Balancing a budget or running a deficit? The offset regime of carbon removal and solar geoengineering under a carbon budget
(予算の均衡化か、それとも赤字への転落か?炭素除去と放射改変のオフセットによるカーボンバジェットの予算管理体制という命題)

Shinichiro Asayama, Mike Hulme, Nils Markusson
2021.8.5

論文情報

Balancing a budget or running a deficit? The offset regime of carbon removal and solar geoengineering under a carbon budget
(予算の均衡化か、それとも赤字への転落か?炭素除去と放射改変のオフセットによるカーボンバジェットの予算管理体制という命題)

著者: Shinichiro Asayama, Mike Hulme, Nils Markusson
年: 2021
掲載誌: Climatic Change, volume 167, Article number: 25

キーワード

カーボンバジェット;気候工学(ジオエンジニアリング);二酸化炭素除去;太陽放射管理;オフセット;ネットゼロ

概要

炭素予算(カーボンバジェット)という考え方は、気候変動問題を定義し、定量化するための強力な概念ツールです。科学者たちは、カーボンバジェットを「世界全体のCO2排出を正味ゼロにするという政策目標を科学的に裏付ける地球物理学的な概念」として示していますが、予算(バジェット)という金融用語のメタファーは、予算の収支バランスを監督する「予算管理者」の存在を比喩的に示唆します。本論文では、この「予算管理者」という架空の人物を探索的な概念装置として用いて、カーボンバジェットの下での二酸化炭素除去(CDR)と太陽放射管理(SRM)の役割を分析しました。

本稿の主な論点は、カーボンバジェットの枠組みにおいてはCDRとSRMはともに「オフセットの技術」として捉えることができるというものです。すなわち、CDRはCO2の正の排出を負の排出を生み出すことで相殺するのに対して、SRMは温室効果ガスの正の放射強制力による温暖化を人為的に生じさせる負の強制力による冷却で相殺する手段として捉えることができます。さらに、このオフセット技術は、カーボンバジェットの予算管理において、二つの異なる戦略を行うための柔軟な予算管理ツールとして作用すると考えることができます。つまり、CDRとSRMの技術オプションは、均衡予算を維持するという期待を醸成する一方で、赤字予算へと陥らせる可能性をも同時にはらんでいるのです。オフセット技術の魅力は、定めされた予算を守っているかのような<見せかけ>を装うことができるというだけでなく、ある一定の期間、予算制約を緩和することを可能にする柔軟性にあります。しかし、このオフセット(相殺)には政治的な副作用があります。それは、あらかじめ地球物理的に定められたカーボンバジェットの厳しい予算制約を、人間の都合や裁量次第で自由に変更可能な単なるベンチマークに等しいものに変質してしまうことです。その結果として、カーボンバジェットの予算枠を大きく超過したCO2排出という「赤字財政」を、よくある通常の許容可能な財政状況として受け入れてしまうことになります。

この分析結果を踏まえた上で、政策決定者がどのようにカーボンバジェットの予算管理を行うかを考えてみると、政策立案者は往々にして自らの責任を逃れる方向に行動する傾向にあり、パリ協定で定められた気温目標(1.5℃または2℃より十分低い水準)を達成できなかった場合の「失敗」を認めることを回避するために、CDRやSRMのようなオフセット技術に頼る懸念があることが示唆されます。

図: オーバーシュート・シナリオ(a)とシェイブオフ・シナリオ(b)におけるカーボンバジェットの変化の概念図