また,湖内では水生植物を利用した浄化なども試みられています。

日本では

 十和田湖では,私たちの研究成果に基づき2001年度に青森・秋田両県が「十和田湖水質・生態系改善行動指針」をまとめました。現在指針に従ってモニタリングや保全が行われています。

 長野県の白樺湖では信州大学により,魚食性のサケ科魚類を増やすことでワカサギを減らし,大型ミジンコを増やすことでアオコの発生を抑制するという実験が行われています。

 琵琶湖では近年,地球温暖化のせいか冬期の気温が上昇し,積雪量の減少などによって冷たくて酸素が豊富な河川水の流入が減ってきています。また,富栄養化による有機物生産が依然として抑制されていません。そのため,深層では溶存酸素量が減少傾向にあり,湖底に棲む底生動物群集に変化が起きていると指摘されています。琵琶湖深層に低酸素域ができると,全体に悪影響が出ることが懸念されるため,琵琶湖研究所では琵琶湖深層の酸素濃度や生物群集の監視を強化しています。また,内湖の再生に関して,栄養塩負荷を抑制するだけでなく,固有種を中心とした在来の生物が繁殖しやすい環境をつくるための保全生態学研究が始められています。

メモ:内湖(ないこ)

 琵琶湖の回りにあって,湖と水路で通じた小さな水域。ヨシ原と並んで魚類の産卵場,稚魚の成育の場となっています。しかし干拓などのため,現在では数カ所しか残っていません。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では2001〜2005年度の重点特別プロジェクト「生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト」の一環として,兵庫県南西部のため池をとりあげ,研究を進めています。2002年に決定された新・生物多様性国家戦略では,生物多様性への影響を「3つの危機」として整理しています。第1の危機は開発や乱獲など人間活動に伴う負のインパクトによる影響,第2の危機は里山の荒廃等人間活動や生活スタイルの変化に伴う影響,第3の危機は侵入種等の影響です。ため池の保全は,この第2の危機に対する課題です。

 日本では,西日本を中心に多くのため池が作られてきました。たとえば兵庫県には現在,約4万カ所のため池がありますが,1970年から30年間に約1万カ所が埋め立てられました。さらに都市化に伴う富栄養化,ブラックバスやブルーギルを始めとする外来種の侵入,希少動植物の乱獲などが拍車をかけて,池に生息する生きものの多様性を著しく減少させています。実は,淡水の無脊椎動物の約2/3は池を生息場所としています。池は淡水域に生息する生きものの宝庫なのです。国立環境研究所では,ため池をよく利用するトンボを指標生物として,ため池周辺の土地利用や水辺の多様な植物群落が水域の生態系や生物多様性の保全に果たす役割について評価し,保全のための研究を行っています。

 2003年1月から自然再生推進法が施行され,国土交通省は霞ヶ浦数カ所で湖岸植生帯の復元事業を行っています。日本では過去30年間に富栄養化や護岸工事などさまざまな人為的影響により,浅い湖沼では水生植物群落とそこに生息する生物の数が著しく減少し,生態系の劣化が深刻な状況になっています。とくに沈水植物群落は,湖沼生態系の回復の鍵となる重要な生態系要素です。このため東京大学,土木研究所と共同で,この事業の実施カ所の一つである霞ヶ浦高浜入り石川地区に実験隔離水界を設置し,魚を除去するバイオマニピュレーションを実施して,土壌シードバンクから沈水植物群落を再生させる技術について検討を始めています(図5)。また,こうした実験隔離水界を用いて沈水植物群落の役割や機能を評価していく研究を進めます。

図5 東京大学,土木研究所と共同研究している霞ヶ浦湖岸植生帯の復元カ所

 国立環境研究所の調査で,釧路湿原にあるシラルトロ湖,塘路湖,達古武沼で,近年急速に水生植物種の消失が起きていることがわかりました。今後は原因を究明するとともに,環境省が行っている自然再生事業とリンクさせ湖沼生態系の再生のための研究を推進します。

湖調査の様子の写真
湖調査の様子