1. カーボンフットプリントから考える脱炭素化
温室効果ガス排出量の推計には、自らが所有・管理する発生源におけるガソリンや都市ガスなどの燃焼による直接排出(スコープ1)と、これに電力などのエネルギーの使用を通じた間接排出を加えたスコープ2、さらに自らが消費する製品やサービスの製造や輸送までさかのぼって排出量を算定するカーボンフットプリント(スコープ3)の考え方があります。カーボンフットプリントは消費ベース排出量とも呼ばれ、私たちの生活や企業などの活動に伴ってサプライチェーン全体で誘発される温室効果ガスを把握する手法として近年注目を集めています。
日本における家庭部門からの温室効果ガス排出量は、スコープ2では全体の約2割にとどまりますが、国立環境研究所の3EID(産業連関表による環境負荷原単位データブック)に基づく推計では、スコープ3にまで範囲を広げると、全体の約6割にも達します(2015年)。その内訳は、私たちの生活と密接に関わる移動、住居、食、消費財、レジャー、サービスといった分野です。スコープ1(直接排出)やスコープ2(直接排出+エネルギーを通じた間接排出)の考え方では、家庭部門の対策は再生可能エネルギーの導入や省エネルギー、移動手段などに限られますが、スコープ3のカーボンフットプリントの考え方をとることによって、食生活や消費財を含めた市民の生活を支える様々な製品やサービスの消費と生産のあり方が対策の鍵となることがわかります。
2019年に閣議決定された日本の『パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略』では「ライフスタイルのイノベーション」が提唱され、2020年の国連環境計画(UNEP)の『排出ギャップ報告書』では移動、住居、食などに関する需要側対策が1つの章として取り上げられるなど、気候変動対策において脱炭素型ライフスタイルへの転換は対策の1つの柱として認識が高まりつつあります。日本でも数多くの自治体が「ゼロカーボンシティ」宣言を行っているように、それぞれの地域で脱炭素を目指す取り組みの重要性が増していますが、その多くはスコープ2の考え方に基づいています。したがって、その地域の需要を満たすために他の地域で行われた生産活動から生じた排出量は考慮されない一方で、地域に立地する工業団地などにおいて他の地域向けに生産した分の排出量が含まれています。一般的に日本を含む先進国や大都市は多くの製品を輸入(移入)に頼っていることが多いため、輸出(移出)分を差し引いても、カーボンフットプリントは従来の考え方(スコープ2)に基づく排出量を上回っています。そのため、ある国や地域における生産活動を通じた排出量をゼロにしても、その国や地域の消費を支えるために他の国や地域での排出が生じてしまう「リーケージ」と呼ばれる問題があります。したがって、スコープ2に基づく「ゼロエミッション」だけでなく、将来的には消費ベースのカーボンフットプリントをゼロに近づけていくことが重要になります。
このように、脱炭素化に向けた取り組みの重要性への認識は高まっていますが、私たち市民や都市にとって、どのような取り組みをすれば良いのか? という疑問の声をよく耳にします。私たちの研究では、そのような疑問に答えるべく、市民が取り入れることができる移動、住居、食、消費財などに関する脱炭素型ライフスタイルの選択肢について、都市別にその効果を推計しました。
2. 移動・住居・食・消費財・レジャーから考える脱炭素化
私たちの研究チームが行った国内52都市(県庁所在地、政令指定都市)のライフスタイルに関する家計消費カーボンフットプリントの推計によれば、52都市の平均は1人1年あたり7.3 t-CO
2e(二酸化炭素換算の温室効果ガス排出量、2015年)ですが、最大の都市(8.4 t-CO
2e、水戸市)と最小の都市(5.8 t-CO
2e、那覇市)の間には2.7 t-CO
2eもの差があることがわかりました。カーボンフットプリントが大きい分野としては、住居における電力・ガスの消費や建物の建設・維持管理のほかに、自動車・飛行機による移動、肉類・乳製品などの食生活、衣類・電化製品・趣味用品などの消費財、旅行・レストラン・娯楽施設利用などのレジャーが含まれますが、どの分野が大きいかはそれぞれの都市により異なります。例えば、北陸などの暖房需要の大きい地域では住居、公共交通の利用が進んでいない地方都市では移動、赤身肉の消費が多い西日本では食、大量消費型の生活が顕著な大都市部では消費財とレジャーによるフットプリントが大きくなっています。したがって、ゼロカーボンという同じ目標に向かうことを想定した場合であっても、地域によって対策が必要となる重点分野が異なることがわかります。まずは、市民ひとりひとりや自治体が自らの地域においてカーボンフットプリントが大きな分野を把握し、将来へ向けたビジョンを描くことが必要です。
3. 地域に合った脱炭素型ライフスタイルの選択肢
私たちの研究では、図1に示すような多岐にわたる脱炭素型ライフスタイルの選択肢を国際的な文献レビューにより特定し、これらの選択肢を取り入れることによるカーボンフットプリントの最大削減効果(その都市の平均的な市民が、ある選択肢を完全に実施した場合の効果)を都市別に推計しました。温室効果ガス削減効果の大きい選択肢として、住居・移動関連では、電気自動車の再生可能エネルギー充電(52都市平均の削減効果:470 kg-CO
2e/人/年)、ゼロエネルギー住宅への住み替え(1910 kg-CO
2e)、再生可能エネルギー由来の電力プランへの切り替え(1300 kg-CO
2e)などの設備投資とエネルギー源の転換が挙げられますが、これらの選択肢については市民への費用負担が想定されることから、政策的な優遇措置を国や自治体が拡充することが必要と考えられます。加えて、ライドシェアリング(相乗り)(530 kg-CO
2e)、公共交通・自転車移動への転換(430 kg-CO
2e、都市内の私用目的での移動)、テレワーク(290 kg-CO
2e)、職住近接(280 kg-CO
2e)などの移動システムの転換による効果も大きく、これらの選択肢に対しては、公共交通や自転車利用がしやすい都市計画、シェアリングやテレワークなどのソフト面の制度やシステムを整えることにも意義があります。食の分野では、近年着目されているプラントベースの食生活、例えば菜食(220 kg-CO
2e)や代替肉製品(190 kg-CO
2e)に加え、バランスのとれた食生活(120 kg-CO
2e、バランスフードガイドに沿った食事)に転換することにも温室効果ガスの削減効果が見込まれます。また、消費財やレジャーの分野では、衣類(200 kg-CO
2e)や趣味用品の長期使用(110 kg-CO
2e)、地域でのレクレーション(250 kg-CO
2e)にも効果が見込まれます。野菜中心の食生活や自転車の利用など、健康面のメリットが想定される選択肢も多く、脱炭素で生活の質が向上するような選択肢を市民が取りやすくなるような地域での取り組みが求められていると言えます。
図1 脱炭素型ライフスタイルの選択肢
本研究では電気自動車や太陽光パネルをはじめとする脱炭素型の製品利用などを「効率性」(赤色)、テレワークや食生活の転換、消費財の長期使用をはじめとする行動変容などを「充足性」選択肢(緑色)として区別した。括弧内は分析対象とした選択肢の数。
個別の選択肢を取り入れることによる1人1年あたり温室効果ガスの最大削減効果には都市間で大きな違いがあり、同じ選択肢であっても2倍から5倍もの差があります。そのため、都市によってはその削減効果の大きさからみた優先順位が逆転する場合があることもわかりました。例えば、ライドシェアリング(相乗り)やテレワークによる効果と、衣類の長期使用や代替肉製品への転換の効果のどちらが大きいかは、地域のライフスタイルに依存し、都市によって異なります。したがって、それぞれの地域においてどのような選択肢に効果があるかを把握した上で、地域にあった選択肢を市民参加で特定し、政策的に推進していくことが重要です。
パリ協定の脱炭素目標へ向けた取り組みでは、排出量を将来的にゼロに近づけていくことが求められるため、京都議定書の時代のような数パーセントの改善とは異なるアプローチが求められます。市民のライフスタイルは地域のインフラ、製品の入手可能性や価格などに依存しているため、脱炭素型ライフスタイルの主流化は、ひとりひとりの市民の工夫や努力だけで達成できるものではありません。むしろ、消費と生産は車の両輪であり、市民が需要側から脱炭素型の製品やサービスを求めていくと同時に、企業や自治体が脱炭素型の選択肢を市民にとって手に取りやすいように充実していくことが求められます。今回、分析対象としたのは現在日本において入手可能な製品・サービスを基に市民がとりうる選択肢に限られます。脱炭素型社会の実現に向けて技術開発が必要なことは言うまでもありませんが、新たな技術に頼らなくとも、社会的なシステムを整え、ライフスタイルと消費のあり方を見直すことで脱炭素化につながることがこの研究により示唆されます。
今回の研究成果に基づく都市別データは、国立環境研究所のウェブサイトにおいて公開しています(図2)。都市名を地図上で選択いただくことで、その都市のカーボンフットプリントと効果的な脱炭素型ライフスタイルの選択肢による削減効果をご覧いただけるほか、地域別(52都市・10地方・4大都市圏)のデータをまとめたPDF冊子も公開しております。このようなデータを活用して、市民や自治体関係者の皆様、環境啓発を担うNPOやメディア関係者の皆様、脱炭素型の選択肢を供給する役割を担う企業の皆様が、当該地域にとって優先度の高い選択肢を認識して、取り組みを進めていくことが望まれます。
図2 都市別の脱炭素型ライフスタイルによる削減効果の公開データ(例)