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2018年12月27日

自然共生における適応とは

特集 自然共生社会の実現をめざして いま私たちが取り組んでいること
【環境問題基礎知識】

小熊 宏之

1.はじめに

 気候変動に対する適応策として分かりやすいのは、ある気候条件下で栽培していた農作物が気候変動に伴いその地域で耕作に適さなくなり、気候が適合した別の場所に作付け地を移すことや、変化した気候に適した品種の栽培に切り替えるといった農業分野の適応策があげられます。一方、自然生態系では、陸上植生を例にとると気候変動に対応して自ら生息域を変える速度には限界があり、現在の生息地がやがて生理的に適さなくなる場合や、新しい気候条件に適した他の種との競合に負けて衰退するといった変化が考えられ、人間の積極的な関与による適応が求められます。国立環境研究所は、自然生態系の適応策の検討のため、気候変動の影響を受けやすい生態系として考えられる高山域とサンゴ礁域の国立公園(大雪山国立公園と慶良間諸島国立公園)を対象とした環境省請負業務「生物多様性分野における気候変動への適応策検討業務」を行っています。ここでは大雪山国立公園を対象とした適応策の検討事例について紹介します。

2.気候変動影響の予測と適応策策定までの手順

 対象地における具体的な適応策を検討するためには、既に変化が顕在化している、あるいは懸念される評価項目を現地のヒアリングなどを通じて決定したのち、将来の気候シナリオによる予測を行い、既存の管理計画も参照して管理策を講ずる必要があります。そこで図1に示すような4つの手順により適応策の検討を行いました。以下に図1-aとbを通じて決定された評価項目(ここでは高山植生の分布変化)について、気候が変動した際に受ける影響及びそれに対する適応策を導くまでの流れを解説します。

フロー図
図1 脆弱性の評価から管理計画案策定までの手順

2.1 気候変動下における評価対象の分布予測

 まず、予測すべき時期における温室効果ガスの濃度をIPCC第5次評価報告書における代表的濃度経路シナリオ(以下RCP)に基づき決定します。今回は温室効果ガスの排出削減を最大限に努力した場合のRCP2.6と、排出削減努力が現状程度にとどまるRCP8.5の2通りについて検討しました(図1-c参照)。これらのシナリオによる温室効果ガス濃度の予測値を気候モデルに入力することで、対象地の将来気候を予測します。大雪山の場合では、今より気温が2~5℃上昇し、積雪期間が1~2か月短くなるという結果を得ました。この気候変化をはじめとした環境要因の変化に対して、植生の分布変化を予測するモデルを分布推定モデルといいます。これは、現在の植生の空間分布と、気候条件や地形などの環境要因との関係を統計的に明らかにし、その関係性を用いて将来的な環境下では現存している植生がそのまま成立できるのか、あるいは他の種の生育に適した環境になるのかといった潜在的な植生分布(生育適地)を予測するものです。

 以上の手順により、代表的な高山植生群落のうち、雪渓の周辺など融雪水により湿潤な環境が保たれる場所に分布する雪田植物群落の2100年前後における生育適地を予測しました(図2)。RCP2.6では、分布面積を減らしながらも雪田植生群落が存続する可能性があるのに対して、排出削減が現状レベルのままのRCP8.5では2100年になると雪田植生群落の成立に適した環境がほぼ消滅すると予測されました。では、高山植生の生育に適した環境が失われた後は、どのような植生の生育にふさわしくなるのでしょうか?既に大雪山では雪田植生群落の中に大型のササの一種であるチシマザサが侵入し分布を拡大していることが北海道大学の工藤准教授らの研究により確認されています。そこで、チシマザサ群落と、現在では標高700m付近に分布している亜高山帯森林植生についても将来の予測を行いました(図2)。これによるとRCP8.5では、衰退する高山植生の代わりにチシマザサや亜高山帯森林植生の生育適地となり、2100年には概ね標高1300m以上の特別保護地区内は、ほぼ亜高山帯森林植生の生育適地となってしまうことが分かりました。

分布の変化
図2 2100年頃における大雪山の植生の生育適地

2.2 適応策

 気候変動の影響がさけられない場合、その被害を回避・軽減していく適応策を進めることが必要となります。ここで紹介した将来予測はあくまでも気候予測に基づいた推定であり、必ずそうなるとは限りません。しかし、高山植生に対する温暖化の影響が早く出そうな場所の見当をつけるという意味で有用であり、当該場所での監視を強化することで早い段階での変化を検出し、手おくれになる前に対策できると考えられます。図3は雪田植生群落の現在と将来予測を比較し、将来的にも分布密度があまり低下せず、優先的に保全すべき場所と、逆に植生変化が顕著な場所を示しています。考えられる保全策としては、高山植生群落に侵入してくるチシマザサなど大型の植物の刈り取りにより、生育環境を維持することが挙げられます。ほか、登山道に隣接している場所では、登山道以外の場所を来訪者が歩かないようにするための対策や希少種・絶滅危惧種の盗掘監視をはじめ、豪雨や過剰利用により登山道の洗堀がすすみ、土砂流出が深刻となった際には、一時的に登山道の利用を制限する措置や、さらには高山帯には生育していない植物の種子や昆虫を持ち込まないようにする対策など、いくつかの管理オプションが考えられます。

現在と2100年の変化予測
図3 雪田植生群落の現在の分布密度と将来予測との比較に基づく、優先的に保全すべき場所と植生変化が顕著であり監視を強化すべき場所

2.3 域外保全

 これらの対策を講じても現在の生息地における保全が困難となる場合には、将来予測と詳細な現地確認を通じて、生育に適した場所(逃避地)の特定を行い、そこに移植し保全を継続することや、植物園などへの域外保全を検討することになります。

3.順応的管理とは

 将来的な温室効果ガスの排出量は社会構造によって大きく左右されます。そのため予測される温室効果ガスの排出量自体には不確実性が存在します。その排出量に基づいて将来気候を予測し、生物の分布推定を進める解析方法も発展途上であり、それぞれに多くの不確実性が存在しています。そのため、管理計画を策定する際には複数の排出シナリオと解析手法の組み合わせによる将来予測を行い(図1-c)、不確実性の幅も考慮することが必要となります。さらに管理の実行段階では、モニタリングによる予測の妥当性や管理効果の評価と検証を行い、管理方法を修正しつつ継続的な管理を行う順応的管理の考え方を導入した適応策の推進が効果的であるとされています。

(おぐま ひろゆき、生物・生態系環境研究センター 生物多様性保全計画研究室 室長)
 

執筆者プロフィール:

筆者の小熊宏之の顔写真

本稿で触れた2100年の大雪山を見ることは当然無理ですが、今世紀の中期まで生きることができたら、最後に大雪山を訪れ、現在と同じように高山植生が生育していることを自分の目で確認し安堵したいものです。2100年でも何も変わらないことを祈りつつ眠りにつきます。