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レーザー分光計で見えてきた温室効果ガスの実態

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地球環境

2024/04/2510分で読めます

#インタビュー #温室効果ガス #赤外線 #IRLAS
レーザー分光計で見えてきた温室効果ガスの実態のサムネイル画像

大気中の二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの増加が、地球温暖化に及ぼす影響が懸念されています。その影響を把握するには、温室効果ガスの地球規模での分布や年間の変化量を観測することが重要です。国立環境研究所では、さまざまな方法で観測を続けていますが、近年は、「赤外レーザー吸収分光法(以下、レーザー分光法)」による高精度な観測が普及し、主流になりつつあります。地球システム領域・主任研究員の奈良英樹さんに、レーザー分光法による観測やその技術の進歩についてうかがいました。

奈良 英樹の写真

国立研究開発法人国立環境研究所

地球システム領域(地球大気化学研究室)

主任研究員

奈良 英樹 (なら ひでき)

※執筆当時

目次

温室効果ガスの観測

これまで大気中の温室効果ガスはどのような方法で観測してきたのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

 国立環境研究所では、私が研究員になる以前から、沖縄県の波照間島や北海道根室市の落石岬にある「観測ステーション」という大規模な大気観測用の施設で観測をしてきました。これらの観測ステーションでは、大気観測用のタワーの上方から長い管を通して大気を集め、二酸化炭素はNDIR(非分散型赤外分光計)、メタンはGC-FID(水素炎イオン化検出器つきガスクロマトグラフ)という屋内に設定した装置で分析していました。今日では、世界の研究機関が各地に設置しているこのような観測ステーションにおける現場観測をもとに、人工衛星の観測結果や数値モデルなどを組み合わせた解析を行うことで、地球規模での二酸化炭素やメタンの3次元的な分布がわかるようになってきました。
NDIRは比較的小型ですが、装置本体以外にも装置感度を校正するためのシステムなどが必要です。一方、GC-FIDは重くてかさばるので、現場で観測できる場所はそう多くはありません。とくにGC-FIDは、危険なガスを使うため、安全面から無人の状態で装置を起動してメタンの自動測定をすることが困難なケースもありました。そのため、観測施設以外では、現場の大気を容器に採取し、実験室に持ち帰って分析するのが一般的でした。ただ、現場に持っていける容器の数は限られているので、容器に大気を採取できた瞬間の温室効果ガスの分析結果に基づく挙動しかつかめませんでした。このような背景から、レーザー分光計が使えるようになってたいへんよかったという実感があります。

どんな点がよかったのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

比較的小型かつ軽量で、危険なガスなどを使わないので、極端なことを言えば、電源さえあれば屋外の現場でも大気観測ができるのです。また、数秒間隔で一度に複数の気体成分、例えば二酸化炭素とメタンを同時に観測できます。これまでと比べて時間的により細かく、また、飛行機や船などの移動体に装置を搭載したときには空間的にもより細かく観測できるようになり、今まで捉えられなかった温室効果ガスの変動がわかるようになりました。

レーザー分光法は温室効果ガスの測定にいつごろから使われるようになったのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

この技術はだいぶ前からありましたが、私たちが求める仕様の装置が手に入るようになったのが2000年代の後半です。レーザー分光法では、大気中の二酸化炭素などの気体が特定の波長の光を吸収する性質を利用しています。観測したい気体が吸収する波長を持つレーザー光を照射して光の強度の変化を測定し、強度が減った分は吸収されたことになるので、それを濃度に換算します。

自動車運搬船での観測

レーザー分光法でどんな観測をしたのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

初めて現場観測で用いたのは船での観測です。それまでは固定点での観測が一般的でしたが、船に装置を搭載すれば航路に沿って広範囲の大気を観測できます。私たちの場合は、企業の自動車運搬船に装置を置かせてもらい、日本からアメリカや、カナダに向かう北米航路、日本からオーストラリアやニュージーランドに向かうオセアニア航路、日本から中国、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンに寄港する東南アジア航路で観測しています。一般に、自動車運搬船は決まったスケジュールで動くので、定期的な間隔でデータを得ることができます。国立環境研究所では1993年からすでに船による観測を始めていましたが、当時、例えばメタンについては船上で大気を連続的に測定することができなかったため、現場の大気を容器に採集して持ち帰るものでした。私は2007年から貨物船を用いた大気観測に取り組み始め、その後レーザー分光法を観測に取り入れました。従来の観測方法による限界を認識しながら、レーザー分光法による新しい方法へ発展させてきたという自負はありますね。

レーザー分光法による観測はうまくいきましたか。

奈良 英樹の写真 奈良

優秀な装置なので、測定すればそれなりの値が出てうまくいくように見えました。しかし、測定はさまざまな妨害成分の影響を受けるので、その影響を評価して補正しなければなりません。世界気象機関(WMO)という国際組織の定めた測定の確からしさに関する基準を満たすためにも、測定原理を理解しないと対応できないので最初は大変でした。また、船では振動が発生するうえ、温度と湿度が大きく変化するので、装置は過酷な環境にさらされます。このような環境の変化が測定に影響しないか慎重に評価して、長期の運用に耐えられるように装置を改修しました。船舶で十分に高水準な観測を始めるまでに、準備に1年ぐらいかかりました。
写真1-A 赤外レーザー吸収分光計の内部の様子
写真1-A 赤外レーザー吸収分光計の内部の様子

写真1-B 実際の船舶観測で用いられている赤外レーザー吸収分光計を用いた観測システム
写真1-B 実際の船舶観測で用いられている赤外レーザー吸収分光計を用いた観測システム

泥炭火災の影響を捉えることができた

初めての現場観測はどの航路で行ったのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

東南アジア航路です。装置の状態を見ながら1か月間船に乗り、中国やフィリピンなどを回りました。船が陸域の風下を航行する時、レーザー分光法で数秒程度の高い時間分解能で観測することによって、温室効果ガスの大きな変動を捉えることができました。それまで二酸化炭素はNDIRで観測をしていましたが、メタンが想像よりも大きく変動していたのにはびっくりしました。これは感慨深かったですね。

なぜ最初に東南アジア航路を選んだのですか。

奈良 英樹の写真 奈良

それまでの観測で、オセアニア航路や北米航路に比べて温室効果ガスの変動が、人間活動の影響を受けて大きく変動することが予想されていたからです。ただし、実際に観測できた変動が、観測を実施したその時だけの短期的なものなのか、あるいは通年的なものなのかを調べる必要がありました。この点については、レーザー分光計を船に搭載して観測を始めた2009年から現在も観測を続けているので、その様子が見えてきました。例えば、私が乗船観測したのがたまたま9月だったのですが、毎年この時期の東南アジア域は「ヘイズ」と呼ばれる大規模な大気汚染が、インドネシアにおける泥炭火災によって発生することが知られています。実際に船から見る景色が真っ白にかすんでいたのを今でも覚えています。船がこのかすんだ状態の大気の中を航行しているときには、二酸化炭素やメタンがやはり高濃度になっているのを船による観測で捉えることができました。インドネシアで泥炭火災が起きても、その火災による二酸化炭素やメタンへの影響は、発生源から離れた遠方まで均一に広がるわけではないので、船がタイミングよく火災現場から流れてくる煙を横切らないとはっきりとは観測できないのです。また、船が煙の中を通過したとしても、1時間に1回や、2時間に1回しか測定できないと、煙を逃すこともあり、部分的にしか捉えることができません。レーザー分光法なら短い間隔で観測できるので、船が煙に入ったとか、出たとかいうことがわかります。このようなインドネシアの泥炭火災を代表例として、昨今のオーストラリアの森林火災などは短期間で大量の温室効果ガスを放出するため、地域規模だけではなく、領域規模での大気中の濃度分布に影響があるといわれています。しかし、現場観測でその現象をとらえられなかったら、火災の影響を正確に説明できないので、観測の意義は大きいのです。火災以外にも、海上にある石油や天然ガスを採掘する油井・ガス井からメタンが排出されている事実も観測できました。これまでは海上の油井やガス井から排出されたメタンの煙流を捉えることができていませんでしたが、レーザー分光法で観測することで、それも見えてきました(これについてはコラムで詳しく説明します)。

小型化するレーザー分光計

はじめて観測に使った時に比べてレーザー分光計も進歩しているのでしょうか。

奈良 英樹の写真 奈良

小型軽量化が進み、今では手で持ち運べる装置やドローンに搭載できる装置もあります。これらはベンチトップ型(デスクトップ型と同じ意味)の装置と比較して精度や装置の安定性は劣りますが、装置をいろいろな所へ携行できるメリットがあります。研究所では、これら特徴の異なるレーザー分光計を用いて東京スカイツリーで観測したり、自動車にのせて移動したりしながら温室効果ガスの都市圏での観測もしています。

温室効果ガスの変動がより詳細に分かるようになりますね。

奈良 英樹の写真 奈良

そうですね。計算機の能力が向上して、数値モデルシミュレーションも細かくできるようになっているので、観測データもより精度の高いものが求められています。また、研究所では、人工衛星や飛行機、船、観測ステーションなどで数多くの観測をしていますから、それらの結果をまとめて、世界中の研究者とともに温室効果ガスの分布や放出量を解析していくことも重要です。また、技術の進歩で、今までできなかった温室効果ガスの変動を詳細に観測できるようになったのは大きなメリットです。その反面、装置が高性能になると当然値段が高くなります。それだけでなく、一般に入手できるレーザー分光計は海外製で修理に時間がかかります。便利に測定できるようになったものの、今度はこの装置が壊れたらどうしようと心配しながら仕事をしています(笑)。

今まで、実際に装置が壊れて大変だったことはありますか。

奈良 英樹の写真 奈良

完全に壊れたことはありませんが、装置トラブルで急遽観測が中止になったことはあります。例えば、船の大気観測室で、室内に設置されている各種観測装置からの排熱で室温が高くなりすぎて、レーザー分光計が耐えきれずに機能を停止してしまったのです。今では観測室の室温を適温に保つために、家庭用のクーラーを増設して対応しています。温室効果ガスの観測は継続していくことが大事なのですが、装置の故障によって観測が途切れると、泥炭火災のようなイベント的な温室効果ガスの排出を見逃してしまうこともあります。そこで装置が壊れた時には、あの手この手で代わりの装置をすぐに使える体制をとっています。また、船員さんにお願いして、観測装置が問題なく動いているかどうかをチェックした結果を、毎日メールで送ってもらっています。このような体制で研究所にいながら観測装置の異常動作や故障を把握できますが、一度日本を出港すれば再び日本に帰港するときまで装置をメンテナンスできません。ですから、できるだけ早く装置の故障を察知し、帰港時に確実に故障に対応できるようにいろいろな場合を想定して万全の準備をします。

より詳細に、正確に

装置はどんどん進歩しているのですね。

奈良 英樹の写真 奈良

二酸化炭素を例に挙げると、最近ではレーザーではなく、赤外光を使った小型の安価なNDIR方式のセンサー、いわゆるローコストセンサーが登場しています。安価なセンサーなので精度はよくないのですが、そのかわりたくさんの装置を配置して大まかな変動を観測しようという動きが出ています。レーザーに限らず、「一家に1台」のセンサーが設置され、観測できるようになるといいですね。

これからどのように研究を進めていきたいですか。

奈良 英樹の写真 奈良

レーザー分光計によって泥炭火災の温室効果ガスの領域的な分布への影響を検出したように、現場観測のデータに基づいて数か月に及ぶイベント的な温室効果ガスの排出量の変化を科学的に解釈できた意義は大きいです。いくら計算機の能力が上がっても、実際の観測データがないと、計算された温室効果ガスの分布の検証をすることはできません。そのため、計算機の能力が上がれば上がるほど、その結果の検証に見合う詳細な現場観測のデータが必要になるのです。現場での観測と数値モデル計算に基づいて、人工衛星による観測結果の精緻化を進めることで、地球規模での3次元の温室効果ガスの分布がより正確に観測できるようになるのが望ましいですね。現場での観測を続けてできる限り正確な方法で記録を残すことも重要ですが、新しいものを取り入れた新しい視点からの研究も必要になってくるでしょう。私たちには、いろいろな方法を取り入れて、より詳細に温室効果ガスの変動を観測することが求められています。実態を正確に把握することが、地球温暖化の対策につながると考えています。

参照元: 環境儀87号(バックナンバー)
2023/03/28
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