適応策
地域別の影響評価が必要
  予測される気候変動の健康リスクを回避・低減するためには、
@ 死亡  (とくに高齢者)
A 疾病  (熱中症、各種感染症、動物媒介性伝染病等)
B 障害  (自然災害事故を含む)
C 暑熱ストレス全般 (暑熱ストレスの典型は熱中症だが、冷房病ほか暑熱による疲労や生活妨害、不快感など多様なものが含まれる)
  などについて、国際的および各国あるいは各地域での予測評価研究や対策法の検討をさらに進める必要が指摘されています。予測される変動や対策法は地域間で大きな違いがあるため、総論的だけでなく地域別の各論的な取り組みが必須となるからです。適応策を検討する方法例として、WHOは「Methods for Assessing Vulnerability and Adaptation: Climate Change and Human Health、 2003」を最近出版していますが、なお総論的であり、詳細は各国各地域でさらに具体的に検討する必要があります。
気候変動予測の高度化が必要
  適応策には、高温や温度変化に対する生物学的な適応と文化的・社会的あるいは技術的な適応の側面があります。長期にわたる数度の温度上昇の場合、とくに我が国の場合には、北海道など寒冷地域では、徐々に生物学的にも適応が進むことが期待されます。しかし、ヒ−トアイランド現象の影響を含めすでに最高温度が30℃を超える日の見られる大半の国内地域においては、30℃を超える日数が増加し、さらに35℃を超える日も発生するようになり、さらには、熱波などの異常気象が増加することになれば、死亡や疾病への直接的な影響をはじめ健康リスクが大きくなる可能性が否定できません。
  35℃以上はほぼ体温と同じであり、体育関係でも屋外での運動は絶対禁止としているように、こうした高温には生物学的以外の適応を積極的に考えて行く必要があります。なお、これら異常気象は世界の各地で経験されており、地球規模の気候変動との関連で全体的に増加しているのではないかとの疑問は、途上国でも先進国でも高まってきていると思われます。いずれにしても、適応策を具体化していくには、気候変動についての正確な予測評価研究の推進が不可欠です。
早期警報システム(Early Warning System) の必要性
  「熱波」により大きな健康被害が発生するメカニズムいついては、例えば、米国1995年の熱波によるシカゴの事例についての調査結果があります(注1)。また、1993年に熱波を経験したフィラデルフィアでは、1995年からとくに独居高齢者の死亡リスクに焦点を当てた「熱波被害予防のための早期警報システム」が試みられ、その効果の評価も行われています。我が国ではこれまでこうした熱波の事例はほとんど経験がないとされており、上記例や近隣の上海での事例等についてさらに詳細調査が必要と考えられます。
  ただし、こうした異常気象の予報については、出来るだけ正確な気象予測情報を少なくとも半日前までに発信する必要が指摘されています。その場合の予報には、別途示した種々の熱ストレス指標あるいは「総観的な指標(例えば、Kalkstein(1991)による気温、結露温度、視界、総雲被覆率、海面気圧、風速と風向の7つの気象パラメ−タを組み合わせて分類した気象パタ−ン)などについて最適なものを選定することが必要となると思われます。
(注1)シカゴの熱波による都市社会の脆弱性に関しては、Eric Klinenberg: Heat Wave- A Social Autopsy of Disaster in Chicago, The University of Chicago Press, 2002に詳しい。
医療・患者管理レベルでの対応も重要
  一方、我が国でも夏季には熱中症や関連疾患による救急搬送が増加する傾向があります。また、死亡リスクに対して、在宅の高齢者だけでなく、医療施設・各種介護施設内で既往疾患を持つ高齢者も高感受性である可能性が否定できません。したがって、適応策を考えるにはこうした医療体制そのものについても、現状評価と対策が必要とされています。とくに、高齢者の死亡リスクは、在宅と施設収容を問わず、循環器疾患や呼吸器系疾患の罹患者が高感受性とされています。また、熱中症などには抗抑鬱剤などの神経遮断剤あるいは降圧剤など利尿作用のある薬剤等の利用についても配慮が必要とされています。
WHOによる適応策の例
  適応策の考え方や開発に関連して、WHOは、地域あるいは個々の社会について、適応の基礎レベル(adaptation baseline), コーピング能力(coping capacity)及び適応能力( adaptation capacity)の側面からの評価を提案しています。適応の基礎レベルとは、気候変動によって増悪する可能性のある健康影響の現状に対してどのように対応しているかを示すレベルのことです。コ−ピング能力とは、予想される健康影響への適応策、政策および技術対応を現時点でどの程度実行できるかについての能力のこと、また、適応能力とは、潜在的な危険に適応するための、また、気候変化や気候変動によるよい影響を利用する側面での、制度、システムあるいは個人の能力のことであると定義しています。
  適応策の検討は、以上からも明らかなように、健康の影響評価の枠組みとは異なり、多領域の総合的な取り組みが必要とされます。例えば、WHOのヨーロッパ支局では、今後も改良が必要であるが、現時点で以下のような適応策の案を掲げています。つまり、法規制や行政においては、建築基準、教育キャンペ−ンの実施、気象監視・警報システムなど、技術工学においては、建物の遮蔽、ヒ−トアイランド現象を低下させるための都市計画、空調システムなど、また、文化・行動においては、保水と増水、日中の最高気温となる時間帯での休息、衣服、昼寝、空調、暑熱気候についてのアドバイザ−などです。
  以下は、参考までに、WHOのヨ−ロッパ支局が現時点において考えられる暑熱と寒冷に対する適応策の具体例として示しているペ−ジ(WHO Regional Office for Europe, Global change and health)の内容を一部転記したものです。
Adaptation measures for heat and cold. A number of measures to adapt to heat and cold are listed in the table below. The table is subject to continuous update.
法律行政分野
Legislative/administrative
技術工学分野
Technical/engineering
文化行動分野
Cultural and behavioral
◆建築のガイドライン
Building guidelines
◆建築物の遮蔽
Insulate buildings
◆水分摂取の維持増加
Maintain and increase hydration
◆教育キャンペ−ンの実行
Implement education campaigns
◆ヒートアイランド効果を低減させるための都市計画
Urban planning to reduce heat island effects
◆1日の最高気温時間に作業を中止するスケジュ−ル
Schedule work breaks during peak daytime temperatures
◆気候監視・警報システム
Implement weather watch/warning systems
◆空調
Air conditioning
◆衣服
Clothing
    ◆昼寝
Siesta
    ◆空調
Air conditioning
    ◆暑熱気候アドバイザ−
Heat weather advisories
我が国の場合
  我が国では熱波による大量死亡事例はほとんど知られていないため、一般に危険性の認識は低いのではないでしょうか。しかし、短中期的に予測不可能な異常気象の発生頻度が増加してくるとすればそれらへの予防的対応が必要となります。
  我が国についての気候変動においても、欧米と同様な異常気象の増加が予測されるのか、とすればどの程度のリスクがあるのか、また、その場合に、どのような警報システム等の適応策の”備え”が必要なのか、について一連の検討が必要となっていると思われます。
  ただし、国内でもすでに、各種気象条件と健康影響全般との関係を整理し、予想される気象について警報的な情報発信を行うことを検討している研究も出てきています。いずれにしても、RCMを用いた短中期の気候変動予測の高度化を推進するほか、大都市ではヒ−トアイランド現象もさらに進行する可能性も考慮し、さらに脆弱人口の地域別実態把握を含め、大所高所からの検討が急務と思われます。
  なお、我が国の東京の日最高気温の年間変動レベル・パタ−ンは、沖縄よりやや高く、南京や上海と同レベルにあります。札幌ではハルビンに比較すると冬季の温度低下が弱く、太源市のそれに近い傾向があります。上海などでは1998年に熱波の被害が出ていますが、こうした異常な気候変動が我が国でも発生してくるのかどうか、はとくに早急に検討すべき課題と思われます。
適応策には総合的アプローチが必要
  上記のように、求められている適応策の検討や具体化には、関連する諸分野の協力関係が必須です。先行き、政治、行政はじめ利害関係者を含め、リスク評価結果を踏まえた積極的な議論が必要となるでしょう。このホ−ムペ−ジをご覧になられた方からの積極的なご意見もお待ちしています。