「制度化」で将来の人々を守る

執筆:田崎 智宏(資源循環社会システム研究室室長、Beyond Generationプロジェクト・リーダー)
2023.11.13

 今生きている私たちが不適切な判断をして将来の地球環境問題や社会問題などを悪化させてしまった場合、一番困るのは将来の人々です。そのような状況を回避し、将来世代を守るための制度というものが、実は世の中にはいろいろと存在しています。

この記事のポイント

  • 将来の人々が困らないようにしようという制度が世界中のいろいろな分野に存在している
  • そのような制度の機能は大きく二つある。性悪説で人々を理解して、将来の人々に不利益が生じないように監視する機能と、性善説で人々を理解して、話し合いや熟慮などをすれば将来の人々に配慮できると考え、そのような場を上手に設ける機能
  • これらの制度一つ一つを有効に機能させていくことが、将来世代考慮の強化につながっていく

1. はじめに~将来の人々のことを考える難しさ

 今生きている私たちが不適切な判断をして将来の地球環境問題や社会問題などを悪化させてしまった場合、一番困るのは将来の人々※1です。特に、地球環境はすぐに元通りにはなりません。気候変動の被害が大きくなるような状態になってしまったら、その状態がしばらく続き、その結果、将来の人々の利益や権利、自由を脅かしてしまいます。ドイツでは憲法裁判所が将来世代の観点から政府の気候変動対策を不十分と判決し、現世代の政府に再考を求めました(「ドイツの気候保護法についての憲法裁判所の判断から2年」の記事を参照)。私たちは将来の人々が気候変動の被害や生態系破壊によって困らないように、しっかりと考えなければならない時代に生きています。

※1ここで言う「将来の人々」には、若者のようなすでにこの世に存在している人々も含まれれば、まだ生まれていない人々も含まれる。

 しかしながら、人々は、将来のことよりも現在のことを大切にしがちです。経済学や心理学の分野では、これを割引率というパラメータ(変数)で表現して各種の経済分析や時間選好に関する研究に用いていますし、政治学の分野では「短期志向(short termism)」と表現して問題視しています。私たちの「100年先の人々を思いやれるか」という記事でも、将来を考えることの難しさを指摘しました。

2. 制度化して乗り越える、人類の知恵

 大昔から今に至るまで、人々は、個人レベルでうまく対応ができない問題に対しては、社会としてのルールをつくり、お互いに守っていく工夫をしてきました(この記事ではこのことを「制度化」と呼びます)。このような制度化は「人類の知恵」と言えます。

 将来世代のことをきちんと考えて世の中のことを決めていくことも、制度化という人類の知恵で乗り切ることはできないでしょうか。

 そこで、同僚の尾上成一特別研究員とともに、世界に存在する将来世代を大切にする制度について調べてみました1)。なお、ここでいう「制度」には、法律などで明確なルールになっているものだけでなく、明文化はされておらず、文化や慣習という形で、ふわっと世の中に存在しているものもあります。

 その結果、いろいろな制度があることが分かりました。制度は大きく二つに分類することができました。性悪説で人々を理解して、将来に対する悪さをしないように監視する機能が主となる「監視的制度」と、性善説で人々を理解して、話し合いや熟慮などをすれば将来の人々に配慮できると考え、そのような場を上手に設ける機能が主となる「醸成的制度」です。どちらにも属さないものや両方の機能を持つものもあります。以下では、いくつかのグループに分けて、これらの制度を紹介したいと思います。

3. 公的な制度の主な種類~現代社会における先進的制度

 まず、国の根幹をなすルールである憲法に、将来世代の利益等を守ることを目的とした条項(「世代間条項」と言います。)を設けている国があります。ドイツやスウェーデン、スイスなどが代表例で、世界的には、日本もこのような国の一つとされています。具体的には、憲法前文の他に、第11条に「・・・憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」、第97条に「・・・基本的人権は、 ・・・、 過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と定められています※2

※2・・・は省略を示す。憲法解釈ならびに環境法の観点からの議論については参考文献2)、3)などを参照のこと。

 しかしながら、あるべき姿を指し示す憲法だけでは実体は伴いません。そこで、いくつかの工夫がされています。

 一つ目の工夫は、世代間条項の違反を司法が判決できるように権限を付与・強化しておくことです。これは監視的制度の一つといえます。ドイツの憲法裁判所の判決の他、チリで政府の定める森林伐採計画が将来世代の権利を脅かすとして、最高裁がその計画の取り消し命令を出したこともあります。

 二つ目の工夫は、議会の付属委員会やオンブズパーソン制度などとして、新しい法律ができる時点、あるいは日頃の行政活動で各種判断がされていく最中に、別の機関や任命されたガーディアン等※3によって、将来世代の権利が守られているかどうかをチェックすることです。これらも監視的制度といえます。例えば、下記のウェールズの事例では、25年以上前に構想されたバイパス道路の建設計画について再考を促すこととし、その後ウェールズ政府が白紙撤回することを決めました。裁判所による判決には時間がかかりますし、どうしても事後的になってしまいますので、このような仕組みは大切です。このような制度には、以下の通りいろいろなものがあります。

・フィンランドの「未来のための委員会」(1993–現在)
・フランスの「将来世代の権利に関する審議会」(1993-1995)
・スイスの「持続可能な開発のための省庁間委員会」(1993-現在)
・カナダの「環境と持続可能な開発コミッショナー」(1996-現在)
・イギリスの「持続可能な開発委員会」 (2000-2011)
・イスラエルの「将来世代のための議会委員会」 (2001-2006)
・ハンガリーの「将来世代のための議会コミッショナー」 (2008-2011)と「将来世代オンブズマン」 (2012-現在)
・マルタの「将来世代のガーディアン」(2012-現在)
・ウェールズの「将来世代コミッショナー」(2015-現在)4)

悩ましいのは、差し止め権を有する「強い」仕組みだったイスラエルやハンガリーの制度が、結果としては長続きせず、廃止となったことです。政治的に嫌われたこともあるでしょうが、選挙で選ばれた政治家の意見よりも、選挙で選ばれていないコミッショナーなどの意見が強いことについての民主的な正統性に疑問が呈されたことも一因でした。これらの制度の実態調査や有効性の評価は、今後の研究課題として残されています。

※3例示したように、ガーディアン(守護者)、委員、コミッショナー(最高責任者)、オンブズマン(代弁者)などという様々な表現がある。

 また、特定の分野にも監視的制度が存在します。例えば、環境分野についていえば、各国が環境アセスメントで長期的に影響のある内容を評価する場合がありますが、広い意味ではこれも同じ種類の監視的制度と言えるでしょう。また、財政分野については、米国、英国、カナダ、オーストラリアなど、比較的多くの国で、予算当局とは別に「独立財政機関」を設置して予算当局のチェックを行っています。こちらも監視的制度といえます。日本では財政赤字が続いており、国の借金である普通国債の発行残高が1000兆円を超え、将来世代への影響が懸念されていますが、独立財政機関は導入されていません。

 三つ目は、政治や行政を行う代表者や参加者の構成を変えていく制度です。具体的には、若者への議席の割り当て(Youth quota)や若者議会などです。議席の割り当ては、ケニア、ウガンダ、ルワンダなどで導入されています5)。若者議会については、日本では山形県遊佐町6)の長年の取り組みがあります。また、フィンランドのヘルシンキ市では、ある予算枠について市民参加型で実施内容を決める「参加型予算編成」という制度を導入しているのですが、それに参加できる市民の年齢は12歳にまで引き下げられています7)。日本では、被選挙権年齢の引き下げについての人々の意見についての調査結果が出たところです。若い世代の意見を取り入れ、将来世代に配慮する姿勢や雰囲気が醸成されていくことが期待されます。

写真1 山形県遊佐町の若者議会の様子(遊佐町提供)

 この三つ目の取り組みに関連して、選挙制度が特定の利害関係者の意向を反映してしまって短期志向になってしまうという弊害を緩和しようと、在職期間を長くするとか、議会を二院制にして片方の議会により長期の観点での議論を期待するといった考えも提案されています。また、議論をする人々あるいはその一部の人々が「仮想将来世代」になって議論をすることで、将来世代のことをより考えられるようになるという実践的取り組みと研究が進められています9)-11)。「フューチャー・デザイン」というキーワードで調べると、いろいろな事例が出てくるはずです。これらの中で在職期間はやや特殊ですが、長期的視点から意思決定を行う議院の設置やフューチャー・デザインは特に醸成的制度といえるでしょう。

 四つ目は、運用上の具体的なルールの導入です。例えば、財政赤字について言えば、プライマリーバランスを確保することや政府債務残高のGDP比を一定値以下に抑えるというルールが挙げられます。EUではマーストリヒト基準として、債務残高がGDP比で60%を超えないこととする基準が定められています※4。また、社会インフラへの公共投資などの判断を行う際に、将来世代が受ける便益や損失をより考慮するルールなどもありえるでしょう。例えば英国のGreen Book12)では、公共投資などを行う際、人々の人命や健康に関する便益や損失の計算や30年を超える長期間の場合の計算には低い割引率を用いるルールを採用しています※5。細かい計算は省きますが、結果的に、通常の計算式よりも将来世代のことを考慮することになります。その他のルール案としては、社会が物事を決めた際に、その理由をきちんと残すようにするということの提案もされています。ただし、運用上のルールだと、運用時に無視される可能性があります。そのため、より強固な制度化をしていくことも考えなければならない時があります。必ず達成しなければならないルールほど、監視的制度のように機能することになります。

※4EUに加盟して通貨ユーロを利用している、ある国が大きな財政赤字を抱えると、ユーロの価値が下がって他のユーロ参加国を不利な状況に追い込むので、このような状況に陥らないようにしている。この意味では、世代間だけでなく、世代内(同時代の各国間)の公平性を扱うものではあるが、過度な負債を将来に残さないという機能も果たすので、ここで紹介した。

※5具体的には、人命や健康に関する便益や損失に対する割引率は30年までは1.5%、その後75年までは1.29%、その先125年までは1.07%を用い、人命や健康以外の割引率は30年までは3.5%、その後75年までは3.0%、その先125年までは2.5%を用いる。例えば、3.5%の割引率を用いた場合、ある自然公園を使うときの現在の便益を10万円相当とすると、30年先の将来に全く同じ自然公園を使うときの便益は現在価値で3万5630円相当となり、他方、1.5%の割引率を用いた場合、30年先の将来の便益は現在価値で6万3980円相当となる。どちらの場合でも将来の便益等は現在の便益等よりも小さく扱われるが、割引率が小さい方(この場合、1.5%)が、将来の便益等をより大きく扱うことになる。

4. 私的およびローカルな制度の特徴~温故知新

 私たちの社会には、上記の制度とは別に、子孫のことを考えた企業や家、地域の制度・ルールも併存しています。老舗企業では長期経営のノウハウが蓄積されていますし、代々続く家系では、存続をより確実にさせるルールとして、親族内の紛争を回避するための継承順位のルールや資産分配のルール、非常事態における互助のルールなどを定めているところもあります。地域では、森林などの共有資源に係る利用・継承のルールなどが定められていたところもあります。また、米国のイロコイ・インディアンには7世代先を考えて物事を決めるという思想があったとされています。これらのルールのうち、裁量の余地が大きいものほど「醸成的制度」として機能することになります。

 よくよく考えると、これらの子孫末代まで考えるべきということは長い人間の歴史からは、むしろ当然のことだったようにも思われます。それが、現代社会では地域コミュニティの弱体化、人々の個人主義化が進み、人々の生活のベースにあるはずの自然環境やコミュニティなどの基盤から切り離された生活が可能になりました。土地や集団生活による束縛からの解放という点では良かったかもしれませんが、次世代に継承していく基盤的なものを持続させようとする気持ちが衰えてしまった面もあると言わざるを得ません。温故知新で、今一度、現代社会のあり方や将来世代との関係を再考してみることは大切なことのように思われます。

5. 将来世代考慮制度の全体像

 以上で説明した制度を一つの図にマッピングしたものを図1に示します(一部書ききれなかった制度については、参考文献1)を参照ください)。国家-市民-企業という三角形の中に、所狭しと将来世代考慮制度の類型名が書かれています。つまり、世界を見渡せば、すでに多くの制度が存在しているのです。これらを各国がしっかりと導入し、一つ一つの制度の将来世代考慮の有効性を高めていくことが今後の課題になります。

図1 将来世代考慮制度のマッピング
ペストフ(2000)の三角形(参考文献13)を参照)をベースに作成した。CFOはChief Future Officer(最高未来責任者)の略語。

 最後になりますが、私たち日本の社会では、どのような制度が求められるのでしょうか?将来世代を慮ることができる人の割合が少なければ性悪説に基づく監視的制度が、その割合が多ければ性善説に基づく醸成的制度がより大切になってくるでしょう。この答えについては、これから行っていく研究の中で答えのヒントになるものを見つけていければと思っています。また、この答えは研究だけで導き出せるものではなく、私たちが何を大切と考えているのか、私たちはどういった判断をしがちなのか、といった点を紐解いていくことが必要になると思います。ご意見等ありましたら、ぜひお知らせくださいますようお願いします。

執筆者プロフィール: 田崎 智宏(たさき・ともひろ)
博士(学術)。システム工学と政策科学の2つの専門性を活かして、リデュース・リユース・リサイクルならびに持続可能な開発関連(SDGsやライフスタイルなど)の研究に従事してきた。社会の仕組みをより良く変えていく研究を行いたいと考えている。時代の変化を見据えて変えるべき制度ともうしばらく存続させるべき制度との間で悶々とすることが多い。

記事へのご意見やご感想をお聞かせください。執筆者からの質問にも答えていただけると嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご意見などをからお寄せ下さい。
今回の執筆者から皆様への質問:将来世代のことを大切にする制度として、監視的制度と醸成的制度のどちらが重要だと思いますか?

参考文献

2) 大塚直(2021)法・制度と持続可能な発展-世代間衡平を中心として、In大塚直・諸富徹(共編著)持続可能性とWell-Being、日本評論社、pp.63–99.

3) 黒川哲志(2012)環境法からみた国家の役剖と将来世代への責任、公法研究、74号、pp.163–172.

4) Rose, M. (2019). All-affected, non-identity and the political representation of future generations: Linking intergenerational justice with democracy. In: Cottier, T., Lalani, S., and Siziba, C. (eds.). Intergenerational Equity. Brill.

8) 宮崎智視(2021)独立財政機関と国債市場:国際比較と日本への政策的含意、ゆうちょ資産研究、28 巻、pp. 31–49.

9) 西條辰義編(2015)フューチャー・デザイン、勁草書房.

10)西條辰義(2018)フューチャー・デザイン—持続可能な自然と社会を将来世代に引き継ぐために—、11 (2)、pp. 29–42.

11)原圭史郎(2016)フューチャーデザイン:仮想将来世代との共創による未来ビジョン形成と地域実践、千葉大学公共研究、12 (1)、pp. 64–71.

13)ビクターA.ペストフ(2000)福祉社会と市民民主主義、日本経済評論社.