“地域に貢献したい”:農村計画学のアプローチから

vol.8-1 中村省吾 研究員(福島支部)<前編>
2019.4.26
 8人目のインタビューでは中村省吾研究員(福島支部 地域環境創生研究室)にお話しを聞きました。福島支部で研究を始めることになった経緯から、今行っている研究活動の根底にある価値観について聞いてきました。

<前編>“地域に貢献したい”:農村計画学のアプローチから

福島支部と社会環境システム研究センターを兼務している方が何人かいますが、それぞれどういった研究をしているのか?という疑問をきっかけに今回のインタビューをお願いしました。
中村さんは農村計画学という分野から地域の課題にアプローチしているようですが、一体どのような研究なのでしょうか。中村さんが所属している環境創生研究室では福島県新地町や三島町で地域に密着した研究活動を展開しています。

まず、中村さんの研究の背景をお聞きしたいです。農村計画学をご専門とされていますが、農村計画学とはどんな分野ですか?どうしてそういう学問をされようと思ったのでしょうか?

 深いところからきますね(笑)。

農村計画学は、農業工学や、農業土木という分野から派生したものです。だから工学系というか、土木系のところなんですけど、「計画」なので、その中でもどちらかというとソフト的なところを扱うような分野です。元々は、農家を中心とした農村地域における所得の向上や住みやすい居住環境のための計画づくりといった農業計画的な話題を取り扱っていましたが、近年は農村地域でも農家の数がどんどん減ってきていて、(農村に)農家以外の人も多く住むようになってきたため、いろんな新しい課題が出てきています。

 こういった農村地域で農家と非農家が混ざって住むようになることを「混住化」と言うんですが、これに伴って住んでいる人たちの価値観も多様化してきました。例えば「農業用水路を掃除しよう」となったら、みんな農家なんで、「じゃあやろうか、やろうか」と言って、当番とかでみんなでやったりしてました。皆さんに関係する問題だからみんなで解決する。それが最近だと、「やろう」と言っても半分ぐらいは農家ではない人たちなので、「何でうちと関係ないことしないといけないんですか」となってしまって維持できなくなるとか。そういう、ある種の現在起こるべくして起こってる問題ではあります。

 そうやって、農村計画自体が取り扱う問題もどんどん変わってきてるんです。元々はその農村が抱える課題を解決するためにどういう計画を立てたらいいかという分野だったので、最初は農業のことを扱っていれば良かったんですが、最近は農村の課題も多様化してまして、コミュニティの維持などは都市部でも大きな課題になっていますし、獣害も人間の生活圏にまで出てくることが増えてきており、もう農家さんだけの問題とは言えなくなってきています。
 
 要するに、農村計画はそういう農村の持ってるいろいろな問題をいろいろな手法を使って解決しようという分野なんです。なので、(手法に捉われない)何でも屋さんとも言えます。農村にある多様な問題に対して使えそうなアプローチを外から持ってきて、組み合わせたりしながらやっていく分野ですね。そういう意味では、学問としてはっきり説明しづらいところもあります。

 学会にもいろんな分野の方がいます。環境系の人もいれば、ランドスケープといって、農村の景観を何とかする人もいれば、さっき言ったような獣害の専門家もいれば、また農業そのもののことをやってる人もいます。農業経営とか、農業経済とかですね。あとは建築系の人もいます。こんな人たちが集まって、農村地域の課題を解決しようという分野ですね。大本の農業土木学は100年以上の歴史があるんですけど、農村計画学自体は50年くらいの比較的新しい分野です。

なぜこの分野に行き着いたんですか。

 経歴でいうと、元々は医学部医学科にいて、そこを中退して1回社会に出て、また大学に戻って、というちょっとややこしい感じになっています。入り直すときにいくつか選択肢があったんですが、地域に貢献できる分野にいきたいということで選んだのが神戸大学の農村計画の研究室でした。編入だったので3年生からだったんですけど、たまたま僕が卒業するタイミングで指導教官が京都大学のほうに移ることになり、修士課程には進みたかったので合わせて京都大学に移り、博士課程までお世話になりました。

 博士号取得後も京都大学でポスドクとして研究していて、里山・里海系の生態系サービス評価をするという主旨のプロジェクトのメンバーでした。3年間のプロジェクトの1年目の終わりぐらいにこの福島支部の公募があったんですが、プロジェクト1年目ということもあって応募をためらっていたら当時の上司に背中を押されまして。福島には一度も行ったことがなかったのですが、当時の公募の内容が、地域とのコミュニケーションを担当するという内容だったので、これまでやっていたことをいかせるかもしれないと思うところはありました。

実際福島に来てみてどうですか?

 着任して最初の2年がつくばで、社会センター所属でしたが、周囲のモデル屋さん(*1)とはあまりにもスタンスが違い過ぎたことに驚きました。例えばAIMチーム(*2)が取り組んでいることも、これまでやってきたことと全然違うので、最初のうちはもう自分は何をしたらいいんだろう、とかなり悩んだりはしました。新地町のプロジェクトでもそうですけど、現地に入る仕事ができればこれまでの経験を生かせると思っていたので、採用された月の半ばぐらいには新地町に連れてってもらって、そこからは(新地町内の人々と)顔の見える関係をつくっていく立場として、それなりに動けたかなと思っています。

*1)モデル屋さん:社会環境システム研究センターにはCGEモデル(応用一般均衡モデル)など、将来の二酸化炭素排出量などを様々な条件を設定して計算して導き出すことを主な研究手法としている人が多くいます。
藤森元主任研究員のインタビュー:http://www.nies.go.jp/social/interview03a.html

*2)AIMチーム:Asia-Pacific Integrated Assessment Modelの研究チーム。詳細は増井室長のインタビューでも解説しています。
増井室長のインタビュー:http://www.nies.go.jp/social/interview07a.html

たしかに、モデル屋さん多いですね。そういう中で、顔の見える関係、あるいは草の根的な本当にローカルで、直接の人の集まりの中で感じるものは、恐らくモデル屋さんが感じるものとは全然違う性質のものなのではないかと思いますが、どうでしたか?

 そこが逆に環境研に来て良かったのかなというところがあります。それまでそういう(自分の分野とは全然違う)人とのつながりや話をする機会はあまりありませんでしたが、周囲にそういう人しかいなくなると話をするじゃないですか。そうすると、「意外と共通するところあるな」、「問題意識自体はそんなに違わないんだな」という気づきがありました。アプローチする向きが違うだけなんだなと。

 今所属している福島支部の環境創生研究室でも、他のメンバーも基本的にモデル屋さんでその中に僕がいる形ですが、一つの地域に対していろんなアプローチで入り込んでその地域の課題を解決しようという、そのスタンス自体は、実は農村計画のスタンスとあんまり変わりません。解決策としてどういう方法を入れるか、という点で、モデルのアプローチが増えたのでオプションがすごい増えたと思います。これまでの自分にはなかったつながりができて、それはすごい面白いなと僕は感じてます。

 大学の研究室だと、その研究室の学問分野の中でできることを考えて、一つの地域に対して何かを研究して支援するという話になります。一方で、環境研は、いろんな人がいろんなことを考えていて、それを束ねてやっていく。その束ねる分野がとてつもなく広いので、そこはうまくいくときもあれば、いかないときもあるんでしょうけど、そのオプションを多く持ってるのはすごいなと思います。

前編まとめ、後編「中山間地域の持続可能性:新しい価値観を考える」へ

 「地域に関わりたい」という気持ちを出発点に、農村計画学の視点から今の研究に携わるようになった中村さんは、環境研に来たことによって新しい分野との出会いがあり研究の幅が広がったようです。今具体的にどのような研究を進めているのかも聞いてみました。後編でお届けします。
(聞き手:杦本友里(社会環境システム研究センター))
(撮影:成田正司(企画部広報室))
本インタビューは2019年4月11日に実施しました。