持続可能性を測る“ものさし”をつくる

執筆:山口 臨太郎(社会システム領域 主任研究員)
2023.9.7

 SDGsをはじめとする持続可能な発展の目標では、私たちが目標に向かって進んでいるかをチェックするための指標が必要になります。そうした指標の一つが、資本に基づいた持続可能性指標と言われるものです。

 私たちは、祖先から受け継いできた大切なものを、次の世代も使えるように残したいという、本能にも似た感覚を持っているのではないでしょうか。資本に基づいた持続可能性指標とは、人工資本、人的資本、そして自然資本が全体として減っていないかどうか、将来世代に引き継ぐだけ十分に残っているかを確認するものです。この記事では、持続可能性指標で測るべき自然、自然資本とは何かについて考えます。

侵食が進行する恐れがある鳥取砂丘(鳥取市)=2023年7月筆者撮影

 将来世代は、今を生きる私たちとは違う人々ですし、価値観が異なるかもしれません。そもそも人口規模も異なります。そこで私は共同研究者とともに、将来世代「1人当たり」の生活水準や生活の質を確保するために、将来世代に引き継ぐ資本が十分かどうかを確認する持続可能性指標を提案しています(Asheim et al. 2023)。将来世代を漠然とした存在としてではなく、より具体的な一人一人として想像し、彼らのためにどんな社会を作るのかを議論することにつながればと思っています。

この記事のポイント

  • 持続可能性とは、人工資本や自然資本、人的資本を、全体として減らさずに将来世代に引き継ぐこと
  • 人工資本と自然資本は、明確に分けられる面もあれば、両者が一体となっている面もある

1. 自然資本とは

 都会の喧騒や便利な生活を離れて森や公園に足を踏み入れると、家族や友人と森林浴を楽しんだり、静かに自分と向き合ったりすることができるのではないでしょうか?

下鴨神社の境内に広がる世界文化遺産「糺(ただす)の森」は、地域住民や観光客の憩いの場にもなっている(京都市左京区)=2023年5月筆者撮影

 このような自然環境を社会科学では「自然資本」と呼びます。単に「自然」と言ってもいいのですが、人間にとって将来にわたってさまざまな恩恵を生み出す源泉であることから、長期的にサービスをもたらす機械や建物、道路などの人工的な資本になぞらえて、自然資本という呼び方が定着しつつあります。そして自然資本が世代を超えて残されているかを確認するために、その量や価値や質についてさまざまな指標が作られています。

 とはいえ、今ある自然資本を全く同じ状態で残すのは、なかなか難しいことです。自分たちの生活水準の向上のため、また新しいものを作り出したいという好奇心や願望のために、私たちは自然の一部を壊して何か新しいものを作ることがあります。また、主に化石燃料を燃やすことによって生じる地球の温暖化や生物種の減少は既に進行しており、この流れをすぐに止めることは残念ながら難しそうです1)

 そのため、自然資本の減少を今すぐに止めるのが難しいのであれば、せめて自然が減少した分を埋め合わせるだけの人工物を作ることを目指そう、自然資本を含めた広い意味での資本を減らさないようにしよう、という考え方が出てくることになります2)

 ここで言う広い意味の資本には、人工資本と自然資本だけでなく、人的資本を含めるのが通常です。人的資本とは、私たち一人一人の中に蓄積した知識や技能や経験や、一人一人が健康であることを指し、やはり次の世代に引き継がれるものです。

1)しばらくは自然の減少を止めることはできないが、数十年後に反転させ、現状以上の自然に戻すというタイムラインの考え方を、最近ではネイチャー・ポジティブと呼びます。

2)この考え方を定式化した論文の筆者の名前をとって、この考え方をハートウィック・ルールと呼ぶことがあります(Hartwick 1977)。

2. 自然資本としての森林の価値

 自然の価値は、絶対的に決まっているわけではなく、その社会における文化や価値観によっても変わるかもしれません。例えば森林には、大気汚染を軽減する、雨水を蓄える、といった機能があります。それに加えて、景観を形作る、鎮守の森のように精神的な安心感や、私たちが森林浴を楽しむ場所を提供してくれる、といった機能については、国や社会によって、何が美しい景観か、何が安らぎをもたらすか、という考え方が違うかもしれません。

 さらに、いま議論されているのが、森林が炭素を閉じ込めてくれる役割です。森林や土地が伐採や山火事などで失われると、木や土壌に蓄えられていた炭素が放出され、気候変動を加速させてしまうと危惧されます。その状態に比べて、保全されている森林や土地は、気候変動を防いでくれる価値を持つというわけです。

3.自然と人工物はつながっていることも

 実は、自然という言葉が何を指すのかさえ、はっきり決まっているわけではありません。西洋では、自然を人間社会から切り離して対象化して考えるのに対し、東洋では、両者を一体として考える、とよく言われます。

 実際、自然と人工物は、切り分けて考えるよりも、連続的に捉えたり、境界があいまいと捉えたりする方が理にかなっていることもあります。例えば日本庭園は、自然を模した人工物ですが、自然から取り出したものから作られつつ、さらに全体として一つの自然を作り出しています。沈没船や放棄された海上油田設備などは、人工物ですが、長い年月を経て、豊かな漁礁となる事例が報告されています。

 また最近では、自然災害による被害を減らすために、森林など自然の力を活用するNbS(自然ベースのソリューション)という考え方も出てきました。NbSは、自然をベースとしながら、既存の人工物とうまく組み合わせることを重視します。

 このように、自然と人工物とを切り離して考えて指標として測ることを続ける一方で、両者のつながりを重視することが大切になってきていると思います。私は、このような点を念頭に置きながら、「将来世代にどんな自然資本を引き継ぎたいか」を考えるきっかけになる指標を作れればと思っています。そもそも人や自然の本当の価値など、定義することもできなければ測定することもできないのかもしれません。そもそも価値とは何か?ということも難しいです。それでも、ものさしがなければ何も始まりません。新しいものさしを作ることで、人々の気付きのきっかけになればと思います。

執筆者プロフィール: 山口臨太郎(やまぐち・りんたろう)
博士(経済学)。自分自身はアートのセンスはないのですが、ここ数年は写真家の方の作品から大きな気付きを得ることが多いです。研究内容について語ったインタビュー記事は こちらから。

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今回の執筆者から皆様への質問:自然が恐ろしく感じられた経験を教えてください。