陸域からの汚濁負荷と東シナ海の環境・生態系変動の関係を探る
【シリーズ重点研究プログラムの紹介:「東アジア広域環境研究プログラム」から】
1.はじめに
地方や国を越えるような広域スケールの環境問題を考える際には、対象とする国・地方のみならず、その地域に影響を及ぼす「上流」で何が起きているかを明らかにすることが重要になります。東シナ海は、日本の多くの沿岸域にとって上流に位置する海域であり、古より高い生物生産性と生物多様性を有する海として世界的に知られています。東シナ海の豊かな生態系は、海洋生物の繁殖・生息の場として適した広大な大陸棚と、それらの餌となる植物プランクトンに栄養塩を常時供給している長江および黒潮によって主に支えられています。中でも長江は、陸域から東シナ海に注ぐ淡水量の80%以上を占めており、陸域起源の栄養塩を大陸棚に大量供給する役割を担っています。
近年の中国の急速な経済発展により、長江から東シナ海に供給される栄養塩の量・質に変化が生じ、長江河口を中心として赤潮(植物プランクトンの異常増殖)や貧酸素水塊の頻発化などの富栄養化問題が発生しています。また、赤潮を形成する植物プランクトンの種類にも変化が見られ、1990年代中半までは珪藻という種類が目立っていましたが、近年では渦鞭毛藻類が優占する傾向が見られます。渦鞭毛藻の一部(例えばアレキサンドリウム属)は、麻痺性貝毒を引き起こす原因プランクトンであり、私たちに健康被害をもたらすことが知られています。

2.東シナ海の環境・生態系モデリングの概要
我々の研究グループは先に述べたプロロセントラム属の渦鞭毛藻ブルームが「東シナ海環境・生態系の変調の兆しではないか?」と懸念し、航海調査とモデリングの研究に取り組んできました。その中でモデリング研究については、「東シナ海陸棚域の渦鞭毛藻ブルームを再現する」数理モデルの開発を第1の目標、そのモデルを用いたシミュレーションにより、陸域からの汚濁負荷流入量が変化したときの海洋環境・生態系の応答や日本への越境輸送の可能性を評価することを第2の目標として実施しています。
赤潮、すなわち植物プランクトンの異常増殖は、植物プランクトンの栄養となる窒素やリンが陸域から過剰に海域に流入することによって発生します。植物プランクトンの光合成によって生産された有機物は海水中を沈降・海底に堆積し、それが分解されると窒素・リンの一部が栄養塩として海水中に回帰します。有機物の分解の際には海水中の溶存酸素が消費されるため、分解する有機物が多いと貧酸素水塊の発生に繋がります。筆者の海洋環境・生態系モデルは、a.海水の流れを3次元で予測する流動サブモデル、b.植物プランクトンの光合成や有機炭素・窒素・リン・溶存酸素の循環を算定する水質サブモデル、およびc.海底に堆積した有機物の分解および窒素・リンの回帰を予測する底質サブモデルで構成され、上記メカニズムが可能な限り詳細に考慮されています。
3.渦鞭毛藻ブルームの再現の難しさ
4.将来予測と対策に向けて
本プロジェクトでは今後中国からの汚濁負荷流入量はどう変化するのか、社会環境システム研究センターの協力を得て、AIMを活用した将来予測・対策シナリオの研究を開始しています。最新の海洋環境・生態系モデルを使ったシミュレーションはこれからですが、過去のモデルシミュレーション結果では長江流域からの汚濁負荷物質、とくに窒素の流出量を削減すれば渦鞭毛藻の増殖抑制に効果があるとの試算が出たものもありました。
東シナ海の環境・生態系に影響を及ぼすものは長江からの汚濁負荷流出のみとは限りません。最新の研究では、大気から東シナ海に沈着するアンモニアや窒素酸化物の影響も無視できないことが分かってきました。気候や海流の変動、温暖化など地球規模で起きる現象などもあり、海洋環境・生態系の予測にはまだまだ考えなければならない要素が多く残されています。しかし、我々人間は生態系から多くの恩恵を受けて日々生活しており、今後も持続的に享受し続けていく必要があるため、分からないままでは済まされない問題だと個人的に思っています。生態系機能の理解が進み、効率的に活用される技術が確立するとともに、環境への負荷が少ない自然共生型社会が広域スケールで構築されることを期待しつつ、それに科学面で貢献できるように今後も海洋環境・生態系モデルの研究を進めていきたいと考えています。
執筆者プロフィール
学生時代の研究は「トウモロコシ」と「地下水」が相手でしたが、国立環境研究所に赴任してからは「植物プランクトン」と「海水」になりました。モデリングに関しては結構応用が利くことに、自分でもビックリしています。日頃はデスクワーク中心ですが、定期的に訪れる現場観測・調査がリフレッシュ(現実逃避?)とモチベーションの向上に繋がっています。
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