世界のコムギ生産の適応経路:気候変化への戦略的な適応の重要性

田中朱美・高橋潔・増冨祐司・花崎直太・肱岡靖明・塩竈秀夫・山中康裕
2015.10.2

論文情報

 Adaptation pathways of global wheat production: Importance of strategic adaptation to climate change
(世界のコムギ生産の適応経路:気候変化への戦略的な適応の重要性)
 
著者:Akemi Tanaka, Kiyoshi Takahashi, Yuji Masutomi, Naota Hanasaki, Yasuaki Hijioka, Hideo Shiogama, and Yasuhiro Yamanaka
(田中朱美、高橋潔、増冨祐司、花崎直太、肱岡靖明、塩竈秀夫、山中康裕)
 
掲載雑誌:Scientific Reports, 5, 14312; doi: 10.1038/srep14312 (2015).

 

概要

地球温暖化などの気候変化は作物の収量に影響を与えると予測されています。食料生産を維持するために、作物収量に対する将来の気候変化が及ぼす負の影響を軽減する方策(適応策)を実施することは重要です。適応策の時系列を示す「適応経路」を描くことは、気候変化が進む中でいつ・どのような適応策が求められるのかを検討する上で有効な手段となります。本研究では、世界の主要なコムギ生産国9か国について、2010–2090年代の10年代毎に、現在からの収量減少を防ぐために必要な適応策を逐次的に導入していくと仮定して、21世紀にわたり現在のコムギ収量を維持するための適応経路を導出することを試みました。適応策として、(1) 灌漑面積の拡大と(2) 品種の変更および新規の高温耐性品種の開発導入の2つを考慮して適応経路を評価した結果、適応導入のタイミングや強度が各国で大きく異なることがわかりました(図1)。また、適応策導入の適切なタイミングを逃した場合と比べて、将来必要な適応策を予測し、着実に導入を進めることで、気候変化が及ぼす負の影響(本研究ではコムギ収量の減少)を軽減できることが示されました。本研究の適応経路は食料需要の増減や社会経済変化を考慮しないなど、様々な制約下の結果ですが、本研究で提示した手法は世界の食料生産の気候変化に対する適応の時間的側面を定量的に評価するための第一歩になると考えています。

図1. アメリカとインドにおける、現在(1990年代)のコムギ収量を維持するための適応経路と収量変化率の推移の例。
図1. アメリカとインドにおける、現在(1990年代)のコムギ収量を維持するための適応経路と収量変化率の推移の例。
灌漑レベル、品種レベルは適応策の強度レベルで、値が大きいほど強い適応策が必要であることを示す(レベル0は適応策導入なしである)。灌漑レベルの上昇は、より大規模な灌漑面積の拡大が求められることを示す。品種レベル1は品種変更(現在の植付品種を別の既存品種へ変更する)、品種レベル2以上は新規の高温耐性品種の開発導入が必要で、高レベルほど耐性が強い品種が求められることを示す。