将来世代への責任をどう考えた?
—「執筆者からの質問」に対する読者回答への御礼

執筆:菊地 奈保子(社会システム領域 広報担当)
2024.8.27

 おかげさまで、1年間のWeb連載「将来世代への責任をどう考える? ~環境研究者の向き合い方~」の定期連載が終了しました。気候変動対策において「もっと将来の人々のことを考えようよ」という思いから始まった研究プロジェクトのメンバーが、世代を超えた正義を実現させるため、研究と社会にどう向き合っているのかをお伝えしてきたわけですが、読者の皆様にはどんなメッセージが届き、私たち現世代の責任について、どのようなことを考えてくださったのでしょうか?

 連載では毎回、「執筆者からの質問」を読者の皆様に投げかけてきました。回答や感想は、どれもとても嬉しく拝見してきたのですが、せっかくいただいた回答や感想を共有する機会はありませんでした。そこで、この記事では、皆様からの回答や感想の一部をご紹介しながら、執筆者がどう受け止めたのかを御礼の気持ちも込めてお伝えしていきたいと思います。

1. 質問に回答した読者はどんな人?

 連載では、約1年間で17本の記事を公開し、すべての記事を合計すると、17,000回以上のアクセスがありました。質問への回答やご意見をお寄せくださった方は延べ39名で、図1に示すように、男女比はほぼ半々でした。年代別では50代の方が多かったのですが、幅広い年代の方からのご回答をいただきました。熱心な読者の皆様からの回答はどれも興味深く、連載を継続する励みになりました。

図1 回答者の属性

2. 将来世代と現世代

 「『そのときの大人は何をやっていたの?』と言われないようにしたい」と、研究プロジェクトを立ち上げた田崎智宏室長は、読者の皆様も同じように考えているのかどうかが気になっていました。

 上記の質問に対する回答結果は、「心配したことがある」が4名、「そのように思ったことはあるが、心配するというほどではない」が1名、「思ったことはない」が2名という結果。半数以上の方が、心配したことがあるということになりました。本記事を読み、さらに質問に回答までしてくれた方々は、将来世代のことを気にかけている印象です。

 ちなみに、今回のコラムを読んで初めて悩んだという方もいましたし、自分が「何をやっていたの?」と思うことはあっても、思われる側になる想像はしたことがなかったという方もいました。

 「思われる側になると想像はしたことがなかったという回答は興味深いですね。もしかしたら、年齢を重ねた人の方が、自分が『何をやっていたの?』と思われる側になることを想像しやすいのかもしれません」と田崎室長。

 この質問は、連載第1回の記事で投げかけられた質問なのですが、「将来世代の権利をどれだけ尊重するか」という問いを興味深く受け止めてくださった方や「人々と共にある研究や研究者」に期待くださった方から連載への期待も寄せられ、私たちの励みになりました。

 心理的距離が遠い100年先の人々を思いやることは簡単ではありません。多島良主任研究員は、そんな見えない相手を具体的に想像してほしくて、上記の質問をしました。この質問に対しては、自分の子孫を想像する方が多かったようです。水害など、100年後に生きる人の窮状を思い浮かべる方もいらっしゃいました。

 地元の高齢者に話を聞きながら、昔の自然の様子を本にまとめた経験がある読者の方は、昔のことを具体的に知ることで、まったく知らなかった風景が思い描けるようになったそうです。昔のことを具体的に知ることも、100年後の生活を思い描くことにつながるかもしれないですね。私も、データで想像するよりも、具体的なストーリーを考える方が遠い先に生きる人々を想像しやすいと思いました。

 このような回答に多島主任研究員は、「自分の子孫がまだ生まれていない人も、子孫を思いやれるのかを調べるのも面白そうです。過去の生活や環境についてのストーリーを人生の先輩の口から知ることは、100年先の人のストーリーを想像する上で大切なヒントになりそうですね」と、刺激を受けたようです。

 「将来世代を一括りに考えることはできない」と指摘した林岳彦主幹研究員は、逆に過去に戻って、未来となる「今」を想像してもらおうとしました。既に「今」が到来しているため、上記の質問に答えるのは、少し難しかったようです。

 結局はその時点の状況をベースに判断するしかないというようなことを指摘する方もいて、林主幹研究員も「その通りだと思いました。その意味で、ある時点での意思決定を結果論で議論してもその意義は限定的であり、その時点での意思決定をどう行うべきかという原則論についてもっと真剣に議論することが重要だと考えています」と話しました。

 また、若者を「Z世代」などと一括りにはできないと感じたり、アンケート結果で人々の考えのばらつきが可視化されていることを興味深く感じたりした方から感想もいただき、林主幹研究員は「記事のメッセージが伝わったようでとても良かった」と喜んでいました。

 「異分野クロス座談会」では、将来世代にある程度の権利のようなものを認める発想や議論はあるものの、権利の発生のタイミングがいつか、将来世代の権利が現世代の権利より優先されるかなど、将来世代を考慮することを現在の社会制度の中に組み入れていく上で、未解決の論点があることが専門的な議論から説明されました。

 では、読者の皆様は将来世代への責任をどう考えているのでしょうか。次の五つの選択肢の中から当てはまるものを選んでいただきました。①将来世代と現世代は平等に扱われるべきである②将来世代のことを考えても仕方がない③現世代も将来世代も、基本的人権を等しく享受することができる④将来世代が発言できない以上、政治決定において誰かが代弁することが適切である⑤当てはまるものはない。

 ①③④をそれぞれ同数の方が選んだ一方、②「将来世代のことを考えても仕方ない」と回答した方はいませんでした。田崎室長は「記事を読んで質問に回答いただける方々は、やはり将来世代を尊重しようとする回答になりますね。こういった方々が世の中に増えていくと、何世代先にも存続する持続可能な社会をつくりやすくなるのでしょうね」との感想を述べました。

3.自然と人間

 気候変動は、世代を超えて悪影響をもたらす世代間不公平の問題です。世代間不公平とはどういうことかを実感してもらうため、祖父母が経験しないような暑い日を孫たちは何度経験するかを予測研究した塩竃秀夫室長は、こう聞きました。研究者ではない方にとっては、どんな気候変動現象が身近なのでしょうか。

 回答として出てきたのは、「台風の影響」や「雨が降る日」がどのように変化するのか知りたいという声でした。近年、既に顕著な影響が出つつある気候変動現象です。塩竈室長によると、台風や豪雨は将来、今よりも強くなることが予測されています。例えば、新幹線の車両基地が水没した2019年の東日本台風と同じような経路で台風が接近すると、降水量が増えて河川での氾濫リスクが高まり、風が強まることで風害や、河口付近での高潮による浸水のリスクも高まることなどが分かっています。

 また、遠い未来のように感じていたことも、自分の子や孫の年齢で考えると思ったよりもすぐのことだということに気づいた読者の方もいました。

 読者からの感想に塩竃室長は、「子どもや孫が生きている間にどれだけ台風や豪雨が強まるかは、我々がどれだけ温室効果ガスの発生量を減らせるかにかかっています。また、排出削減を頑張ったとしても今よりも温暖化することは避けられませんから、被害を減らすためのインフラ整備等の適応策も必要になりますが、それらは準備に時間がかかるものも多いので、早めに動く必要があります。このように、子どもや孫がどれだけ安全な世界で暮らせるかには、今の大人の決断と行動が非常に重要になります」と、改めて訴えました。

 これは「将来世代にどんな自然資本を引き継ぎたいか」を考えるきっかけになるような、新たな持続可能性指標を作ろうとしている山口臨太郎主任研究員からの質問です。環境問題では一般に「自然を守る」という発想になりがちですが、気候変動においては自然が私たちの脅威になります。

 読者からは、地球温暖化に伴う異常気象や台風が自然の脅威として挙げられました。山口主任研究員は「台風や豪雨、そして異常気象だけでなく、深い森の中や荒天時の海岸にいるだけでも恐ろしさを感じます。自然に対する親しみと脅威の両方を感じることで、私たちも自然の中の一部であることを思い出すことができます。また、私たちが慣れ親しんだ自然は、人の手が入っていることが多く、人口が減っていく中でどう自然を維持していくかが問われています」と話しました。

4. 技術や政策、制度の在り方

 地球温暖化を一定レベルで抑えるために許容されるCO2排出量である「カーボンバジェット」は、このままでは6~7年で上限を超えるとされています。将来世代への<炭素の負債>を残さないようにするには、CO2の除去技術に頼るほかないのでしょうか?

 上記の朝山慎一郎主任研究員の質問に対する回答はさまざまでした 。除去する技術は不可欠、他に選択肢はない、などと考える方がいる一方で、この除去技術に頼るべきではないとし、除去技術に期待するような日本政府の言動を危惧されている方もいました。除去技術には応急的に頼ることとし、抜本的な解決策は別途考えるべきだとする方もいました。

 朝山主任研究員は「実は、CO2除去の技術については専門家の間でも賛否両論があります。ネットゼロ(カーボンニュートラル)目標の達成にはCO2除去が何らかの形で必要になる一方で、それに頼りすぎるあまりに肝心の排出削減が遅れてしまうという懸念もあります。どちらか一方が正しいというのではなく、どちらも正当な主張として受け止め、その是非を一般市民の皆さんも含めて幅広く議論していくことが大事です。CO2除去を初めて知った方も多いと思いますが、今後も関心を持ってもらえたら幸いです」とのことでした。

 田崎室長は、国外で既に取り入れられている将来世代を考慮するための具体的な制度を踏まえて、「性悪説で人々を理解して将来の人々に不利益が生じないように監視する機能を持つ制度と、性善説で人々を理解して話し合いや熟慮などをすれば将来の人々に配慮できると考え、そのような場を上手に設ける機能を持つ制度」の二つに大別し、どちらが重要かを問いました。

 どちらかといえば醸成的制度を重要だと考える方が多い結果となりました。田崎室長は「両方の制度が存在して補完しあうのが基本になるはずですが、私もどちらかといえば醸成的制度を大切にしていきたいですね。監視的制度が強くなりすぎると、監視社会でぎすぎすする社会になってしまいます。たとえそれが持続可能な社会に資するものだとしても、そういう社会を長続きさせたいかという話ですね」と指摘しました。

 この質問には、回答した4名全員が参加したいとの答えでした。また、行政が行う以外でも開催できるのか、人口規模が小さい自治体でもできるのかなどといったご質問もいただきました。

 「気候市民会議つくば2023」の実行委員として開催に関わった松橋啓介室長は、「もちろん行政以外が開催することは可能です。つくばでは、行政主導ではなく、研究所主導と整理されることもあります。行政、市民団体、大学等が連携して開催することが望ましいと考えています」と回答。また、「人口規模が小さい場合、近隣の市町村と連携して開催したり、都道府県単位で行ったりすることも考えられます」と話しました。

5. あなたは、将来世代への責任をどう考えた?

 最終回となる記事「1年間の記事連載をふまえて~国際社会の動向が私たちに投げかけていること」で田崎室長は再度、将来世代について、そして世代間問題について、問いを投げかけました。

 選択肢は①自分より若い人たちが生き生きと過ごしているのを見るのは、嬉しく思う②将来世代のことを考えるためには、気持ちだけでなく、そのための能力を磨く必要がある③科学だけでは、世代を超えた問題に結論を出すことはできない④世界は将来世代を考慮する方向に変わっていける⑤当てはまるものは一つもない、の五つでした。

 どのような回答が寄せられたかは、ご想像にお任せしたいと思います。これまで連載を読んでくださった皆様は、どんなことを思いながら、この質問に答えてくださったでしょうか?将来世代に対する考えは、深まりましたでしょうか?

 この記事に対しては、連載全体への肯定的な感想もいただき、どれも嬉しく拝見しました。連載記事をご愛読くださった皆様、回答や感想をお寄せくださった皆様、1年間、本当にありがとうございました。

6. 連載後記

 初回記事でもご紹介しましたが、この連載を執筆してきたのは、通称「Beyond Generation」という研究プロジェクトのメンバーです。このプロジェクトでは、将来の人々のことを考慮した社会決定を促す制度や、人々がどのような条件下で将来の人々のことを考慮しやすくなるのかの認識などを研究対象にしています。科学者の中には議論を回避する人も少なくない、倫理などの価値判断を積極的に取り扱っています。また、自然科学分野の研究者が多い国立環境研究所の中では珍しく、人文社会科学の研究者が中心となって構成されています。

 本企画では、そんな特徴的なプロジェクトのメンバーに、研究の途中で考えていることや悩みをそのまま、コラムとして書いていただきました。一般向けの文章を意識した途端に、「教科書的」な文章になってしまうこともありましたがなるべく、考えていることを率直に書いていただくようにお願いしてきましたので、最先端の研究に取り組む研究者の思考回路や人柄が垣間見える、他にない企画になったのではないかと思います。

 何らかの「答え」を求めて、記事を読んでくださった皆様には、物足りない部分もあったかもしれません。内容も、個人の研究テーマに基づいているので多岐にわたりました。ですが私は、編集担当として記事を読むことで、環境研究者の思考をたどりつつ、なるほどこんなふうに考えるのかと頭の体操にもなり、多くの気付きがありました。気候変動における世代間の問題について、考えるための特訓を受けたような気がしています。

 「将来世代のことを考える」のは「当たり前」のようにも思えますが、短期志向が顕著な現代においては、将来世代を見据えた制度や仕組みを形にするのは、とてつもなく困難にも思えます。だからこそ研究メンバーは、研究成果をまとめる前に、本連載を通じて皆様に語り掛けました。大真面目に将来世代のことを考え、議論している環境研究者が抱えている悩みや葛藤は、読者の皆様にも共感いただける内容ではなかったでしょうか。

 連載記事を執筆した研究メンバーは、今後もいろいろなことを考えながら、将来世代を考慮した社会決定を促す制度の実現などを目指し、研究活動に尽力してまいります。読者の皆様には、これからもBeyond Generationプロジェクトを応援いただけますと幸いです。

執筆者プロフィール: 菊地 奈保子(きくち・なほこ)
新聞記者・ライターとして働いた後、風力発電機メーカーの保守点検コーディネーターなどを経て、2018年から国立環境研究所に勤務。科学的知見を社会に伝える“翻訳者”になれればと思っている。