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大気汚染と気候の複合問題への挑戦~数値シミュレーションを用いた高解像度予測の最前線~

大気・水・土壌

地球環境

2024/05/2410分で読めます

#インタビュー #気候変動 #大気汚染 #エアロゾル #シミュレーション
大気汚染と気候の複合問題への挑戦のサムネイル画像

エアロゾルは大気中に浮遊する粒子状の物質のことをいい、大気汚染物質として健康に影響を与えることが懸念されています。一方、気候に重大な影響を及ぼすこともわかっています。大気汚染と気候の関わりを理解することは、地域の環境問題や地球の気候問題を解決するためのカギとなります。地域環境保全領域主任研究員の五藤大輔さんと地球システム領域主任研究員の八代尚さんは、全球雲解像モデルNICAMを使った高解像度シミュレーションにより、大気中のエアロゾルの濃度や分布をより正確に再現するための研究をしています。

五藤 大輔の写真

国立研究開発法人国立環境研究所

地域環境保全領域 大気モデリング研究室

主任研究員

五藤 大輔 (ごとう だいすけ)

※執筆当時

八代 尚の写真

国立研究開発法人国立環境研究所

地球システム領域 衛星観測研究室

主任研究員

八代 尚 (やしろ ひさし)

※執筆当時

目次

世界の大気汚染の状況

大気汚染の現状について教えてください。

五藤 五藤

日本では1970 年代に都市部を中心に大気汚染が大きな問題になりました。その後、排ガス規制などが進み、大気汚染物質の量は減少しています。日本を含め欧米などの先進国では大気汚染は改善していますが、アジア諸国では大気汚染物質の排出量が依然として高い状況にあります。

新型コロナウイルス感染症の流行で社会活動が制限された影響はでていますか。

五藤 五藤

2020年の世界的なロックダウンの際には、地球全体で二酸化炭素の排出量が7%(遠嶋,2022)、窒素酸化物の排出量が少なくとも15%減少した(宮崎, 2022)と報告されています。ですが、その減少は一時的なもので、社会活動が再開されるとまた元の水準に戻ったようです。

経済発展しているアジアの国々はどこも大気汚染がひどいのでしょうか。

五藤 五藤

中国は深刻な大気汚染が問題になっていましたが、2008 年北京オリンピックの開催決定を機に規制が進み、現在ではかなり改善しています。近年、深刻なのはインドを中心とした東南アジアから南アジアの地域です。人工衛星で観測したデータを見ても、ヒンドスタン平原あたりの大気汚染が相当深刻なのがわかります。

地球を冷やしたり、温めたりするエアロゾル

大気汚染は気候にどのように関わっていますか。

五藤 五藤

2021 年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第一作業部会(WG1)の第6次報告書(IPCC-AR6-WG1, 2021)でも、地球全体の平均気温の変化に大気汚染物質(エアロゾルや微量気体)が影響すると書かれています(コラム2を参照)。エアロゾルは、大気中を浮遊する小さな粒子で、よく聞くPM2.5は直径が2.5μm(1 μ m は1000分の1mm)以下のエアロゾルのことをいいます。人間活動によって出てくるエアロゾルは、硫酸塩や硝酸塩、有機炭素、黒色炭素(ブラックカーボン)などがあり、大部分が直径1μm以下です。これらのエアロゾルは、太陽光を吸収したり、散乱したりします。

エアロゾルには地球を冷やす効果があるのですか。

五藤 五藤

はい。エアロゾルには、種類によって温暖化を抑制するものもあれば、促進するものもあります。硫酸塩エアロゾルなどは、光を吸収せず、全て散乱させます。すると、地球に届く光が減り、地球が冷えます。さらに、水に溶けやすい成分をもつエアロゾルは、雲の性質を変えることによって、結果的には地球を冷やす効果も持っています。つまり、エアロゾルが多いと、太陽光を散乱させやすい雲ができます。一方で、ブラックカーボンは光を吸収し、熱として放出し、地球を温めます。なお、エアロゾル自体に関する説明や研究は、過去の『環境儀』64 号68 号77 号も参考になります。

最近(2021年12月)トンガで火山が噴火しましたが、火山噴火とエアロゾルにはどういう関係があるのでしょう。

五藤 五藤

火山の噴火で発生する大量の灰や硫酸ガスはエアロゾルとなります。エアロゾルの多くは大気中に存在する時間がせいぜい1週間くらいですが、噴火の勢いで一気に上昇して高度10km以上にある成層圏まで到達したエアロゾルは大気中に数年間も滞留します。硫酸塩エアロゾルが多く含まれていると、長い間地球を冷やし続けることになります。ただ、火山噴火で発生する物質にはいろいろなものがあり、その割合や量で地球を冷やす効果は異なります。

八代 八代

1991年6月にフィリピンのピナツボ火山が噴火したときは、成層圏に到達した硫酸塩エアロゾルの影響で地球が冷えました。日本は記録的な冷夏となり、平成の米騒動といわれるほどの米不足になりました。

大気汚染のシミュレーション

どのように研究を進めているのですか。

五藤 五藤

気候変動の影響や将来を予測するためには、まず現状を再現しなくてはなりません。そのためには関連する自然現象を科学的に理解する必要があり、その手段としてシミュレーションができる数値モデルを使います。大気の状態は気温や気圧などの数値で示すことができ、これらは物理法則に基づいて変化します。この物理法則を表す方程式をコンピュータで計算できる形にして、たくさん組み合わせたのが数値モデルです。このモデルに必要な値を入力してコンピュータで計算し、地球全体を対象にして、エアロゾルなど大気汚染物質濃度の変動を再現しています。下の図は数値モデルで計算された地球上の様々なエアロゾル分布です。シミュレーションの結果が現実を再現しているかどうかは観測の結果と比べて確認します。大気汚染物質は濃度変動が激しく、一地点の観測データでは確認が十分できないので、人工衛星による広範囲な観測データも使っています。シミュレーションで使われている一部の経験的な変数には取り得る値に不確実性の幅があるので、観測結果とより一致するような値を調べます。