2025.06.25
コラム Vol. 3 在外研究報告
ピッツバーグ派遣研修報告記
~研究者(外国人)として感じたこと学んだこと~
岡村 和幸
はじめに 私は国立環境研究所に勤務し始めて10年以上になります。昨年米国ピッツバーグ大学に派遣研修で出向する機会を得ましたので、派遣研修生活のよもやま話をさせて頂きます。
派遣研修の話、その前に...簡単に自分自身が取り組んでいる研究紹介 私は環境因子が引き起こす健康影響のメカニズムを研究しています。学生時代から無機ヒ素(以下ヒ素)に関する研究をしており1-4)、近年ではLEDの影響についても研究をしています。今回はヒ素に関連する研究で派遣研修に行きました。
一般的に留学や海外派遣研修は英語ができる人が行くイメージですが、私は高校時代に英語の実力テストで100点中9点(ブービー賞)を取るほど英語が大の苦手でした。この英語力が研究生活の足を引っ張っているという印象が強かったので、ショック療法として将来研究留学が出来たら良いなと考えておりました。
派遣研修の経緯
私は物理学科出身で、現在の研究分野では何のコネもないため、海外への研究留学は夢のまた夢と考えていました。しかし、たまたま大学院時代に3か月ほどお世話をさせて頂いたバングラデシュの先生から、日本、バングラデシュ、米国の3か国連携の国際共同研究へ誘われました。その国際共同研究ではわずかな期間しか米国に滞在することができませんでしたが、研究所の長期派遣研修制度を用いて、約1年間の在外研修ができることになりました。
派遣研修先
派遣研修先は、米国ペンシルベニア州ピッツバーグにあるピッツバーグ大学の公衆衛生学部環境・労働衛生専攻に所属するAaron Barchowsky先生の研究室でした。ピッツバーグは、カーネギーメロン大学やピッツバーグ大学のある学術都市で、最新のIT技術や移植技術の勉強などのために、各省庁や企業、病院から日本人も数多く留学していました。しかし、私の所属した専攻には当初日本人は私しかおりませんでした。Barchowsky先生は長年、ヒ素による毒性メカニズム研究の中でも特に筋肉に着目した研究を行っています。私自身もヒ素による毒性メカニズムを長年研究しており、新しい技術の取得や、自分がこれまで行ってきた研究の応用が出来ないかと思い渡米をしました。

派遣研修が決まった、さあどうする?
無事に海外派遣研修が決まったのは良かったですが、大学付属の宿舎などはなく、全ての手続きを自分で行う必要がありました。とても一人で全てを完遂させるのは不可能でしたが、ピッツバーグ日本人協会の方、知り合いの先生から紹介してもらった歳の近い日本人の先生、さらにその先生から派遣研修前の事前滞在時に紹介してもらった先生など、本当に多くの方に助けて頂き、何とか現地で生活できる環境が整いました(本当にありがとうございました!)。また、派遣研修決定後に英語のスコアを提出する必要があることも知ったので、注意が必要です(スコアは研修先によって異なります)。
派遣研修先での研究生活
派遣研修先は車で通勤した場合、職員以外は駐車場代が発生するため、自転車で通勤していました。坂もあり片道20分ほどかかるので、良い運動になっていました。研究室に日本人はおらず、米国人のボスと、ラボマネージャー兼学生の中国人のほか、米国人、バングラデシュ人、フランス人の学生達という国際色豊かな環境でした。朝、大学に到着後は実験をし、週に1回のラボミーティングや、合同セミナー、必要に応じてボスとディスカッションをしていました。動物を扱う際には、大学からバスで移動し、専用の研究棟で実験を行っていました。夕方になるとほとんどの米国人は帰宅しますが、中国人留学生は夜遅くまで実験に勤しんでいました。私自身は、日本では夕方一時帰宅して夜に研究所に戻ってくる生活をしていましたが、米国の夜道に恐れをなして、夜は家でできる作業を行っていました。研究の進め方に日米で大きな違いは感じませんでしたが、あちらでは良い結果が出ると、どんどん次の実験のアイデアとその根拠となる論文がボスから送られてきました。論文の読む速度に差を感じると共に、こうやって研究が展開出来たら楽しいなとも感じました。

空気の入れ方を失敗しているのを半年気づかず3回パンクしましたが、
パンクしたという英語を覚えて自転車屋さんと話すことができるようになりました。

実際の研究内容(失敗、失敗...最後にちょっと成功)
研究を行うにあたり、まず日本で行っていたヒ素曝露による肝臓等での細胞老化の誘導が、筋肉の細胞でも起きているか調べてみようと思いました。しかし、「君の実験の濃度は高すぎる」と一蹴され、ラボで行っていた動物実験の過去データを渡されました。ヒ素を曝露していない対照群と曝露された曝露群を比較した結果、曝露群でサーカディアンリズム(概日リズム)*1に関連する遺伝子の変動が認められました。これらの遺伝子は1日の中で日内変動するので、実験した時刻が対照群と曝露群で同じことが必須なのですが、ボスから「午前中に実験したと思う」と言われたので、不信に思わずそのまま3か月ほど実験を進めていました。しかし、日本から持ってきていた自分の別のデータを解析していると、午前中でも1時間の間に遺伝子発現が大きく変動することが分かりました。そのため、厳密に実験した時刻を知る必要があり、ボスに確かな根拠を求めました。そして、実験の時刻が分かる根拠データを確認すると、何と対照群が午前中、ヒ素曝露群が午後に実験されていたことが分かりました!データを改めて確認すると、日内変動による発現変化とぴったり一致していることが判明しました。つまり、ヒ素曝露による影響と思っていたものは、実は単純に実験時刻による違いだったのです。これには非常にショックを受け、もちろんボスもショックを受けていました。こうして私の最初の4か月の実験成果は水の泡と化しました。

毎週行ったラボミーティングの発表の中で一番うけていました。
その後、日本に帰ってからも続けられる実験として、今度は細胞の実験を行うことにしました。これ以上の失敗がないように、過去の論文で報告されている実験内容が再現できるように、全く同じ条件で実験を始めることにしました。しかし、いざ実験を始めてみると細胞の増殖速度が大きく異なり、何度やっても過去論文とは同じ結果が得られない状態が続きました。そこで、最終的に元のデータまで辿ってみたところ、過去論文に致命的な欠陥を発見しました。ラボにいた学生さん達とも話してみると、どうもその論文のデータは信用できないという結論に達しました(ここにまた2か月かかりました)。
この経験を通して、(1)ボスと密に連絡を取り、根拠となるデータをしっかり自分で見てから実験を進めること、(2)既に論文化されているデータでも、まずは自分のラボで再現性があるかを確認して、その結果に基づいて実験を積み重ねる事、の重要性を改めて感じました。ボスからは「Kazuyukiは研究室にクオリティを与えてくれた」と言われましたが、良い結果が得られなかった自分は胸中複雑でした。ボス自身は非常にしっかりした先生でしたが、日々忙しく、実験データの詳細までは把握しきれていなかったのが、このような問題を生んだ原因だったようにも思います。
その後は細胞を培養する条件から全て自分で1から確認して実験を行いました。その結果、やっと再現性の高いデータを得ることが出来ました。
日本から持っていった研究
上述の通り、米国での実験は失敗の連続だったのですが、その時に精神的に支えになったのは日本から持っていった研究の論文作成でした。渡米半年後に無料で英語が習える場所があると教えて頂き、週に2回、2時間英語の授業を受けていました。習っていた先生は高校で英語(国語)の教師をしていたとても親切な方で、授業外の時間にもマンツーマンで何度も英文の添削をして下さいました。おかげさまで、何とか1報は論文発表をすることが出来ました5)。

毎回の授業は教会の中でありました。
研究以外のこと
米国への派遣研修は研究以外でも多くの経験が得られました。まずは、噂に聞く物価高騰です。あちらではチップ込みでラーメン一杯$20(当時のレートで3,000円越え!)以上して、派遣研修中に出来た日本の某回転寿司屋も1皿$3.75(約600円)でした。また滞在中はどんどん円安になり、私の給与は日本円ベースで、実質的にどんどん減っていくことになるので、精神的なダメージになりました。
一方で、米国は本当に多くの人種が入り混じって構成されており、日本では体験できない貴重な経験が出来ました。米国の定番であるハンバーガーはやっぱり大きかったですし、独立記念日の花火や街をあげたハロウィンの盛り上がりなども凄かったです。文化的な体験では隣の席のバングラデシュの方に誘われて行ったラマダンのイベントが印象的でした。また、卓球のラケットを持って、バドミントンコートでテニスをするような、ピックルボールという競技が流行っていました。
また、英語を話すメンタリティはかなり変わりました。初めは英語が通じなかったらどうしようと不安で中々言葉を発するのを憚られる状態でしたが、自分は外国人なので通じないのは仕方ない、自分が思っていることが伝わり、聞きたかったことが聞けたら良い、色々な手続きもどうせ1回じゃ済まないと思えるようになってからは楽になりました。

日本人の友人達とピックルボールをする自分。ピックルボールは本当に流行っていてバーの中にもありました。(右写真)
派遣研修の総括
そんなこんなで色々あった派遣研修生活は、行っている間は正直かなりしんどかった(研究が思うように進められなかったのが主要因)ですが、戻ってくれば貴重な経験が出来たとしみじみ感じています。研究面では、研究の進む速度と新しい技術をどんどん取り入れる柔軟性、素早く連携する速度感が特に参考になりました。あちらの文化で良いなと思ったのは、みんな挨拶をし、別れる時は“Have a good one!”、“You too, thanks!”と言い合う文化が浸透していることでした。お互いに相手のことを思いやる気持ちを持ってこれからの研究生活を頑張って行きたいと思います。
将来研究留学・海外派遣研修を目指す方へ
英語は即時応答的に話せないと、話をうまく広められない事が多かったので、やはりできる限り勉強しておいた方が良いです。特に、こちらの思っている英語の発音と、現地の人が話す英語の発音が違うことがリスニングを妨げる要因の一つになっていたので、Phonicsの勉強をしておいたら良いと思いました。Phonicsは英語の文字と発音の関係を学ぶ学習方法で、日本では馴染みがありませんが、本当にお勧めです(現地の子供もPhonicsで国語を習っていました)。
英語力も技術の取得も若いうちの方が良いと言いますので、金銭的に厳しい面はありますが(私も滞在で貯金を使い果たしました)、是非チャンスがあれば積極的に挑戦して欲しいと思います。ポンコツの自分でも何とかなったので、何とかなるはずです!
- *1 サーカディアンリズム(概日リズム):生物に備わっている光や食事の摂取に応じておよそ1日周期で変化する体内時計のことで、体温や睡眠などさまざまな生理的プロセスの制御に関わります。また、サーカディアンリズムの制御には、Clock, Bmal1など複数の遺伝子が関わることが知られています。
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岡村 和幸 OKAMURA Kazuyuki NIES研究者紹介
環境リスク・健康領域 病態分子解析研究室 主任研究員
経歴:埼玉県出身。筑波大学大学院生命環境科学研究科修了。修士時代から国立環境研究所に研究生、リサーチアシスタントとして在籍し、1年のポスドク期間を経て、2015年より職員。専門は環境毒性学。
趣味:バドミントン、テニス(初心者)
最近うれしかったこと:派遣研修先の専攻内バドミントン大会で優勝したこと。またアパート内の卓球大会で準優勝したこと。
個人的ニュース:唯一の長所だった視力の良さが、帰国後に顕著に老眼が始まっている事にショックを受けました(あちらは部屋の室内照明が暗い)。
NIES研究者紹介
参考文献
ヒ素に関連する研究論文
- Okamura K. et al. (2016) Archives of Toxicology, 90(4):793–803(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25787150/
)
- Okamura K. et al. (2019) Cancer Science, 110(8):2629–2642 (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cas.14104
)
- Okamura K et al. (2020) Toxicology and Applied Pharmacology, 408:115259 (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33010264/
)
- Okamura K et al. (2022) Toxicology and Applied Pharmacology, 454:116231 (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36089002/
)
派遣研修中に書いた論文
- 5) Okamura K et al. (2024) Environmental Health and Preventive Medicine, 29:74 (https://www.jstage.jst.go.jp/article/ehpm/29/0/29_24-00139/_article/-char/ja
)