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 自分の悪文を棚にあげ,他人の書いた原稿に朱筆を入れるという因果な仕事が回ってきたのも,日頃の行いがよろしくないためと観念するしかないだろう。集まってきた原稿を見て「ダブちゃん(自称?)のよりも分からないのを書く人もいるのね」なんて言われると,安心もならず複雑な気がする。こんなことをする羽目になったとき,いつも石川淳の短編小説『紫苑物語』を思い出す。それは怪しくも妖しい物語。発端は朱筆である。主人公は中世(であろう)の歌詠みの家に生まれ,幼少のころから歌作の修行を積まされる。ある日,苦心のすえ作り上げた歌を師匠でもある父親に見せる。父親が朱筆を入れる。なんと考えに考えた末に選んだ言葉が消され,熟慮のすえに捨てた語が書き込まれる。父親が置いた朱筆を取りその顔に投げつける。筆が面上におどる。歌を捨てた主人公はやがて家を去る。ニュースを良くするためとはいえ,他人の書いた文章に手を入れることはおろそかにはなし得ない。(K.O.)