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生物多様性セミナー 2002年12月

侵入植物とその捕食者のデータベースの作成について

吉田勝彦(群集動態研究チーム)


 侵入生物が既存の群集にどのように取り込まれ、どのような影響を与えるのかを明 らかにするためには長期的な観察が必要であるが、それらの追跡から結果を得られる のは遠い未来のことになってしまう。そこで本研究では過去に日本列島に侵入した植 物とその捕食者のデータベースを作成し、侵入してからの時間によって相互作用にど のような変化が見られるのかを明らかにすることを目的とする。今回のセミナーで は、侵入した時期による植物のクラス分けなどについて報告する。


先行研究

侵入植物とそれに関係する昆虫のデータベースに基づく研究はいくつか行われている。Southwood (1961)は第四紀の植物化石の産出数と現在その植物を利用している昆虫の数には有意な相関があることを示した。これはGeological Time 仮説(ある植物が出現した後、時間の経過とともにその植物に関係する動物の種数が増える)が生まれる契機となった。Birks (1980)はイギリスのデータに基づき、植物が侵入してからの時間と、その植物に関係する昆虫の種数には有意な相関があることを示した。しかし、人間によって持ち込まれた種を除くと有意な相関が見られないことから、この仮説は完全な支持を得ていない。しかし、Kennedy & Southwood (1984)やBrandle&Brandl(2001)の多変量解析に基づく研究からは、Geological time仮説はある植物に関係する昆虫の種数を決定する重要なようその一つであるという結果が得られている。また、Kennedy & Southwood (1984)は、ある植物が侵入してからの時間が経過するに連れて、その植物のspecialistの割合が増加することを示した。Andow & Imura (1994)も日本の農作物とその害虫のデータベースから、同様の結果を得ている。これらの結果は、時間が経過するに連れて相互作用の様式が変化することを示している。

課題

現時点で取り組むべき課題は以下の通りである。
  1. Geological time仮説に関するデータの蓄積
    対象とする植物の種数を増やす
  2. 群集の形成
    侵入植物に関係する昆虫はどこから来たのか(日本で出会ったものがどの程度いるのか)
  3. "自然な"状態
    農業生態系は非常に特殊。人間の手を放れ、日本の群集に取り込まれている植物(雑草)はどのような相互作用をしているのか?

今後の計画

そこで本研究では、日本に侵入した植物の内、人の手を離れて生きている植物に注目し、それらを次の4つのカテゴリーに分けて、その捕食者のデータベースを作成する。

  1. :史前帰化植物(弥生時代以前)
  2. :奈良〜江戸時代
  3. :明治維新(黒船襲来後)〜第二次大戦期
  4. :戦後(現在)
それぞれの区切りの意味は次の通りである。
  1. 稲作の伝来やムギの伝来に伴う農耕分化の発達による劇的な変化。
  2. 比較的にゆっくりと植物の侵入が続いた時代。
  3. 鎖国の終了に伴う侵入の開始
  4. 戦後の高度経済成長に伴う流通の更なる活発化

時間の目盛りとしては、それぞれ(1)侵入後2000年以上経過したもの、(2) 数百年から1000年程度経過したもの、(3) 100年程度経過したもの、(4)現在を意味する。

問題点

分布域の広さが関係することは既に示唆されているので、考慮に入れなければならないが、農作物ならともかく、雑草の場合、その見積もりは難しいだろう。 →とりあえず「分布する県の数」くらいで荒く見積もってみる。

・史前帰化植物はあくまで「そうであることが推定される」というものでしかない(前川1943)。 イネの伝来以前には日本にいなかったことは証明されていない。 →これはどうしようもない。

・記載の精度. これから捕食者となる昆虫のデータを集めるが、食っている植物が細かく記載されているか?「アザミ」としか書いていなかったら、オニアザミか、オオアザミか、ただのアザミか区別が付かない。 →精度が足りなかったら、農作物に手を出すという方法もあったが、これは既にやられているので却下。あるものだけで対応する。

・原産地の問題. 昆虫も植物も同様だが、原産地が確定できないものが多い。リンネが記載した植物が多いため、原産地がヨーロッパになっているものが多いが、本当にそうかどうかはわからない。

基本的には、手に入るデータの中でなるべく精度の高いものを集めつつ、予察的にデータベースを構築するというスタンスで作業を進める。侵入植物とその捕食者となる昆虫のデータを集めるだけでは既存の研究に追随するデータの蓄積でしかないが、これをベースにして、その昆虫の捕食者、競争者のデータを更に積み重ねていけば、群集の形成のプロセスを明らかにするという目的に貢献すると期待される。


質疑応答

Q:昆虫の原産地をどう特定するのか?

→化石記録などで、起源を追跡できるものに関してはそのデータを使う。そうでなければ主要分布域を起源地として代用する。日本にしかいない分類群のデータは特に重要視すべきだろう。

Q:忌避物質を出している植物は、それを利用する昆虫の数が少ないことが予想されるが、そのようなものはどのように扱うのか?

→まず細かく区別せずに全体の傾向を出し、その後で分類群の個別性を考慮する

Q:最近侵入したものだけに注目してはどうか

→Andow & Imura (1994)などから、200年以上の時間スケールで相互作用が進化していることが明らかなので、長い時間スケールでデータを集める必要がある。

Q:ある昆虫の餌として記載されている植物は、その昆虫が本来利用している餌のごく一部かもしれないが、そのようなデータの欠落についてはどのように対処するのか?

→基本的には、あるものを使うしかないが、数多くデータを集めることで対処するしかない。

C:時代の区分の仕方は妥当だと思われるが、現在は更に外国からの生物の侵入が盛んになっているので、今後データが積み重なっていけば、「1990年代から先」という時代区分が必要になるかもしれないので、それに対応できるようにしておく必要があるだろう。


参考文献

Andow, D. A., and Imura, O. (1994) Specialization of phytophagous arthropod communities on introduced plants. Ecology 75: 296-300.

Birks, H. J. B. (1980) British trees and insects: a test of the time hypothesis over the last 13,000 years. American Naturalist 115: 600-605.

Brandle, M., and Brandl, R. (2001) Species richness of insects and mites on trees: expanding Southwood. Journal of Animal Ecology 70: 491-504.

Kennedy, C. E. J., and Southwood, T. R. E. (1984) The number of species of insects associated with British trees: a re-analysys. Journal of Animal Ecology 53: 455-478.

前川文夫(1943) 史前帰化植物について 植物分類地理 13: 274-279

Southwood, T. R. E. (1961) The Number of species of insects associated with various trees. Journal of Animal Ecology 30: 1-8.