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植物における活性酸素の解毒とグルタチオン還元酵素・− 遺伝子工学的アプローチ −・

青野 光子

 一般に、大気汚染ガス(特にオゾンや二酸化硫黄)や乾燥などの環境ストレス及び除草剤パラコートによる植物の傷害には、活性酸素1)が関与していると考えられている。一方、植物は活性酸素の解毒のために、グルタチオン還元酵素(GR)などの酵素や還元物質を持っている。これらは主に葉緑体に存在するが、GRは葉緑体外にも存在する。

 タバコ品種Bel−W3は、オゾンに対し高い感受性を示す。これは、タバコの他の品種よりも、GRの活性が低いためであることが示唆された。つまり、オゾンに対する植物の抵抗性には、GRが関与している可能性が大きい。したがって、遺伝子工学の技術により、タバコにGR遺伝子を導入して、細胞内のGRの量を変えることができれば、オゾンによる傷害とGRとの関係を確かめることができると考えられる。この研究は、オゾン耐性植物やオゾン指標植物を作出する上で重要である。さらに、この形質転換2)植物を用いて他の原因で発生する活性酸素による傷害とGRの関係も明らかにすることができる。

 植物のGR遺伝子はまだ単離されていないので、大腸菌のGR遺伝子を入手した。まず、この遺伝子が植物体内で発現するように改変して、植物の遺伝子導入用ベクター3)に連結した(図1:ベクター1)。これを土壌細菌の一種であるアグロバクテリウムを介してタバコ品種SR1とBel−W3に導入した。その結果、大腸菌のGRタンパク質を持つ形質転換タバコが得られた。この場合、大腸菌GRタンパク質は葉緑体ではなく細胞質基質内に存在する。これらの形質転換タバコのGR活性は、対照に比べて明らかに高くなっていた。また、形質転換タバコの子孫においても、導入した遺伝子が保持され発現していることを確認した。

図1:植物遺伝子導入用ベクターに連結した大腸菌GR遺伝子

 核の遺伝子によって作られたタンパク質を葉緑体内に輸送するためには、トランジットペプチド(輸送用のアミノ酸配列)が必要である。そこで、タバコ葉の細胞質で合成された大腸菌GRを葉緑体内に輸送するために、トランジットペプチドの遺伝子をDNA合成装置で合成し、大腸菌GR遺伝子に連結した植物導入用ベクターを作成した(図1:ベクター2)。そして、このベクターを導入した形質転換タバコが得られた。免疫化学的解析から、形質転換タバコ内で大腸菌GRが葉緑体内に輸送されていることが示唆された。また、これらのGR活性が対照より高く、それは子孫においても同様であることも確認された。

 これらベクター1とベクター2を導入した形質転換体(SR1)と対照の葉片を、除草剤のパラコートで処理した。パラコートは、光照射下で葉緑体に活性酸素を生成することにより毒性を示すことが知られている。実験の結果、形質転換体のパラコートに対する抵抗性が、対照よりも高いことが分かった(写真1)。つまり大腸菌GRが、植物細胞内で、パラコートによって生じた活性酸素の解毒に際し有効に働いていると考えられる。また、大腸菌GRを細胞質に持つ形質転換体(ベクター1を導入したもの)が葉緑体にGRが輸送されたもの(ベクター2を導入したもの)に劣らないパラコート耐性を示すという興味深い結果が得られた。

 今後は、これらの形質転換体への大気汚染ガス暴露の影響などさらに解析を行っていく予定である。これによって、活性酸素の解毒とGRとの関係が次第に明らかになることが期待される。

1) 活性酸素:スーパーオキシドアニオン(・O2-)、一重項酸素(12)、ヒドロキシルラジカル(・OH)などの反応性に富む酸素分子種で、細胞に様々な傷害をもたらす。
2) 形質転換:外来DNAを取り込むことによって、新しい形質(遺伝的な性質)を獲得すること。
3) ベクター:宿主(この場合はタバコ)に外来DNA(この場合は大腸菌GR遺伝子)を運搬するためのDNA。

写真1:光照射下、0.5μMのパラコート溶液中で 18.5 時間処理したタバコ葉片

(あおの みつこ、生物圏環境部分子生物学研究室)