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窒素問題とは何か?

廃棄窒素削減に向けた統合管理視点の重要性

大気・水・土壌

2026/06/157分で読めます

#研究紹介 #窒素

窒素問題は、17のSDGs目標すべてに関わる課題と認識されています。国際的にも関心が高まっており、約180カ国から参加した国連環境総会の第4回大会において「持続可能な窒素管理に関する決議」が採択されました(図1)。これを契機に、国連環境計画では窒素作業部会が設置されるなど、持続可能な窒素管理に向けた国際的な取り組みが進められています。日本でも、この決議を受け、環境省が世界に先駆けて「持続可能な窒素管理に関する行動計画」を策定し、2024年に公表しており、国外からも高く注目されています。ここでは、環境中に過剰に存在するとさまざまな環境問題を引き起こす「反応性窒素」に注目し、その問題の背景について分かりやすく解説します。

筆者が参加してきた2025年(第7回目)の国連環境総会の会場
図1 筆者が参加してきた2025年(第7回目)の国連環境総会の会場(ナイロビの国連のヘッドクォーター). 直前まで三回目の持続可能な窒素に関する決議の提出が検討されていたが頓挫した.

過剰な窒素が引き起こす環境問題

窒素は、すべての生物にとって欠かせない主要栄養素ですが、環境中に過剰に存在するとさまざまな問題を引き起こします。例えば、河川や湖、沿岸海域に流れ込んだ窒素(主に硝酸イオンや有機態の窒素)は富栄養化を引き起こし、水質の悪化や生態系の変化につながります。また、大気中に放出された窒素酸化物(NOx)やアンモニア(NH3)は、大気汚染や微小粒子状物質(PM2.5)の形成に関わり、悪臭の問題を引き起こしたり、人の健康にも影響を与えます(図2)。さらに、温室効果ガスの一種である一酸化二窒素(N2O)は、地球温暖化を促進するほか、成層圏オゾン層の破壊にも寄与します。これらの問題を引き起こす窒素は、反応性が高いものに限定されるので、“反応性窒素”と総称されます。このように窒素は、水・大気・生態系・気候など複数の環境問題を同時に引き起こす特徴を持っています。さらに、環境中に放出された反応性窒素は、大気・水・土壌などを移動しながら形を変え、媒体を超えて複数の環境問題を次々と引き起こすことになります(図2の右側を参照)。例えば、いったん大気にでて大気汚染物質として悪さをしたNH3が、その後に周辺の生態系に沈着して、生態系そのものを富栄養化し、河川に流れ出て下流域まで影響を及ぼします。環境中に放出された後の窒素の挙動を「窒素カスケード」と呼んだりします。この特性は、多様な形態をとることが可能な窒素化合物の特性が生むものであり、いったん環境中にでると大気、水、土壌といった多媒体に影響が及んでしまうことが窒素問題解決や管理の困難さをもたらしています。全陸域への人為的な窒素排出による負荷は、すでに年間250 Tg-Nを超えていると推計されています。環境中の反応性窒素の過剰によってもたらされる負の影響は、全世界で年間150兆円(1米ドルを150円として換算)を超えるとの試算もあります(van Grinsven et al., 2025)。その中でも、PM2.5による早期死亡、窒素沈着による生物多様性の損失、次いで海洋の富栄養化によるコストが大きく、これらで経済コストの7割近い部分が占められていると考えられています。

窒素問題を引き起こす社会的背景と廃棄窒素

反応性窒素の主要な排出源は、農業における化学肥料の利用と畜産の生産活動、それに化石燃料等の燃焼に伴って排出されるNOxです(図2の左側)。また、人に消費された食料は、排泄物としてほぼ全量が排出されます。このように私たちの食料を支える農業や畜産を含む食料システムは、現状では反応性窒素の最大の排出源です。現在、人間活動によって新たに生み出される反応性窒素の多くは、食料生産のための化学肥料の製造や農地への投入によって生じています。しかし、投入された窒素のすべてが食料として利用されるわけではありません。作物に取り込まれる窒素は一部にとどまり、残りの多くはNH3として大気に放出されたり、硝酸として地下水や河川へ流出したりします。さらに、土壌からは温室効果ガスであるN2Oも発生します。世界全体で見ると、食料生産のために投入された窒素のうち、人が食べ物として利用できるのはおよそ2割程度にすぎず、残りの多くは環境中に放出されています。
このように、窒素は人為的な活動の結果として環境中へ流出しているわけですが、元を辿れば、窒素はコストを掛けて、エネルギーを利用して化学的に合成されたものです。ハーバー・ボッシュ法と呼ばれる化学合成プロセスによって、大気中のN2と水素(H2)を高温高圧で反応させることによってNH3を生成し、肥料や工業製品として利用されます。しかし、合成された窒素の多くは、上述したように製品や実際の消費に到達する前に環境中に流出します。実は、この使われること無く環境中へ流出した窒素の量は、合成した時のアンモニアのコストを1 kg-Nあたり1米ドルとして経済換算すると、30兆円近くに相当します。また、実際に多くの国で肥料購入の補助金が導入されていますが、この補助金額が流出した窒素と同程度であるという試算もあります。つまり、現在の食料システムは、大量のエネルギーと経済的なコストを掛けながらNH3を合成して窒素利用している一方で、その多くを環境へと“無駄”に流出してしまう構造になっているのです。廃棄窒素(Nitrogen waste)という言葉は、イギリスの生態系水文研究所のMark Sutton教授によって提唱された新造の用語ですが、wasteには無駄という意味を含めているのです。また、他の廃棄物と同様、リユースやリサイクルをすべきという理念も持っています。

廃棄窒素の主要排出源と窒素による環境影響図
図2 廃棄窒素の主要排出源(左)と窒素による環境影響(右)

今後の展望

窒素の対策において、統合的な窒素管理の重要性はすでに述べたとおりです。今後の社会実装に向けては、導入で述べた持続可能な窒素行動計画でも触れられているように、脱炭素対策との相乗効果や、循環型社会に向けた窒素の有効利用、ならびに自然資本を利用した影響の最小化を目指すなど、窒素以外の環境対策・取り組みとの連携の強化が課題となっています。実際に国内では、これまでの大気汚染対策によって大きく廃棄窒素排出が減少し、また、結果として大気窒素沈着が大きく減少していることが、最近の研究結果(環境総合推進費5-2301の研究の取り組み)からも明らかになっており、対策のコベネフィットが見られています(Chatani et al., 2025)。また、国内の農業政策として打ち出されている「緑の食料システム戦略」において、化学肥料使用量の削減目標が設定されており、適切な窒素管理は大気、水圏への窒素負荷の削減に資することも明らかになっています(Nishina et al., 2025)。他方、ここ日本においても2010年代になって、肉消費が増加傾向にあることが判明しています。食料システム全体において、畜産消費にともなう窒素フットプリントは高く、今後の食生活を低環境型に変えていくことも重要な課題です。また、脱炭素対策の一貫として、カーボンフリーの燃料としてNH3の燃焼利用が検討されており、これまでにない窒素利用方法が増えることも窒素問題の観点から大きく注目を集めています(Nishina et al., 2022)。

論文情報
S. Chatani, H. Shimadera, K. Kitayama, K. Nishina: Asian Journal of Atmospheric Environment, 19(1) (2025) Numerical analysis of factors causing long-term trends and annual variations of sulfur and nitrogen deposition amount in Japan from 2000 to 2020.
K. Nishina, K. Hayashi, A. Oita, K. Asada, A. Hayakawa, T. Okadera, T. Onodera, T. Hanaoka, K. Tsuchiya & N. Koga: Journal of Environmental Management, 373, 123362 (2025) Feasibility assessment of Japan’s fertilizer reduction target: A meta-analysis and its implications for nitrogen waste.
K. Nishina: Environmental Research Letters 17 (2), 021003 (2022) New ammonia demand: ammonia fuel as a decarbonization tool and a new source of reactive nitrogen

   
国立環境研究所 地球システム領域 エミッション統合解析推進室 / 主任研究員
※執筆当時

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