私がBeyond Generationプロジェクトとウェブ連載を始めたくなった理由ワケ

執筆:田崎 智宏(資源循環社会システム研究室室長、Beyond Generationプロジェクト・リーダー)
2023.5.29

 地球環境問題が深刻化する中、将来世代のことを考えること、将来世代のための仕組みづくりをすることがより重要になっています。将来世代のための仕組みづくりのためには、科学だけでは答えられない問題に向き合う必要があり、研究を行う中で出てくる疑問や葛藤を皆さんにも知っていただき、対話につなげていくことも大切であると考え、「将来世代への責任をどう考える? ~環境研究者の向き合い方~」と題したウェブ連載を始めたいと考えました。

 この記事では、2021年度から始まった国立環境研究所の研究プロジェクトの中でも個性的なプロジェクトである「Beyond Generationプロジェクト」の立ち上げ理由と、ウェブ連載を始めた理由(ワケ)をお伝えします。

この記事のポイント

  • 「もっと将来の人々のことを考えようよ」という思いをベースにしているのがBeyond Generationプロジェクト
  • プロジェクトを始めた理由は、将来、「そのときの大人は何をやっていたの?」と言われないようにしたいということが大きい
  • ウェブ連載を始めた理由は社会との対話が大切なテーマだから 新しい発想につながるから 物事を進めている最中の話がおもしろそうだから——の三つ

1. Beyond Generationプロジェクトを始めた理由

 ウェブ連載の初回記事ということで、この連載を始めた理由とBeyond Generationプロジェクト(以下、「BGプロジェクト」)と我々が呼んでいる研究プロジェクトを始めた理由をお伝えしておきたいと思います。

そもそもBeyond Generationプロジェクトって?

 この研究プロジェクトは、簡単に言えば、「もっと将来の人々のことを考えようよ」という思いをベースにした研究プロジェクトです。そのためには、世の中の物事の決め方を含めて仕組みを変える必要があり、私たちは ①将来の人々のことを考慮した社会決定を促す制度 ②現世代と将来世代が享受できることの違い(世代間衡平性)などを定量的に示す指標 ③将来の人々のことも念頭において複数の視点(倫理・規範)で物事を考えることを支援する可視化手法 ④人々がどのような条件下で将来の人々のことを考慮しやすくなるのかの認識——の4点を研究対象にしています。

 メンバーは、異なる環境分野を扱ってきた研究者で、かつ、人文社会科学から自然科学分野までと学際的にも多様なメンバーで構成されています。自然科学分野の研究者が多い国立環境研究所の中で、人文社会科学の方がむしろ中心となっているユニークさがあるプロジェクトです。また、倫理的規範を扱うという点でも本プロジェクトは特徴的です。科学者の中には、倫理のような価値判断は扱わない、あるいはできるだけ遠ざけようとする方も少なくないのですが、本プロジェクトはむしろ積極的に倫理的規範に近づこうとしています。(研究概要はこちら

世界は将来の人々のことを考えようとし始めている

 世界広しといっても、現在の状況について思うことは同じようです。国連では将来並びに将来世代のことを懸念して、新しい動きが出ています。「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」という文書1)を契機に、2024年には「未来サミット」が開催される予定であり、将来世代に関する宣言をつくりあげたり、将来世代を考慮する特使を任命したりするといったアイデアが出されています。その他にも、国内外の気候市民会議の開催、ドイツでの憲法裁判所による将来世代考慮に関する判決、ウェールズなどの将来世代コミッショナーの制度、日本国内での「フューチャー・デザイン」2)3)と呼ばれる取り組みなど、この数年で将来世代を考える多くの取り組みが登場してきました。

「何をやっていたの?」と言われないように

 プロジェクトを始めた理由はいくつかあります。

 一つ目は非常に素朴かつ率直な理由で、気候変動や生態系の破壊が地球規模で進み、ますます将来世代に禍根を残す状況が生まれてきたからです。目の前の環境問題を改善する研究ばかりしていて、50年後、100年後に被害を受ける人々から「何を研究していたの?」と言われかねないということが気になるようになりました。自分が若いころによく思っていたのは、「大人は何をやっているの?」ということでした。大人側の立場になり、自分がしてきた批判を受け止める側にもなりました。大人の一員として、「やるべきことをやらないと」という気持ちになってきたのです。

未来を見据えた"長期指向"を促したい

 ただ、誰しも目の前でやらなければならないことがあります。目の前にばかり目が行ってしまうのはある程度仕方がないことなのだとも思います。ある意味で、大人もやることはやっている部分があるのです。ただ、短期指向という言葉で批判されるように、どこまで先を考えて判断しているかで大きな違いが出てきます。

 車の運転に例えてみましょう。近くの路面だけを見て走ると、道路に沿って走るのは意外と難しく、ハンドルを右に左にぎこちなく調整することになってしまいます。むしろ、遠くを見て車を走らせた方がカーブに沿ってスムーズにハンドルを動かすことができます。一方で、目の前の路面も見て、凹凸や障害物を避けることも大切です。つまり、遠くと近くの両方をバランスよく見ることが安全運転のコツであり、人類の「運転」も遠くと近くをバランスよく見る必要があるはずです。

 人々の短期指向を程よく押さえ込み、長期指向(思考)を促すためにはどうしたら良いか、そのためにはどういった仕組みが役立つかは、BGプロジェクトにおける大きな研究課題の一つです。

限られた研究人生で意味のあることを

 BGプロジェクトをはじめた二つ目の理由は、自分の研究人生も折り返し地点を過ぎたと思ったからです。3年、5年、10年でできることの大きさを想像できるようになり、自分の時間が有限であり、その時間で何をやろうかと思ったときに、次の時代にも影響が大きい世代間の課題に取り組むことには意義があると思えたのでした。

 世界の目標として合意されたSDGsの目標年である2030年は、自分がまだ現役でいられる時代です。ポストSDGsをどうしていくか考えるにあたっては、自分も貢献できそうです。ですが、地球温暖化対策の長期目標年である2050年はどうでしょうか。自分は80代になり、現役を退いていることでしょう。温暖化などによる被害がとりわけ深刻化していくころに対策を講じられるのは、次の世代の方々だけです。自分たちの世代は、そこに道筋をつけることまでしかできません。

 とはいえ、道筋は大切です。下手をすれば、将来世代の選択肢を減らしてしまい、選べるはずだった道を選べなくさせてしまうことが現世代の我々にはできてしまうのですから。

時間軸を真正面から捉えた研究が不足

 三つ目の理由は、自分がサステナビリティ(人々と環境の持続可能性)の研究4)をしている中で、時間軸を真正面から捉えた研究が不足していることを痛感していたからです。10年以上前にサステナビリティの指標群と呼ばれる各国が策定した指標を1700以上レビューした5)ときも、今後の指標研究の五つの課題の一つにそのことを挙げていました。将来予測を行う研究やある指標の値が将来どうなるかという研究はあるのですが、その結果を見て判断するのは暗黙のうちに現世代が行うこととしているのです。将来世代を具体的に想定して、その人たちのために何ができるかを考えることを、そろそろ研究仲間とともに取り組みたいと思うようになったのでした。

2. ウェブ連載を始めた理由

 次に、このウェブ連載をはじめた理由ですが、そのためには、我々研究メンバーがどのように科学研究を行っているかを理解していただいた方が良いでしょう。科学研究では一般的に、何カ月も黙々と研究して、その成果がまとまってから発表するということを行います。

純粋科学の限界から社会との対話へ

 これはこれで確立された形式であり、その良さもあるのですが、二つの弱点があります。一つは科学だけで答えが出せない問題を扱うときには、研究を進める中で多くの議論を社会としなければならないということです。

 例えば、新型コロナウイルス対策で言えば、健康や生命のリスクを重視して経済活動に制約をかけるのか、経済活動を制限することによる負の影響、例えば失業や収入減による生活苦を避けるために健康や生命のリスクをある程度覚悟して経済活動を営むのか。判断するには何らかの基準が必要となりますが、この基準は価値観に頼らざるを得ないので、純粋科学だけでは答えがでないのです。ChatGPTのような生成型AIを用いることの是非も同様です。AIを用いる良い面を強調すればその利便性や可能性を考えて使うべきとなりますし、AIを用いることによる悪い面を強調すれば、その利用を控えるべきとなります。

 BGプロジェクトが扱う主題である「どれだけ将来世代のことを考えるべきか」は、一つの評価軸あるいは規範に収まらないことを判断することが多いと考えています。そうなると、純粋科学だけでは判断ができなくなります。

将来世代の権利をどれだけ尊重するか

 加えて、私たちが当然と思っていることは時代と共に変わっていきます。BGプロジェクトは、ある意味で、将来世代の権利をどれだけ尊重するかという課題を扱います。

 これまでの人類の歴史において人権や権利はその範囲を拡大してきました。ある年齢以上の男性、またある国ではある人種だけに限られていた権利が、より若年層へ、また女性や黒人、奴隷などにも拡大してきました。今、我々が当然と思っている権利は、私たちの祖先が苦労して確立させてきたものです。環境倫理の分野では生物の権利の議論も交わされています。権利というところまでは至らないにせよ、ペットを虐待することはすでに動物愛護法で禁じられ、罰則も強化されてきています。家畜についても、痛みや恐怖を与えないように配慮したり、良い環境で育てたりすることが海外などで盛んに実践されています。例えば、米国のスーパーで卵のパッケージをよく見ると、狭いニワトリ小屋のなかだけで動くこともできずに育てられたのか、庭で自由に動けるようにして育てられたのかが分かるようになっています。

 地球の上で活動している人類を一歩も二歩も下がって眺めてみたら、私たちが考える権利は拡大していく最中にあると見えるはずです。つまり、将来世代の権利というものをどれだけ尊重するかは、時代と共に答えが異なってくるはずで、だからこそ皆さんの考え方を聞く機会を増やしながら、研究を進めていった方が良いと考えたのです。

研究途中の悩みや発想に面白さ

 従来の研究発表のもう一つの弱点は、研究の途中で出てくる悩みが新しい発想や研究を生みだすにもかかわらず、それを共有しにくいということです。せっかくネットの時代になって、その途中の情報を発信・共有しやすくなっているのに、それを活用しないのはもったいないのではないでしょうか。単純に、何かを進めているときの最中の話って、面白いですよね。次に何が起こるのだろう、というドキドキとワクワクの世界というか。映画や小説でいきなりラストシーンだけを見て、面白いでしょうか?

 幸いにも今回のBGプロジェクトには、「将来の世代の人々のことを考えようよ」という思いに共感する研究者の方々にメンバーに入っていただくことができました。メンバーそれぞれが将来世代に対する博愛の心を多かれ少なかれ持っているわけで、短期指向になりがちな人々や社会構造と向き合いながら生まれてくる疑問や葛藤があります。実はそれらが大切なことではないか、似たような疑問は研究者でなくでも他の人も感じたことがあるのではないかと思えたのです。他方、研究の先端で考えていることで普通の人では考えつきにくいこともありそうです。私自身が研究メンバーの考えていることをきちんと聞いてみたいということもありますが、その考えを率直に世の中に伝えることにも面白さと意義があるのではと思ったのでした。

3. 連載スタート!

 さて、次の記事からは、BGプロジェクトメンバーである各研究者がこのプロジェクトに関して思ったことを自由に紹介していきます。どうぞお楽しみください!

執筆者プロフィール: 田崎 智宏(たさき・ともひろ)
博士(学術)。システム工学と政策科学の2つの専門性を活かして、リデュース・リユース・リサイクルならびに持続可能な開発関連(SDGsやライフスタイルなど)の研究に従事してきた。社会の仕組みをより良く変えていく研究を行いたいと考えている。時代の変化を見据えて変えるべき制度ともうしばらく存続させるべき制度との間で悶々とすることが多い。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご意見などをからお寄せ下さい。
今回の執筆者から皆様への質問:将来、「そのときの大人(あなた)は何をやっていたの?」と言われてしまうのではないかと心配したことが、これまでにありますか?