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2020年2月26日

有機化合物の揮発性と粒子化のメカニズム

特集 PM2.5など大気汚染の現状と毒性・健康影響
【環境問題基礎知識】

佐藤 圭

はじめに

 当研究所では微小粒子状物質(PM2.5)の発生プロセスや物理化学性状に関する大気の基盤的実験研究を進めるとともに、PM2.5が健康や気候変動等に及ぼす影響を解明するための研究プロジェクトにも取り組んでいます。本稿では、PM2.5の主要成分のうち有機エアロゾル(OA)粒子に着目し、粒子化のメカニズムを解説します。また、当研究所で行ったOA粒子の排出量調査や生成メカニズムに関する研究についてもご紹介します。

有機化合物の揮発性

 大気中には多様な有機化合物が存在します。ある有機化合物の存在量が飽和濃度を超えると、その有機化合物はガスと粒子の混合状態になります。これは水蒸気の存在量が飽和水蒸気量を超えると水蒸気と水の混合状態になるのと似ています。飽和濃度は有機化合物の種類によって異なります。有機化合物の種類と飽和濃度の関係を知るには、有機化合物中にある炭素数を横軸に、炭素の平均酸化数を縦軸にとった2次元マップ上で飽和濃度がどのように変化するか調べるのが便利です(図1)。

 例えば、家庭で用いるプロパンは炭素3つを持つ(C3)炭化水素であり、常温常圧でガスとして存在します。炭素数が多い灯油(C9~C15炭化水素)は液体、さらに多いワックス(C20かそれ以上の炭化水素)は固体となります。また、炭化水素の酸化によって得られる消毒用アルコールは液体、さらに高度に酸化されたクエン酸では固体になります。同様に、OA粒子においても、炭素数や炭素の平均酸化数が大きいほど、液体や半固体、固体状のOA粒子になりやすい傾向があります。

 図1に色付の丸で示した化合物の飽和濃度を構造活性相関に基づいて予測し、予測結果を用いて対数飽和濃度(log10[飽和濃度(µg/m3)])を表す等高線を描きました。平均的な都市大気条件では、対数飽和濃度が3よりも小さな有機化合物については少なくともその一部がOA粒子になります。すなわち、クエン酸やワックス等はOA粒子化が可能な有機化合物です。

有機化合物の炭素数、炭素の平均酸化数および対数飽和濃度の関係の図
図1 有機化合物の炭素数、炭素の平均酸化数および対数飽和濃度の関係。対数飽和濃度はlog10[飽和濃度(µg/m3)]を表します。炭素の平均酸化数と炭素数を用いたプロットについては2011年に発表されたKrollらのNat. Chem. 論文を参考にしたものです。

大気化学輸送モデルによるOAの取扱い

 発生源から直接排出されるOAを一次有機エアロゾル(POA)と呼びます。典型的なPOA粒子は、化石燃料やバイオマスの燃焼により排出される粒子です。燃焼由来のPOA粒子のうち、高温でガスとして排出された炭素数の多い有機化合物が後に冷えて粒子化したものを凝縮性粒子と呼びます。また、大気中に排出された揮発性有機化合物(VOC)の光化学反応によって生じる酸化数の高い有機化合物が粒子化したものを、二次有機エアロゾル(SOA)と呼びます。

 大気化学輸送モデルでは、飽和濃度に着目して、OA粒子の濃度予測が行われています。発生源および化合物の違いによらず飽和濃度が近い有機化合物同士をひとまとめのグループとして扱うことにより計算を簡略化し、各グループの凝縮、揮発および反応などの挙動が計算されます。大気中での光化学反応でOAの官能基化、分解および重合(図1)がさらに進むことにより、有機化合物の飽和濃度分布は排出後も時間と共に変化していきます。標準的な大気モデルでは、官能基化、分解および重合のうち、官能基化による飽和濃度の低下のみを考慮して計算が行われています。

 排出または生成時のOAは多様な有機化合物の混合物ですが、有機化合物の飽和濃度分布は発生源に固有なものと考えられます。大気モデルに利用するデータを取得するため、筆者らの研究グループは、POAおよびSOAの飽和濃度分布を測定しました。

POAの揮発特性の測定

 ディーゼル車、一般廃棄物焼却炉および下水汚泥処理施設(A重油燃焼)から排出されたPOAの飽和濃度分布を測定しました(図2A~2C)。各発生源からの高温の排気を流通容器内で精製空気によって希釈し、常温になった状態で測定を行いました。

 対数飽和濃度が-2~4の領域については、希釈倍率に対する粒子濃度の応答を測定することにより飽和濃度分布が決定されました。温度一定の下で試料空気を希釈するとOA粒子濃度が下がり、その結果としてOA粒子濃度よりも高い飽和濃度を持つようになった有機化合物が揮発します。希釈倍率の増加に対する粒子の濃度変化を詳細に解析することにより、飽和濃度分布を評価することができます。対数飽和濃度が4~6の領域については、ガス状有機化合物を陽子移動反応質量分析計で分析することにより評価しました。検出された有機化合物の飽和濃度を、あらかじめ計算して作成した飽和濃度のデータベースを利用して推定しました。

 燃焼発生源において測定されたPOAの排出係数は、対数飽和濃度が5または6の場合に最も高く、対数飽和濃度の値が減るにつれて減少する傾向がみられ、主に0以上の対数飽和濃度を持つ成分の寄与が大きいことが明らかになりました(図3A)。得られた飽和濃度分布の情報は大気モデル計算に活用され、PM2.5の予測精度の向上に役立っています。

有機エアロゾルの揮発特性の測定風景写真
図2 有機エアロゾルの揮発特性の測定風景
A:低公害車実験施設(当研究所)
B:一般廃棄物焼却炉
C:下水汚泥処理施設
D:大気光化学チャンバー(当研究所)

SOAの揮発特性の測定

 大気光化学チャンバーを用いて、自動車や塗料から排出される1,3,5-トリメチルベンゼンの光酸化実験を行い、生成するSOAの飽和濃度分布を測定しました(図2D)。標準的な大気モデルで使われるSOAの飽和濃度分布は、SOA粒子の生成収率(生成したSOA粒子濃度を反応した1,3,5-トリメチルベンゼンの濃度で規格化した値)のOA濃度条件による変化を解析することによって決定されます(収率法)。従来の収率法で決定された飽和濃度分布を、以下に述べる化学分析法、加熱法および希釈法等の新たな測定手法を用いて検証しました。

 化学分析法では、フィルターに採取したSOA粒子を液体クロマトグラフ質量分析計によって分析しました。検出された有機化合物の飽和濃度は、あらかじめ計算した飽和濃度のデータベースを利用することにより推定されました。加熱法では、SOAを加熱したときに残留する粒子の濃度を温度の関数として測定しました。SOAに関する加熱法の測定結果は、標準粒子を用いた測定結果と比較することにより常温の飽和濃度分布に変換されました。希釈法では、POAの測定と同じ原理を利用しましたが、短時間で希釈が完了したPOAの場合と対照的に、SOAを希釈してから粒子濃度が平衡に達するまで数時間を要することが明らかになりました。従ってSOAの希釈法の測定では、テフロンバッグ(図2D左手奥)の中でSOA試料を希釈し、その後数時間にわたり粒子濃度の変化を追跡することにしました。

 図3Bに示すように、従来の収率法では0以上の対数飽和濃度を持つ成分しかないと考えられていましたが、化学分析法、加熱法および希釈法の測定結果から、0より小さな対数飽和濃度を持つ低揮発性成分があることが明らかになりました。希釈法では、測定上の制約のため、対数飽和濃度が-1より小さな区間を評価できませんでした。しかし、平衡化にかかった時間と粒子のサイズを考慮したOAの蒸発に関するモデル計算の結果は、粒子中や粒子表面に分子の拡散を邪魔するような低揮発性有機化合物が存在していることを示唆していました。現在、低揮発性有機化合物の生成および揮発時間の遅れを大気モデルに取り込むことにより、PM2.5の濃度予測に及ぼす影響を評価しているところです。

有機エアロゾルの揮発特性の測定結果表
図3 有機エアロゾルの揮発特性の測定結果。都市大気条件において、対数飽和濃度<0はほぼ完全に粒子、0~3は一部が粒子、>3はほぼ完全にガスとなります。縦軸は-9から6の各対数飽和濃度物質の排出係数または生成収率の合計が1となるように表しています。
A:一次有機エアロゾル(凝縮性粒子)の結果。2018年に発表された環境リスク・健康研究センターの藤谷雄二らによる環境研究総合推進費終了研究成果報告書(5-1506燃焼発生源における希釈法による凝縮性一次粒子揮発特性の評価法の確立、2015~2017年度)からデータを引用しています。
B:二次有機エアロゾルの結果。2019年に発表された佐藤らのAtmos. Chem. Phys. 論文からデータを引用しています。

今後の展望

 本稿でご紹介した研究によって、発生直後のPOAおよびSOAの飽和濃度分布が明らかになり大気モデルに反映されました。しかし、低揮発性物質の生成メカニズムや大気中でのその後の変質過程である、官能基化、分解および重合への分岐はまだよく分かっておらず、予測に関する不確実性の要因になっています。これらOAの生成・変質過程に関する未解明の課題は、今後、チャンバー等の大気実験によって解明が望まれます。また、OA粒子の毒性や気候影響の研究にも大気実験が一定の役割を果たすことが期待されます。

(さとう けい、地域環境研究センター 広域大気環境研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の佐藤圭の写真

半年間のごみ当番のためカラスと知恵比べしています。いろいろ試したところ、収集用の金網カゴをなるべくカラスから隠すのが効果的でした。でもそれでは清掃車からも見えなくなり、ごみ収拾してもらえない事案が多発。今はぎりぎり見えるけど見えないポイントを模索中です。