ドイツの気候保護法についての憲法裁判所の判断から2年

執筆:HARTWIG Manuela Gertrud(地球システム領域 特別研究員)
2023.8.10

 気候変動の影響は、将来世代の自由と権利を脅かしています。2021年3月24日に出されたドイツ連邦憲法裁判所(解説1)の判決は、気候変動対策において、政府には現世代だけではなく、将来世代の自由と権利についても責任があるとしました。2年前に出されたこの判決は、気候変動政策に大きな影響を与えると期待されました。歴史的にも斬新であり、憲法裁判所の最も重要で画期的な判決とされました1)2)3)

 2年間を振り返って、この判決がドイツの気候変動対策に対して、どのような影響を及ぼし、議論を巻き起こしてきたのか、次世代の利益を守るため憲法裁判所はどのような役割を担う可能性があるのかを解説します。

Michael Holtschulte氏が描いた「未来のためのカールスルーエ」のイラスト。カールスルーエはドイツ連邦憲法裁判所がある都市名で、同時に「憲法裁判所」も意味する

この記事のポイント

  • 気候変動によって脅かされる将来世代の権利と自由を守るために、ドイツ憲法裁判所は重要な役割を果たし得る
  • ドイツ憲法裁判所の判決は、気候変動対策において、政府には将来世代の自由についても責任があるとした
  • ドイツ憲法裁判所は規範的な枠組みを示すことができるが、具体的な行動指針を与えることまではできない

1. 2021年3月の判決の背景と内容

2019年気候保護法と原告の訴え

 最初に、ドイツにおける気候保護法とこの裁判の背景を見ていきましょう。

 パリ協定の下、2050年までにCO2ネットゼロ(排出量を正味ゼロにすること)を達成することを約束したドイツ政府は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する必要があります。このため、国会は2019年12月、気候保護法を施行し、温室効果ガス排出量を2030年までに1990年比で55%削減し、2050年までにCO2ネットゼロを実現することを法律で定めました。2030年までの部門別CO2削減目標も示されましたが、一方で2031年以降の目標は示されませんでした(図1)。

図1 2019年気候保護法:2050年CO2ネットゼロを実現させるための各セクター目標・年間排出量
出典:改正前のドイツ気候保護法(2019年12月施行)に基づき著者作成

 この法律は大きな批判を浴びました。パリ協定の長期目標を達成するには、2030年目標が不十分であるという批判です。気候緩和の対策費用のほとんどを将来世代に押し付けているという指摘もありました。

 これらの批判を背景に、未成年者を含む4組の原告が、「政府はCO2排出削減のための適切な規制を定めておらず、2019年気候保護法に定める2030年までの規制は、脱炭素化の負担を将来世代に不当に負わせるものである」として、憲法裁判所に提訴しました。

判決の重要なポイント

 「環境に対する損害が発生する可能性があるため、政府は憲法第20a条(解説2)に基づき、将来世代への配慮をする責任があります。さらに、憲法第2条(解説2)に規定されている国家の保護義務には、将来世代を保護する義務も含まれています。」(ドイツ連邦憲法裁判所 2021年3月24日)

 判決は非常に斬新で、ドイツの気候保護政策が将来世代の自由の行使を大幅に制限することになると述べました。憲法に照らして言えば、2019年気候保護法は、必要な温室効果ガスの削減を未来に先送りし、将来世代に不当に負担を負わせているため、違憲とされました。すべての法律や政策は憲法に合致していなければなりませんので、2019年気候保護法は改正されなければなりませんでした。

 判決の重要なポイントは以下の通りです。

  • 2050CO2ネットゼロがドイツ基本法(憲法) 第20a条の憲法上の国家の責務であるとした
  • 2019年気候保護法は対策を2031年以降に先送りしており、その結果、気候緩和コストの大半を将来世代に負担させることになると指摘した
  • 憲法第20a条に基づき、政府は将来世代に配慮する責任があるため、将来世代に気候緩和コストを押し付ける2019年気候保護法は憲法違反であるとされた

 気候変動の影響は時間とともに悪化するため、将来世代は気候変動を引き起こした責任が少ないにもかかわらず現世代よりも苦しみ、人生の選択における幅を制限される可能性があります。気候緩和コストの大半を将来世代に押し付けていることと併せて、憲法裁判所は2019年気候保護法が、将来世代の自由を制限するものだとして問題視したのです。

≪解説1≫
ドイツ連邦憲法裁判所:「憲法の守護神」

 1951年に設立され、カールスルーエに本部があるドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht)はドイツの最高裁判所です。ドイツ連邦共和国の憲法の解釈と適用に関する最終的な判断をくだす権限を持ち、別名「憲法の守護神」とも呼ばれています。
 ドイツ憲法裁判所の最も重要な役割の一つは、法律や政策が憲法に適合しているかを判断することです。憲法はドイツの法律体系の最高位に位置し、全ての法律や行政行為は憲法と一致していなければなりません。個人は誰でも、憲法によって保障される権利を侵害されたとの根拠に基づき、憲法裁判所に提訴できます。憲法裁判所は訴えを受けて事案を審理し、合憲性を判断します。その判断は最終的であり、他の裁判所や政府機関に対して拘束力があります。
 ドイツ憲法裁判所は、ドイツの民主主義と法治主義の基盤を支える重要な機関であり、憲法の保護と適用において重要な役割を果たしています。

≪解説2≫
ドイツ基本法(憲法)第2条における各人の自由と権利

「(1) 他者の権利を侵害せず、憲法上の規律や 道義法に反しない限り、すべての人は、人格を自由に発展させる権利を有する。 (2) すべての人は生命と身体の完全性に対する権利を有する。人身の自由は侵すことができない。これらの権利は、法律に基づいてのみ介入することができる。」

ドイツ基本法(憲法)第20a条における国家の責務(国家目標規定)
「国は、次の世代に対する責任を果たすためにも、憲法的秩序の枠内において立法を通じて、また、法律および法の基準に従って執行権および裁判を通じて、自然的生命基盤および動物を保護する。」
和訳:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/1930601koyama.pdf/$File/1930601koyama.pdf

訴えと判決の全体像:部分的勝利

 とはいえ、将来世代の自由に焦点を当てた憲法裁判所の判決は、原告グループの訴えのほんの一部を認めたに過ぎません。政府の気候変動対策が不十分であるという訴えは、憲法第2条に反するものではないとして却下されました。しかし、この判決の重要性が低いというわけではありません。

 私の考えでは、たとえ部分的であっても今回の勝利は重要です。なぜなら、憲法裁判所は、将来世代が現在や過去の世代と同じように人生において自由な選択をできるようにするため、ドイツ政府は責任を負い、気候変動に対して行動する義務があると判断しているからです。

判決後の改正気候保護法

 判決の後、気候保護法が改正されました。改正法はどのような内容だったのでしょうか。

 判決から2カ月も経たないうちに、ドイツ政府は気候保護法の改正案を可決しました。この改正案では、2031年以降2040年までの部門別削減目標を明記し、2030年までに温室効果ガスを1990年比で65%削減(改正前は55%)し、2040年までに88%削減、2045年までにドイツでCO2ネットゼロを達成することを決定しました(図2)。

図2 2021年改正気候保護法:2045年CO2ネットゼロを実現させるための各セクター目標・年間排出量と、2040年までの排出削減目標
出典:ドイツ改正気候保護法(2020年6月施行)に基づき著者作成

 政府が2カ月足らずで法律の改正案を提出できたのは、科学的にはより野心的な目標がすでに検討されていたにもかかわらず、政治的な理由で法律に盛り込まれなかったからだと指摘している識者もいます2)

 改正法は再び批判を浴びました。先の訴えを支援した市民団体は、先の裁判の原告の若者グループとともに、改正法についても憲法違反の訴えを提出しました。改正法の新しい目標も、パリ協定の長期目標達成には十分ではないという内容です4)。憲法裁判所はこの訴えを受け入れませんでした。

2. 気候変動政策に対する影響:判決から2年

裁判所判決の限界

 2021年3月のドイツ憲法裁判所の判決の斬新さは驚きをもたらし、大きな期待を抱かせました。自由民主主義を根本的に変え、気候変動に対する効果的な公共政策を生み出すだろうとも言われました1)。しかし、実際にこの判決が与えた影響は、期待されたほどではありませんでした。

 2022年、気候変動問題に関する政府の主要なアドバイザリーボードである気候問題専門家会議は、改正法で定義された交通と建物のセクター目標は不十分であると判断しました5)

 このような公式報告がされたにもかかわらず、具体的な対策はまだ示されていません。現在行われている法改正の議論の中で、ドイツの自由民主党は、2021年気候保護法で規定されたセクター別の目標をゆるめる方向を提案しています。さらに、ウクライナ戦争によるエネルギー危機のため、LNGターミナルのインフラ整備へ投資することでエネルギー供給を確保しようとしていますが、これは短期的な解決に過ぎず、また国の気候変動対策の目標から遠ざかる結果をもたらすものです。さらに、2021年以降に出された、より具体的な国家レベルの気候変動対策の目標を求める多くの憲法上の訴えは、裁判所によって却下されています6)

 従って、この判決が気候変動政策に与えた影響は、当初予想されたものよりも小さかったと言わざるを得ません。しかし、この判決の実際の影響力は、政府に将来世代の自由に対する責任があると明示した点にあります6)7)

3. 将来世代の保護

 ドイツ憲法裁判所は、将来世代を保護する上でどのような役割を果たし得るのでしょうか?

 2021年の憲法裁判所の判決によって、裁判所は、暗黙のうちに、世代間正義の実現について裁判で争えることを認めたと言えます8)。この判決によって、気候変動を考慮した世代間正義と将来世代の選択の自由は理論的・哲学的な考え方ではなく、侵害された場合に裁判で争うことができる公法上の主題にまで高められました。

 憲法第20a条に照らせば、政府は生命の自然基盤を保護するために、将来世代に対する責任を考慮しなければなりません。これには将来世代の自由も含まれ、憲法裁判所は憲法に従って政策をチェックし、国民の自由を守る責任を持ちます。

 しかしながら、憲法裁判所は立法機関ではありませんので、政策を決定することはできませんし、してはいけません。できることは、現在の知見に沿い、将来世代を含む自由と権利を適切に保護する「より良い政策を行うこと」を政府に義務付けることまでです6)

 一方、議会においては将来世代の代表権は限られており、政治的リーダーは現在の市民のニーズや関心を認識するだけでなく、将来世代のニーズや関心も予測しなければなりません。同じ世代の中でもニーズや関心は多様であり、公共政策によってバランスを取る必要があります。社会内の多数の利害のバランスを見出す法律を策定することはとても難しく、将来世代のニーズのことは忘れられがちです。

 憲法裁判所も、議会も、憲法20a条も、それぞれ単独では将来世代を保護することはできません。いずれも次世代の利益を守るためのパズルの一つのピースに過ぎないのです。

 裁判所は、法律や政府のプロジェクトを阻止する力を持つ唯一の機関です。2021年の判決が気候変動政策に与えた影響は、期待したほどではなかったかもしれませんが、今後、短期的に政策を策定・実行する行政とは別に、裁判所を含む複数の機関と制度をネットワーク化することで、将来世代を有効に保護できる可能性があります。現在の制度は、現世代と将来世代のニーズをバランスさせることも、将来世代の自由を効果的に守ることも、まだできません。今回の憲法裁判所のように気候保護法に介入するのは、今のところ特別なケースです。

4. おわりに~将来世代を守る制度に向けて~

 将来世代の自由を守るためには、将来世代の代弁者が必要です。将来世代の代弁者となる意思を社会として持ち、その権利を主張できる制度と法的枠組みを確立することは、持続可能な民主主義システムにとって、また気候変動との闘いにとって重要です。今回の判決では憲法裁判所で、将来世代の自由に関する政府の責任が認められました。

 2021年の判決は、当初期待されたほどには、気候変動政策に大きな影響を与えなかったように思われます。判決から2年が経った今、判決そのものや憲法裁判所が政治の方向性を完全に変えることはできていません。判決には、政治的な意思や気候変動政策を根本的に変えるほどの影響力はありませんでした。

 国際的な気候変動政策や自由民主主義を根本的に変えるだろうという判決への期待は、大き過ぎたのかもしれません。とはいえ、この判決は、憲法の下での気候緩和責任に関し、国内政治・EU政治・国際政治が将来世代を指向するように新たな局面を切り開きました。


執筆者プロフィール: HARTWIG Manuela Gertrud (ハルトヴィッヒ・マヌエラ・ゲルトルート)
博士(社会学)。エネルギー政策とエネルギー技術の倫理について研究している。また、倫理的、法的、社会的問題を統合した脱炭素技術の技術評価フレームワークを開発している。脱炭素化社会とはどのような社会なのかに関心がある。同時にエネルギー問題が国内外でどのような不公平をもたらすかを理解し、解決したいと思っている。

 執筆にあたり、社会システム領域の久保田泉主幹研究員の協力を得ました。なお、文責は執筆者にあります。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご意見などをからお寄せ下さい。
今回の執筆者から皆様への質問:将来世代の自由を守るために、どのような仕組みが考えられるでしょうか?

参考文献