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民間航空機が今日も世界の空でCO2を測っています

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地球環境

2025/06/306分で読めます

#研究紹介 #温室効果ガス #大気観測 #航空機

日本航空(JAL)が運航する航空機を利用した、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの観測プロジェクト(CONTRAIL)が始まってから2025年で20年になります。ここではCONTRAILプロジェクトの歴史を振り返って紹介します。

CONTRAILの観測を担ったボーイング777-200ER型機の写真
写真1 CONTRAILの観測を担ったボーイング777-200ER型機。この機体にはCONTRAILのロゴがペイントされていました。

温室効果ガスの地球規模の循環を理解するために世界中で様々な大気中濃度の観測が行われていますが、観測地点のほとんどは地上にあり、上空のデータは著しく不足していました。空の上の観測を行うには航空機をチャーターする方法が一般的ですが、費用が高額なために頻度にも観測範囲にも限界がありました。

これらの限界に対して、民間航空機を科学的観測に活用できれば大きな改善となりますが、運航の安全性を確保しながら精度の高い観測を行うのは簡単ではありません。 そのような状況の中、南北両半球にわたる温室効果ガスの循環を把握するために、1993年に気象庁気象研究所はJAL、日航財団(現在の公益財団法人JAL財団)と協力して自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment、以下「ASE」という。)を用いて日本とオーストラリアの間における上空の12カ所で大気を採取し、CO2濃度やメタン(CH4)濃度などを定期的に観測する画期的なプロジェクトを開始しました(写真2)。

ボーイング747-200型機(通称クラシックジャンボ)に搭載された初期型ASEの写真
写真2 ボーイング747-200型機(通称クラシックジャンボ)に搭載された初期型ASE。
実物を東京モノレール新整備場駅近くにあるJAL SKY MUSEUM(予約制)にて見学することが可能です。

2000年頃になると、この観測で使用していたボーイング747-200型機の退役が近づき、別の機種に観測装置を安全に搭載するための新たな承認を取得する必要が生じたことから、「どのみち困難を伴う承認取得を行うならば、この機会に新しい観測装置を開発しよう」との機運が高まりました。そこで国環研と航空機部品メーカーである株式会社ジャムコがプロジェクトに加わって、機上でCO2濃度を測定できるCO2連続測定装置(Continuous CO2 Measuring Equipment、以下「CME」という。)の開発が2003年より始まりました(写真3)。


実験机の上でCMEの試作と性能評価を行なった時の写真
写真3 まずは実験机の上でCMEの試作と性能評価を行いました。
はんだ付けで作った自作の電子基板で各部品を動作させていました。

CME開発と同時に改良型ASEの開発も進めました。ASEは観測点数は少ないですが、サンプル空気を実験室に持ち帰って様々な分析を行うことができますので、CO2以外のCH4や亜酸化窒素(N2O)の濃度等を観測できることが利点です。
これらの装置を当時の主力機体であるボーイング747-400型機(ハイテクジャンボとも呼ばれました)に搭載するための承認を米国連邦航空局(FAA)から取得しました。2005年10月に747-400型機の機体改修が始まり(写真4)、2005年11月にCMEを搭載したCONTRAILの初飛行が行われました。CMEは2025年時点においても後継の777型機によって日本とヨーロッパ、北米、オーストラリア、そしてアジアの諸国を結ぶ航路上でCO2濃度の観測を続けています(図1)。

機体改修中の747-400型機(左)と、同機の貨物室に搭載されたCME(中央)と改良型ASE(右)の写真。
写真4 機体改修中の747-400型機(左)と、同機の貨物室に搭載されたCME(中央)と改良型ASE(右)。
CMEでCO2濃度観測を行った飛行ルートと各空港(略称(3レターコード)で表しています)上空で観測を行った回数の図
図1 CMEでCO2濃度観測を行った飛行ルートと各空港(略称(3レターコード)で表しています)上空で観測を行った回数。

CMEの初飛行が行われた翌月の2005年12月にはASEの初飛行がシドニーから成田に向かう航路上で実施されました。このフライトにはCMEも搭載されていましたので、CMEによって機上で直接測定したCO2濃度と、ASEによって実験室に持ち帰った空気を測ったCO2濃度とを比較することができました。図2は両装置で得られたCO2濃度の緯度分布を表した図ですが、両者がよく一致していることがわかります。小型の簡易的な装置で構成されているCMEが、温度も気圧も安定していない航空機の貨物室においてでも、期待された精度で観測できていることを確認できたことは大きな前進でした。

シドニーから成田に飛行する航路上においてCMEとASEで観測されたCO<sub>2</sub>濃度の緯度分布図
図2 シドニーから成田に飛行する航路上においてCMEとASEで観測されたCO2濃度の緯度分布

747-400型機は当時の主力機でしたが、長期的にプロジェクトを実施するためには新鋭機であるボーイング777型機にも装置を搭載すべき、との意見がJALから持ち上がり、2006年に777-200ER型機にCMEを搭載するための承認取得ならびに機体改修を行いました(写真5)。2006年の時点でCONTRAILは2機の747-400型機と3機の777-200ER型機の5機体制となり、本格的な運用をスタートさせました。

777-200ER型機にCMEを搭載するための機体改修の写真
写真5 777-200ER型機にCMEを搭載するための機体改修

かつて長距離フライトの象徴であった新旧ジャンボジェット機(747型機)は燃費効率の関係で次第に活躍の場が減り、2010年にはCONTRAILで使用していた2機の747-400型機が退役を迎えました。CONTRAILではASEを搭載できる航空機がなくなってしまったために、2011年に777-200ER型機にASEを搭載するための承認を取得して機体改修を実施し(写真6)、ASEによる観測を再開することができました。

777-200ER型機にASEを追加で搭載するための機体改修の写真
写真6 777-200ER型機にASEを追加で搭載するための機体改修

CONTRAILは、航空機という一般の方に馴染みのある観測プラットフォームを活用していることから、地球環境問題の教育や社会への啓発に利用しやすい取り組みです。プロジェクトでは、一般への普及をさらに進めるためにCONTRAILのロゴをデザインし、JALによってロゴを機体に塗装することになりました(写真7)。CONTRAILのロゴ機は世界各地の空港を離着陸する際に、我が国が地球環境研究に取り組んでいることのアピールを続けました。

777-200ER型機に塗装されたCONTRAILロゴの写真
写真7 777-200ER型機に塗装されたCONTRAILロゴ

777-200ER型機は世界の多くの地域に就航していましたが、主要な大都市への飛行はより大型の機体である777-300ER型機が担っていました。CONTRAILでは747-400型機が退役して以来途絶えていた主要大都市への路線上での観測を再開するために777-300ER型機にCMEを搭載するための承認取得を進め、2015年に機体改修に成功しました(写真8)。これによりニューヨークなど米国東海岸まで観測域を広げることが可能になりました。

777-300ER型機の貨物室に搭載されたCMEの写真
写真8 777-300ER型機の貨物室に搭載されたCME

本プロジェクトは長らく2機種の777型機で安定的な運用を続けてきましたが、2020年以降のコロナ禍に伴う航空需要の急激な低下により、777型機の退役が早まることになってしまいました。そこで、新たに次世代航空機であるボーイング787型機の改修計画が始まりました。787型機は機体システムの設計がこれまでの機体とは異なり、また安全基準も厳しいことから、CMEとASEを搭載するための承認取得には777型機とは比較にならない困難がありましたが、JAL、ジャムコ、そして米国ボーイング社の協力のもとで改修設計を少しずつ進めました(写真9)。2025年度にはいよいよ787-9型機の初号機による観測飛行が始まる予定です。787-9型機はインドや赤道域での観測再開や中東での初めての観測などが期待されています。次世代航空機の観測投入により、今後10年を目標に貴重なデータを取得し続けたいと思っています。

787-9型機の貨物室に設置中のASE搭載用ラックの写真
写真9 787-9型機の貨物室に設置中のASE搭載用ラック

   
国立環境研究所 地球システム領域 地球環境研究センター / 特命研究員
※執筆当時

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