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2020年8月28日

ジャカルタ大都市圏から排出される
温室効果ガス・大気汚染物質の定量的理解に向けて

特集 マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価
【研究プログラムの紹介:「低炭素研究プログラム」から】

西橋 政秀、寺尾 有希夫、向井 人史

はじめに

 低炭素研究プログラムのプロジェクト1(PJ1)「マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価に関する研究」では、全球スケールから地域や国、都市スケールまでをカバーするマルチスケールでの温室効果ガス濃度モニタリングシステムを国際的に展開するとともに、気候変動を考慮した温室効果ガスの収支変化に関する観測やモデル評価に取り組んでいます。PJ1は3つのサブテーマで構成されていますが、サブテーマ1ではアジア-太平洋地域において温室効果ガス観測のネットワーク構築を進めています。本稿では、2016年からインドネシアのジャカルタ大都市圏において開始した温室効果ガスおよび大気汚染物質の総合観測について紹介します。

ジャカルタ大都市圏

 インドネシアの首都ジャカルタとその周辺に位置するボゴールやタンゲランなどの都市群で形成されるジャカルタ大都市圏(Jabodetabek)は、2019年現在、約3,400万人の人口を擁しており、東京大都市圏に次ぐ世界第2位、東南アジア最大のメガシティです。近年の急速な経済成長に伴い、温室効果ガスや大気汚染物質の排出が増加していますが、先進国に比べて排出削減対策が進んでいないため、今後のさらなる排出増加や大気質の悪化が懸念されています。また気候変動により、極端気象現象による都市域での洪水等の自然災害の頻発化や甚大化のほか、オゾンやPM2.5などの大気汚染物質濃度の増加と気温の上昇による複合的な健康影響や植物生態系への影響が深刻化すると予測されています。しかし、インドネシアでは環境対策に必要な予算や専門家が不足しており、温室効果ガスや大気汚染物質の精度の高い連続観測がほとんど行われておらず、その実態は十分に把握されていませんでした。

観測開始までの道のり

 そこで、ジャカルタ大都市圏から排出される温室効果ガスおよび大気汚染物質の定量的理解ならびに社会経済活動との比較を目的として、インドネシアの3つの研究機関・政府機関(ボゴール農科大学(IPB)東南アジア太平洋気候変動リスク管理センター(CCROM-SEAP)、インドネシア技術評価応用庁(BPPT)環境技術センター(PTL)、インドネシア気象気候地球物理庁(BMKG))と共同で、温室効果ガス・大気汚染物質の総合観測を2016~2017年からボゴール、スルポン、チブルムの3ヶ所において順次開始しました(図1)。一般的に、このような海外での観測を実施する上では、国内とは異なる乗り越えるべき様々なハードルがつきものですが、インドネシア特有のエピソードを2点紹介します。一つは、事務手続きに予想以上に時間がかかり(気長に待つ忍耐力が必要です)、共同研究協定(MoU)の締結までに1年以上を費やした相手先もあります。もう一つは、インドネシアは外国からのあらゆる物品に対する輸入規制が世界一と言われるほど非常に厳しいことで有名であり、そのため観測機器や標準ガス等の観測に必要な物品もその例外ではなく(国際宅配便で普通に観測機器を発送しても現地税関で止められてしまいます)、研究開始当初は信頼できる安全な輸送ルートの開拓が最も重要なミッションでした。インドネシアの輸出入関係の法令は頻繁に変更されるため、それに適応すべく、現在でも最適な輸送ルートの模索や消耗品の現地調達について検討を続けています。

観測サイト3ヶ所の位置、外観および観測開始日の図
 図1 観測サイト3ヶ所の位置、外観および観測開始日

観測システム

 インドネシアに設置した温室効果ガス・大気汚染物質の総合観測システム(図2)は、複数成分の濃度を高精度で長期的に連続観測するため、個々の観測機器だけでなく、ポンプやバルブ等の周辺機器を含めて統一的に国環研からリモート制御、監視、データ取得できるようにデザインされています。特に、落雷等による停電が多いインドネシアの不安定な電源事情に柔軟に対応するため、バックアップ電源の強化や長期停電時における観測システムの自動停止・復旧機能の実装、また長期リモート観測のための大気サンプリングラインやポンプ等の多重化も行っています。連続観測の対象は、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、二酸化硫黄(SO2)、オゾン(O3)、エアロゾル(PM2.5、PM10、光学的黒色炭素(OBC)、硝酸・硫酸イオン等の化学成分)、気象要素です。また一酸化二窒素(N2O)、六フッ化硫黄(SF6)、CO2の炭素同位体(13C、14C)等の分析および上記の連続観測データのうちいくつかの精度評価のため、大気のフラスコサンプリングをほぼ週1回自動で実施し、国環研へ輸送して分析しています。

ボゴール(IPB)に設置した温室効果ガス・大気汚染物質の総合観測システムの図
 図2 ボゴール(IPB)に設置した温室効果ガス・大気汚染物質の総合観測システム

観測の継続とキャパシティビルディング

2019年11月にアジア大気汚染研究センターで実施した技術研修の様子の写真
 写真1 2019年11月にアジア大気汚染研究センターで実施した技術研修の様子

 観測システムを安定的に運用し、良好なデータを取得するため、定期的に現地に赴き保守点検作業を実施しています。具体的には、大気サンプリングラインの洗浄やポンプ、フィルター、継手等の観測システムを構成する消耗部品、観測機器較正用の標準ガスの交換等です。1ヶ所目のボゴール(IPB)で観測を開始してから4年が経過しようとしていますが、特にCO2などの長寿命成分の変動把握には、長期的に観測を継続することが極めて重要であり、現地の研究者・観測担当者が観測システムを主体的に維持できるようになることが必要不可欠です。そのため、保守作業の手順を写真付きで説明した英文マニュアルを作成し(公用語はインドネシア語ですが、研究者に限らずほぼすべての関係者は英語で意思疎通できます)、それをもとに現場でレクチャーした後、実際に作業に加わってもらい、徐々に保守のスキル向上を企図しています。さらに、年1回程度3機関から数名ずつ関係者を国環研や国内の関係機関に招へいし、観測システムの保守や観測データ解析等に関する技術研修を実施して関係者の能力向上・構築(キャパシティビルディング)を図っています。2019年度は11月に9名招へいし、国環研での研修のほか、気象庁や新潟のアジア大気汚染研究センター(ACAP)、新潟県保健環境科学研究所を訪問し、施設見学やディスカッションを行いました(写真1)。また定期的に連絡会議を開催して関係者間の情報共有と共同研究の促進に努めています。

観測の成果

 観測機器に突発的な不具合が発生することもありますが、現地関係者の献身的なサポートもあり、現在のところ比較的順調に観測を継続できています。これまでに観測されたデータから雨季と乾季におけるCO2濃度レベルの差異(図3)や観測サイト間の濃度勾配の季節変化、人為起源排出の指標であるNOxやCOなどの大気汚染物質とCO2との関係性、サンプリングされたCO2に占める人為起源と自然起源の比率、スルポンで夜間に観測されるCH4が異常な高濃度であること、PM重量濃度とその化学成分の季節変化および地域差など、興味深い知見が得られつつあります。また領域化学輸送モデルWRF-Chemを用いた高解像度CO2シミュレーションも平行して進めており、観測データとの比較を通じて、ジャカルタ大都市圏から排出される人為起源だけではなく自然起源も含めたCO2濃度の変動メカニズムの解明を目指しています。さらに、本地上観測で得られたデータは、温室効果ガス観測技術衛星GOSATシリーズによる衛星観測プロダクトの検証等にも有効活用されています。

3ヶ所のサイトで観測されたCO2濃度の日中値(現地時刻で毎日正午から15時までの3時間に観測された値の平均)の時系列変化。水色の網掛けはジャカルタ周辺における雨季を示す図(Nishihashi et al. (2019) の図をアップデートして掲載)
図3 3ヶ所のサイトで観測されたCO2濃度の日中値(現地時刻で毎日正午から15時までの3時間に観測された値の平均)の時系列変化。水色の網掛けはジャカルタ周辺における雨季を示す。(Nishihashi et al. (2019) の図をアップデートして掲載)

おわりに

 ジャカルタ大都市圏の排出源近傍においてその実態を詳細に把握することは、排出量が増加の一途をたどり不確実性が大きい東南アジア地域における適応・緩和策の効果を検証しうるという点で重要です。インドネシアとの良好な国際共同研究の枠組みを維持し、長期的に観測を継続することにより、将来の低炭素社会実現に向けた気候変動に関する政策決定に貢献していきたいと考えています。

出典
Nishihashi M., Mukai H., Terao Y., Hashimoto S., Osonoi Y., Boer R., Ardiansyah M., Budianto B., Immanuel G.S., Rakhman A., Nugroho R., Suwedi N., Rifai A., Ihsan I.M., Sulaiman A., Gunawan D., Suharguniyawan E., Nugraha M.S., Wattimena R.C., Ilahi A.F. (2019) Greenhouse gases and air pollutants monitoring project around Jakarta megacity. IOP Conf. Ser.: Earth Environ. Sci., 303, 012038, doi: 10.1088/ 1755-1315/303/1/012038.


(にしはし まさひで、地球環境研究センター 炭素循環研究室 高度技能専門員)
(てらお ゆきお、地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員)
(むかい ひとし、気候変動適応センター センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の西橋 政秀の写真

東京近辺で美味しいスイーツやカフェを発掘するのが最近の週末の楽しみだったのですが、本原稿を執筆している4月末現在、新型コロナウイルスの影響でしばらくお預けです。都市を自由気ままに探索できることがいかに素晴らしいことか、改めて思い知らされる日々です。(西橋)

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