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生物多様性セミナー 2002年11月

ゲノムサイエンスは環境研究にどのような影響をもたらすのか?

玉置雅紀(分子生態影響評価研究チーム)


現在、高等生物の全ゲノム塩基配列の決定等に象徴されるように、ゲノムレベルでの 生物の研究が進展している。本セミナーではこのゲノムサイエンスの研究成果をどの ように環境研究に生かせばよいのかの提案を行なった。

現在進行しているゲノムレベルでの研究は大きく分けて、1)染色体地図の作製、 2)EST(Expression Sequense Tag)クローンの網羅的単離、3)全塩基配列の決定、 の3つの進展段階がある。それぞれの研究についての技術的な概要と、生物多様性研 究への適用可能性を以下に列挙する。

1)染色体地図の作製

数十〜数千種類のDNAマーカーを用いて、これらが全染色体上にどのように散らば っているのかをプロットしていく作業を染色体地図の作製という。染色体地図には物 理的地図と遺伝的地図があるが、DNAマーカーを利用したものは前者である。これら のマーカーを用いて染色体地図を多種間で比較すると染色体のどの部分が似ているの かを比較することができる。この様な相同性をシンテニーと呼ぶ。このシンテニーを 利用して生物間の進化系統樹を書くことができる。したがって、この研究は現在の多 様性がどのように産み出されたのかの理解に貢献する。

2)ESTクローンの網羅的単離

ESTクローンとはある特定の材料・組織で発現している遺伝子を網羅的に単離し、 カタログ化したものである。このように単離したESTクローンの使い道としては2つ の可能性がある。

一つ目はある特定のESTにおける塩基配列の違い、すなわちDNA多型による個体の特 定が可能になることである。これは同種でも異種でもDNA多型があれば利用すること が可能であるため、異なる個体群の近縁関係の特定、あるいは土壌微生物の生物相の 特定などに応用可能だと考えられる。従来、これらの方法はDGGE法などの方法で行な われてきた。しかしながら、これらの方法では実験毎にせっかく増幅させたDNA断片 をデータという形でしか残すことができないという問題点がある。これらの実験によ り増幅されたDNA断片をESTクローンという形にして残しておけば、再利用可能な生物 多様性資源として活用が出来ると考えられる。

2つ目はいくつかのESTクローンの量的発現の多様性を見る方法である。単離され た多種類のESTクローンをスライドグラスやナイロン膜に貼り付けDNAマイクロ(マク ロ)アレイを作成する。こうして作製したアレイは通常メカニズム研究に使用される ことが多いが、これを植物の診断に適用することを考えている。具体的には、様々な 環境因子に応答して発現変化する遺伝子を大規模なアレイを用いてスクリーニングす る。こうしてスクリーニングした遺伝子を用いて小型の(数十〜数百)のアレイを作 成する。これらの小型アレイを用いて植物の診断アレイを作製することができる。こ の診断用アレイを使えば生物多様性に影響を与える環境ストレスの早期診断が可能に なると考えられる。また、ゆくゆくは機能性遺伝子の量的発現の違いにより生物個体 (群)の質的な診断技術への応用も可能になると考える。

3)全塩基配列の決定

特定の生物の全塩基配列の決定を行なえば、上述した染色体地図の作製、ESTクロ ーンの単離は必要なくなる。しかしながら、全塩基配列の決定には多額の費用がかか る(高等生物で推定100億円)。現実的には、国家プロジェクトにでもしない限りこ の研究は困難であると考えられえる。

以上の事から、ゲノムサイエンスの成果を生物多様性研究に適用するのはまず ESTクローンの資源化から始めるのが良いのではないかと考えられる。しかしなが ら、どのような生物を対象にこの研究を手がけていけばよいのかは今後の課題として 残る。