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地球温暖化だけでは決まらない日本の将来の雨量

大気汚染物質の排出シナリオが21世紀の降水量予測を左右する

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地球環境

気候変動適応

2024/07/256分で読めます

#研究紹介 #気候変動 #エアロゾル #IPCC #気候モデル #NIES2020

国立環境研究所が開発した「NIES2020」は、気候変動の影響評価のための日本全域1kmメッシュの将来気候データセットであり、現在研究者や自治体関係者などに幅広く利用されています。NIES2020は、温室効果ガスや大気汚染物質(エアロゾル)の排出量が異なる5種類のシナリオについて、気温や降水量などの将来予測を提供しています。しかし、日本の降水量の変化は不確実性が高く、シナリオ間の系統的な違いについては十分に理解されていませんでした。そこで、日本の降水量のシナリオ依存性を調べ、その要因を明らかにしました。その結果、特に21世紀半ばまでの日本の降水量の増加は、温暖化の進行度よりも、大気汚染物質の排出変化に敏感であることがわかりました。例えば、地球温暖化を2℃未満に抑えるシナリオでは、エアロゾル排出量の急減により日射量が増えて、地表からの蒸発が促進されるため、日本での降水量がより増加します。したがって、NIES2020の降水量を前提とする影響評価では、大気汚染物質の排出抑制策のシナリオ間の違いを考慮することが大切です。

研究の背景と目的

気候の将来予測は、気候変動の影響評価のために欠かせない情報です。世界各国の研究機関が開発する多数の気候モデルにより、温室効果ガスと大気汚染物質(エアロゾル)の複数の排出シナリオを想定した将来予測実験データが作成されています。ただし、気候モデルによる実験データの多くは空間解像度が粗く、系統誤差もあるため、そのまま影響評価に用いることはできません。そこで、5つの気候モデルの実験結果を統計的に処理することで、日本の陸域全体を1 km間隔でカバーする地域気候予測データ「NIES2020」が開発されました(石崎2021*1)。NIES2020が提供する気温や降水量、日射量、湿度、風速などの将来予測は幅広い影響評価研究に活用されています。

NIES2020においては、温室効果ガスの排出量が大きいシナリオほど、世界平均気温と同様、日本の気温も上昇する傾向にあります。また、温暖化に伴って日本の降水量は増加すると予測されています。しかし、日本の降水量の変化は不確実性が高く、シナリオ間の系統的な違いについては十分に理解されていませんでした(Ishizaki et al. 2022*2)。そこで本研究は、第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)に参加する最新の気候モデル群による実験データをもとに、日本の降水量変化のシナリオ依存性を明らかにし、その要因を理解することを目的とします。

研究手法

日本の気候の将来変化を、5種類の排出シナリオ(21世紀末に想定される温室効果ガス濃度が低い順に、SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP3-7.0、SSP5-8.5)*3の間で比較しました。まず、複数のCMIP6気候モデル(SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5では5つ、その他では3つ)による実験データをもとに作成されたNIES2020の気温と降水量の予測データを、日本全土で平均して、シナリオごとに平均しました。また、CMIP6の34個の気候モデル(SSP1-1.9では15個の気候モデル)による過去再現実験および、将来予測実験から得られた気温と降水量、日射量、蒸発量をシナリオごとに平均して解析しました。

研究結果と考察

NIES2020から得られた日本の気温と降水量の偏差の時系列を、シナリオごとに図1に示します。21世紀半ば(2040年ごろ)以降、気温の上昇はSSP5-8.5のような高排出シナリオにおいてはより大きく、SSP1-2.6のような低排出シナリオにおいてはより小さくなります。降水量の増加はいずれのシナリオでも予測されますが、21世紀半ばにおける降水量の増加は、SSP2-4.5やSSP5-8.5よりもSSP1-2.6で顕著となり、またSSP3-7.0 では抑制されています。これは、日本の降水量変化の要因が気温上昇だけではないことを示唆します。ただし、NIES2020は最大でも5つの気候モデルによる将来予測に限られるため、シナリオ間での違いのシグナルが、自然変動によるノイズから十分に区別できていない可能性が懸念されます。


図1 シナリオごとに平均したNIES2020の日本の(a)気温と(b)降水量の偏差。参照期間を1981-2010年とし、年平均値に21年移動平均を適用した。降水量の偏差は参照期間平均に対する割合(%)で定義される。5つの気候モデルの予測が利用可能なシナリオ(SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP5-8.5)を太い実線で示す。

そこで、より多くのCMIP6気候モデルの実験データをシナリオごとに平均して、日本の気温と降水量の変化を解析しました(図2上段と中段)。CMIP6気候モデル群では、日本の気温上昇は高排出シナリオほど大きいことや、降水量の増加は21世紀半ばにSSP1-2.6で顕著ですがSSP3-7.0で抑制されることなど、NIES2020と同様のシナリオ依存性が確認されました。日本の気温変化は全球平均気温変化(温暖化レベル)に比例しており、それらの関係はいずれのシナリオでも同等です。一方、日本の降水量変化と温暖化レベルの関係には、シナリオごとに系統的な違いがみられます。温暖化レベルの上昇に対する日本の降水量の増加傾向は、低排出シナリオ(SSP1-2.6とSSP1-1.9)では急激、高排出シナリオの一つであるSSP3-7.0では緩やか、SSP2-4.5とSSP5-8.5では中間的です。また、20世紀後半の温暖化レベルの上昇に対して日本の降水量が減少していることも特徴的です。

これらの日本の降水量変化の特徴は、日射量変化とよく似ています(図2下段)。日本の日射量は、20世紀の間に減少し、将来にかけて増加(回復)する傾向にあります。日射量の回復は、SSP1-2.6とSSP1-1.9では21世紀半ばにかけて急激に起こりますが、SSP2-4.5とSSP5-8.5では気温変化が大きく異なるにもかかわらず同程度に緩やかであり、またSSP3-7.0では最も抑えられます。これらのシナリオ依存性は、東アジア(主に中国東部)からの人為的なエアロゾル排出量の違いを反映していることがわかりました。エアロゾルの増加は日射を遮り、地表からの蒸発を抑制し、降水量を減らすように働きます。したがって、エアロゾル排出量の削減のシナリオごとの違いが、特に温暖化レベルの差が小さい21世紀半ばには、日本の降水量変化に強く反映されます。


図2 シナリオごとに平均したCMIP6気候モデルの日本の(a)気温、(b)降水量、(c)日射量の偏差と、(d-f)それらと全球平均気温偏差との関係。参照期間を1981-2010年とし、年平均値に21年移動平均を適用した。降水量の偏差は参照期間平均に対する割合(%)で定義される。34個の気候モデルが利用可能なシナリオ(SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP3-7.0、SSP5-8.5)を太い実線で示す。

影響評価研究への示唆

本研究により、地球温暖化を2℃未満に抑える低排出シナリオ(SSP1-2.6とSSP1-1.9)では、東アジアからのエアロゾル排出量が急減することから、21世紀半ばに日本の降水量が増加しやすいことがわかりました。一方、エアロゾル排出量削減に消極的な高排出シナリオ(SSP3-7.0)では降水量の増加は抑制されることがわかりました。21世紀後半になると、エアロゾル排出量変化だけでなく、高排出シナリオでは気温上昇による降水量増加も顕著となります。それにより、シナリオ間で温暖化レベルに顕著な差があるにもかかわらず、いずれのシナリオにおいても日本の降水量の増加傾向は同程度となります。したがって、影響評価のためにNIES2020の降水量を前提とする場合、温暖化レベルだけでなく、シナリオごとに異なる大気汚染物質の排出抑制策の影響を考慮した上で結果を解釈することが重要です。

引用文献
*1 石崎紀子(2021)「統計的ダウンスケーリングによる詳細な日本の気候予測情報を公開~日本で初めて第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)に準拠~」. 国立環境研究所報道発表
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210628/20210628.html 

*2 Ishizaki, N. N., H. Shiogama, N. Hanasaki & K. Takahashi (2022) Development of CMIP6-based climate scenarios for Japan using statistical method and their applicability to heat-related impact studies. Earth and Space Science, 9, e2022EA002451.
https://doi.org/10.1029/2022EA002451

*3 塩竈秀夫, 林未知也, 小倉知夫, 高橋潔(2024)「気候変動影響評価に際して注意が必要なSSP3-7.0シナリオの特殊性」. 国立環境研究所地球環境研究センターニュース, 34(11)
https://cger.nies.go.jp/cgernews/202402/399002.html

論文情報
Hayashi, M., H. Shiogama, N. N. Ishizaki & Y. Wakazuki (2024) Scenario dependence of future precipitation changes across Japan in CMIP6. SOLA, 20, 207-216.

https://doi.org/10.2151/sola.2024-028

   
地球システム領域 地球システムリスク解析研究室 / 主任研究員
※執筆当時
   
地球システム領域 地球システムリスク解析研究室 / 室長
※執筆当時
   
気候変動適応センター 気候変動影響評価研究室 / 主任研究員
※執筆当時

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