指標データで理解する持続可能な社会に向けた日本の状況

執筆:田崎 智宏 (資源循環領域 室長/社会システム領域 兼務)
2021.8.26
日本は持続可能な社会に向かっているの?日本の状況って良いの?悪いの?
なんとなくはイメージできるかもしれませんが、そのイメージはデータに基づいているでしょうか。
持続可能な発展指標データを用いて、日本の現状を解説します。

この記事のポイント

 
  • 持続可能な社会に至るまでの道筋は1つではなく、「ゆたかな噴水型社会」と「虹色のシャワー型社会」の少なくとも2つを想定できる
  • 持続可能性連環指標では、持続可能な社会に向かって適切に発展しているかを「環境」「経済」「社会」「個人」の分野別に3つの着眼点から把握できる
  • 噴水型社会の観点からは日本は自然資本の存続をおろそかにしていて、かつ政府の支出に頼りすぎであり、シャワー型社会の観点からは徐々に停滞していることが分かる
  • どちらの社会像から見ても状況は芳しくなく、日本のサステナビリティというものを見直す必要がある

はじめに: 日本の状況の捉え方

「ゆたかな噴水型社会」と「虹色のシャワー型社会」

 社会の発展の仕方は、必ずしも1つではありません。山登りと同じで、いくつかの道筋がありえます。国立環境研究所の「持続可能社会転換方策研究プログラム」(2011~2015年度)では、そのような道筋を端的に体現する社会像として、「ゆたかな噴水型社会」と「虹色のシャワー型社会」の2つを提示しています。

 噴水型社会は、経済的な豊かさをまず実現し、その豊かさを他の分野に還元して、他の豊かさも実現していこうという社会です。経済成長という噴水がいわゆるトリクルダウン(注1)を起こして、社会全体に豊かさが行きわたるイメージです。戦後の日本はこの道筋を歩んできたと言えるでしょう。

 他方、シャワー型社会は、経済的な豊かさだけでなく、環境や社会、個人の生活についても同時に好ましい状態を達成させようとします。噴水型社会が経済的な成長を最速に達成しようとするのに対して、シャワー型社会は、環境や社会をおろそかにするくらいならば、経済的な成長を抑えることを許容する社会です。持続可能な発展を求める人々の多くの意見は、シャワー型社会のような発展観を多かれ少なかれ含んでいるため、噴水型社会と対照的な社会像であるシャワー型社会が提示されました。

注1:トリクル(=trickle)とは、水などがぽたぽたと滴るという意味で、富裕層や大企業などの社会の一部の人々の富や利益が増えれば、それが徐々に経済全体に波及して景気を良くし、やがては貧困層や中小零細企業など、その他の人々も恩恵を受けることを「トリクルダウン」と言います。

社会状況を体系的に把握できる「持続可能性連環指標」

 それでは、このような2つの発展の仕方から見て、日本は持続可能な社会に向かって適切に発展しているのでしょうか。それはどうやったら「客観的かつ正確に」把握できるのでしょうか。
 
 持続可能性連環指標は、持続可能な社会に向かって適切に発展しているかどうかを客観的に把握するため、国立環境研究所社会システム領域が開発・提案している指標体系です。2つの社会像の発展状況を把握するため、「環境」「経済」「社会」「個人」という4つの分野が設定されています。また、短期的な目標達成のために長期的に守るべきもの(資本)をおろそかにしていないかを把握するために、4つの分野ごとに、望ましい「達成状態」とそのために必要となる「資本」を設定しています。さらに、達成状態と資本の間の関係性にも着目して、「効率性あるいは公平性」も把握するようにしています。すなわち、4つの分野ごとに3つの着眼点で社会の状況把握を行う指標体系です。

 これまでにも多くの持続可能な発展指標が提案されてきましたが、このような社会を構成する要素間の相互関連性を把握しようとした指標体系はほとんどなく、課題の1つとなっていました(Tasaki et al. 2010)。サステナビリティというと、今はSDGs(持続可能な開発目標)が有名ですが、SDGsの指標は多くの指標を並べた従来的なダッシュボード型指標体系であり、物事の関係性は捉えていません。そのため、社会が発展していくという物事の連鎖を大きく捉えるという評価には向かない指標になっています。

 持続可能性連環指標体系においては,特定の指標だけが機能して良い状態になっていても全体が良くなければ、発展状況がうまくいっているとは判断しません。ただし、持続可能性連環指標体系の結果を示した4×3の指標マトリックスは、人間ドックの詳細な結果のようなもので、一般の方々にはすぐに理解しにくいものです。

 そこで本記事では、今年度(2021年度)に持続可能性連環指標のデータを更新したことを機に、日本の現状を理解するための解説を行います。

公開中のウェブページでの指標の読み方

 最新状況を見る前に、持続可能性連環指標の読み方を説明します。国立環境研究所では、持続可能性連環指標について比較的平易に説明を行なったウェブページを用意しています。そのページでは、4×3の計12の着眼点についての22の指標(注2)の状況を閲覧できます。各指標は、個別に時系列変化を折れ線グラフで見ることもできますが、全体状況を理解するために、信号機と同じ赤緑黄の3色で改善状況を示した図が用意されています。赤色が状況悪化、緑色が状況改善、黄色が現状維持という意味です。過去5年間、10年間、20年間のトレンドを比較することができるようになっています。

注2:4×3の計12の着眼点のそれぞれにおいて、1つか2つの指標で日本の状態を捉えようとしています。これによって、より多角的に状況を把握するとともに、2つの社会像にとって異なる点を注目できるようにしています。

噴水型社会の観点からみた日本の現状

 それでは、最新の持続可能性連環指標の結果を用いて、噴水型社会の観点から過去の2つのトレンドをみてみましょう。5%以上の変化があるかないかで3色を判定した結果を図1に示します。


図1 噴水型社会の観点からみた日本の現状
注:緑色が状況改善、黄色が現状維持、赤色が状況悪化、灰色はこの社会の判定で比較的重視しない指標、白色は当該期間中、適切なデータが存在しないことをそれぞれ示します。

 まず過去5年間を過去20年間と比べてみると、全体が黄色に変化していることが分かります。とりわけ、噴水型社会の原動力である経済の達成状態(①「実質GDP」)が黄色となってしまいました。過去20年間でみると、②「自然資本」と「レッドリスト指数」ならびに③「GDP当たり政府債務残高」が赤信号になっており、これによって、自然資本や生物種の存続をおろそかにし政府の支出に頼りすぎであることが分かります。これらの悪い状況はこの5年間では悪化に歯止めがかかったものの、緑色の改善には至っていないので、多くは注意すべき状態です。また、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための公共支出が増えていることや東京オリンピックが赤字になってしまったことなどを考えると、現時点のデータには反映されていませんが、政府債務残高の状態が再び赤信号になってしまってもおかしくはない状況でしょう。

 他方、④「民間総資産額」は堅実に増えている状況です。③と④からは、政府が赤字で、民間が黒字というアンバランスな状況で経済がまわっていることが理解できます。

 さらに⑤「相対的貧困率」は過去20年間でみると黄信号状態が続いています。ただし、過去30年間でみると赤信号であり、緩やかに悪化してきたので注意が必要です。また、過去30年間の①GDPは緑信号であったことから、過去30年間における経済成長の果実は個人の経済格差を縮める結果にはならず、むしろ格差を拡大してしまっています。格差は、人々の対立を生み、社会に亀裂や分断をもたらすので、十分に注意して対処する必要があります。また、このことは噴水型社会のトリクルダウンが得られない場合もあることを示すものであり、この社会像の基本スタンスに疑問が呈されてもいます。

シャワー型社会の観点からみた日本の現状

 次にシャワー型社会の観点から、3つのトレンドをみてみましょう(図2)。


図2 シャワー型社会の観点からみた日本の現状
注:緑色が状況改善、黄色が現状維持、赤色が状況悪化、灰色はこの社会の判定で比較的重視しない指標、白色は当該期間中、適切なデータが存在しないことをそれぞれ示します。

 赤色の指標の数は、過去20年間で3つだったものが過去5年間では1つに減っています。悪くなった状態のまま黄色で現状維持しているので、注意が必要です。他方、緑色と黄色の指標の数を確認すると、過去20年間は緑色が6つ、黄色が3つであったものが、過去5年間は緑色が3つ、黄色が8つと変化し、黄色が増えています。つまり、虹色シャワー社会の観点からみると、日本が徐々に停滞・斜陽化していることになります。

 指標マトリックスの上段で緑色の改善状況にある①「再生可能エネルギー利用率」と②「管理職における女性の割合」ですが、実は望ましい水準(注3)になかったものが改善しているだけであり、望ましい水準に到達するにはまだまだ改善が必要で、大きな課題を残しています。

 中段の③「完全失業率」は、過去20年間緑色でしたが、これは、約30年前にバブルがはじけて以降、1990年代に失業率が悪化したものがこの約20年間で回復してきたことに由来するものです。実際、相対貧困率は赤から黄色に改善したものの緑色にはなっておらず、まだまだ改善が求められることが分かります。また、④「投票率」は赤色が続いており、政治に期待できないという不信感あるいは無関心が広がっていることが示唆されています。

 シャワー型社会は多様な目標達成のための資本を維持・充実させていくことをとりわけ重要視するのですが、下段の⑤「資本の指標」は過去5年間で黄色に変化しており、維持させることに苦労していて、社会における多様な資本を充実させることには至っていません。

注3:日本を含め、世界は2050年には温室効果ガスの排出量を実質ゼロにして、気候変動による悪影響をできるだけ小さくしようとしています。この目標を実現するには①の再生可能エネルギーへの依存割合を高める必要がありますが、1次エネルギーベースでまだ1割と低い状況です。また、②は男女平等・ジェンダー平等に関連するもので、SDGsのゴール5でも取り組みを促進することが期待されていますが、2021年に発表された世界各国のジェンダーギャップ指数でいうと、日本は156か国中120位という低さ(先進国で最低レベル)です。

まとめ: 日本のサステナビリティの見直しを

 噴水型社会の観点から日本の状況を見ると、豊かさの源泉である経済発展を実現するための道筋は見えず、経済格差は拡大しており、経済発展をどう実現していくか、経済発展によって得られる豊かさの果実をどのように人々に分配するかの両方を改めて考えなおさなければならない状況にあります。他方、シャワー型社会の観点から日本の状況を見ると、全体的に悪いままで、どこを牽引力として全体の改善につなげていくかという戦略や手段が見えてこないという課題があることが分かります。また、長期的に守るべきものという観点から設定した「資本」の指標については、特に環境面の資本である自然資本の存続をおろそかにしてしまっています。(注4)

 どちらの社会像から見ても、持続可能な社会に向けた日本の全体の状況は芳しくなく、発展の仕方の発想を変えたり、新たなアプローチで取り組んでみたりするなど、いま一度、日本のサステナビリティというものを見直す必要があるでしょう。

注4:現在公表している持続可能性連環指標体系は、理解容易性を高めるために、22のヘッドライン指標に絞り込んでいまいす。同様の理由から、指標マトリックスの中段は、正確には、上段の4つの「達成状態」と下段の4つの「資本」の組合せの数、すなわち16の着眼点が存在するところを4つに集約しています。そのため、社会発展に関するある特定の現象を考えた場合、説明力が十分でないところがあります。また、良い状態にある黄色と悪い状態にある黄色を区別しないというように、相対的な評価に基づいて3つの色を決めているために、複数の時点の結果を確認しないと本当の評価ができません。望ましい水準との乖離度を加えた総合評価は、まもなく公表する指標体系によって改善する予定です。

参考文献