PM2.5とは、大気中に浮かぶ直径が2.5マイクロメートル以下のとても小さな粒のことで「微小粒子状物質」とも呼ばれています。髪の毛の太さの30分の1以下なので目に見えません。この粒は肺の奥まで入り込み、心臓や血管・呼吸器の病気を起こす可能性があるため、世界中で健康への悪影響が問題になっています。日本でも2009年にPM2.5の環境基準が定められ、全国で監視が行われています。
参考:環境省のPM2.5の解説
https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info.html#ABOUT
今回の研究では、PM2.5の濃度が高くなったとき、急性心筋梗塞による入院が増えるかどうかを桜十字グループ・熊本大学の小島淳先生、東邦大学の道川武紘先生と一緒に調べました。特に、PM2.5を「中身(成分)」ごとに分けて、その中でもどの成分が心筋梗塞と関係しているのかを詳しく分析したところが特徴です。
研究の中で特に注目されたのが、ブラックカーボンという成分です。ブラックカーボンは、ものが燃えるときにできる黒い粉(すす)の一種です。
・ディーゼル車の黒い排気ガス
・家庭の薪ストーブの煙
・工場や火力発電所の煙
・山火事の煙
こうした発生源から排出される「完全に燃え切らなかったときに出る黒い粒」がブラックカーボンです。非常に小さくて軽いため、空気中を長く漂い、体に入ると肺の奥まで届き、炎症を起こしたり血管にストレスを与えたりすると考えられています。そのため、PM2.5の中でも特に健康への影響が大きい成分として世界的に注目されています。
この研究では、日本循環器学会のJROAD(循環器疾患診療実態調査)という大規模データベースから、2017年〜2019年に急性心筋梗塞で緊急入院した4万4千人以上のデータを集めました。対象は40歳以上の患者で、年齢、性別、治療中の病気、入院日(から入院した季節がわかる)などの情報も含まれています。
PM2.5の濃度データは、環境省が10地点の都道府県に設置した専用の測定装置により測定されたものから、人口の多い7つの地点(北海道、新潟、東京、愛知、大阪、兵庫、福岡)のデータを選択し、使用しました。この測定装置は、PM2.5だけでなく、ブラックカーボン、硫酸イオン、硝酸イオンなどPM2.5に含まれる成分の濃度を毎時間自動で測ることができます。
これらのデータを用い、患者が住んでいた都道府県の測定値をその人に割り当て、まずPM2.5濃度と急性心筋梗塞との関連を統計的に解析し、続いてPM2.5を構成する各成分が心筋梗塞発症に与える影響を推定しました。気温や湿度、PM2.5以外の大気汚染物質の濃度なども併せて分析に用いました。
まず、PM2.5の濃度が高くなると、心筋梗塞で入院する人が増えることが確認されました。特に、入院当日やその前日にPM2.5の濃度が上がっていた場合にリスクが高くなりました。
次に、成分ごとの影響を調べたところ、いくつかの他の成分よりも、ブラックカーボンだけが特にはっきりと心筋梗塞のリスク上昇と関係していることがわかりました(図1)。
ブラックカーボンが少し増えただけで、心筋梗塞のリスクが2〜3%上がっていたのです。他の成分(水溶性有機化合物、硫酸イオン、硝酸イオン)では、このような関連は観察されませんでした。
さらに、以下のグループでブラックカーボンの比較的強い影響が見られました(図2)。
・男性
・糖尿病のある人
・喫煙者
・温かい季節に入院した人
ただし、これらが「特別に弱いグループ」と断定できるほどの強い証拠ではありません。 興味深いことに、PM2.5の中に占めるブラックカーボンの割合はわずか3%ほどと小さいにもかかわらず、健康への影響が大きいことが示されました。これは、ブラックカーボンが他の成分とは違う発生源を持ち、独自の影響を与えていることを示唆しています。
今回の研究は、日本全国のデータを使い、PM2.5の成分ごとに心筋梗塞との関連を詳しく調べた、国内初の大規模研究です。国際的にもPM2.5の成分と心筋梗塞との関連性を調べた疫学知見は少なく、大きな意義があります。
特に、ブラックカーボンが心臓へのリスクと強く関連することを示したことは、公衆衛生や環境政策にとって、とても重要な知見です。ブラックカーボンの発生源はディーゼル車など身近なものも多いため、対策が進めば健康被害の減少に直接結びつく可能性があります。
今後は、ブラックカーボンの発生源をもっと詳しく調べ、減らすための具体的な対策を検討することが重要です。また、PM2.5の他の成分についても健康への影響を調べ続ける必要があります。