つちや・かずあき
秋田市生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。博士(農学)。同研究科での助教等を経て、2021年から国立環境研究所に勤務。国連の生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)ネクサス評価報告書の主執筆者を務める。趣味はジャグリング。
つちや・かずあき
秋田市生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。博士(農学)。同研究科での助教等を経て、2021年から国立環境研究所に勤務。国連の生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)ネクサス評価報告書の主執筆者を務める。趣味はジャグリング。
食べ物の研究をしています。といっても個別の食事ではなくて、地球規模での食事の仕方に関心があります。私は、気候変動対策と生物多様性保全の目標を同時に達成するための鍵となるのが食だと考えており、人類がどのように食べ方を変える必要があるのか、どのような取り組みをすると将来、二つの目標を同時達成できるのか、シミュレーション分析をしながら考えています。
近年、気候変動対策と生物多様性保全の関係に注目が集まっています。これまで、気候変動と生物多様性の問題は別々に考えられることが多かったのですが、生物多様性の観点から避けるべき気候変動対策等も存在し、両者を同時に解決できる取り組みが求められるようになりました。食について考えてみると、私たちが食べている牛のゲップや排せつ物から放出される大量のメタンや一酸化二窒素は、地球温暖化の要因の一つになりますし、農耕のために森林を伐採したり、土地の使い方を変えたりすることは生物多様性に大きな影響を与えます。つまり食は、気候変動と生物多様性の両方の問題に直接的に関係しているのです。
インドやインドネシア、サハラ砂漠以南のサブサハラアフリカなど、「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国が発展していく中で、人類が食べる量も増えていくことが予想され、何の対策もしなければ、気候変動や生物多様性に深刻な影響を与えることになります。具体的にどんな影響がありうるのか、食事の仕方を変えた場合、問題の深刻化をどの程度抑えられるのか、いろいろな食べ方を考えながら研究に取り組んでいます。
高校の生物の教科書で見た食物連鎖の図が、研究の道に進んだきっかけかもしれません。植物があって、それを草食動物が食べて、それを肉食動物が食べて、死んで土に還る。生き物が「食べる」と「食べられる」でつながって、世界ができているという考え方がすごく面白くて。そういうことを勉強したくて、大学は農学部の生態学に進みました。当時は理学部ではDNA分析などミクロな研究が中心になっていたので、もう少し大きな視点で学べる農学部を選びました。
職業として研究者になろうと決めたのは、修士課程に進んでからです。博士課程に進んだ先輩や周りの人たちに面白い人が多くて。単純に、生き物やその周辺の分野で新しい考え方や分析を取り入れて研究している人の身近にいて、研究成果や考え方をもっと聞きたいと思ったんです。「これを解明したい」というのとは少し違っていて、当たり前に存在する「自然」の背景にどんな仕組みや理由があるのかを探求したいという思いがありました。
例えば国立環境研究所(国環研)の構内にはノウサギが暮らしているのですが、ノウサギがいるということは、ノウサギが食べるものがあって、ノウサギが住む環境というのが整っているということです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、それってパッとは分からないですよね。私はノウサギが生きていられる、その背景にあることを理解することに興味があります。自分が実感として理解できる感覚を大切にしていて、植物でもなぜそこに生えているのか、背景や成り立ちを理解できるとすごく面白いと感じます。
今取り組んでいる食べ物の研究への関心も、出発点は同じです。人間も、生き物のつながりの一部です。東京にもどこかから食べ物が運ばれてきて、食べ物をめぐる、ある種のシステムの中で街として成り立っているわけです。食べ物が消費されるまでには、生産、加工、輸送、調理などのさまざまな段階があって、この全体が一つの仕組みになっています。自然と人、都市と農村とがつながって成り立っている「食のシステム」の背景にあるものや仕組みを理解したくて、食の研究をしています。
博士論文のテーマは、元々里山だった都市郊外の自然環境をどうやって守っていくのかということでした。手付かずの自然や、里山を守ることの価値は認識されるようになってきましたが、街中や家の庭のような身近な自然についてはどうでしょうか。人々の考え方はだいぶ変わってきましたが、それでもまだ、なぜ生物多様性を保全する必要があるのかと疑問に思っている人が一定数いると思いますし、私自身、なぜ重要なのかを説明できるようになりたいと考えています。身近で触れられる自然が人にどのような影響を与えているかが分かってくれば、世界全体の生物多様性への理解も深まるかもしれません。今後は、身近な自然の価値を科学的に解明したいと考えています。
2011年に東京大学大学院を卒業した後は、タイやインドネシアなどで、食べ物について研究するプロジェクトチームに入りました。タイでは首都バンコクの周りに農地が広がっているのですが、都市の発展に伴い、農地をどう守っていくべきかが課題になっていました。農地が住宅地などに開発されてしまうことを都市計画などで規制し、田畑を守っていこうとする研究が多かったのですが、私たちの研究では畑から市場を通じて消費者へと、どのように食べ物が流通しているのかを調べました。少し視点を変えて、消費者と生産者をうまくつなげることで農地を守っていくことはできないかを研究しました。
インドネシアでは、村における食事の内容に、村の中で生産されている農作物がどの程度含まれているかを調べました。多様な作物を村内で生産することが、栄養バランスの良い食事につながるのではないかという観点からの研究でした。タイでの研究と同様、生産者と消費者とを結び付け、消費側の問題である栄養バランスの改善を、生産側を含めて解決できないかを考えました。
新しいことに挑戦したくなって、2021年に国環研に入所しました。自分の子どもが毎日「発見」して、世界を広げている姿を見ていたらうらやましくなったんです。新しい研究手法を用いて、政策に近いところで何かできないかという思いがありました。国環研に来て、これまで取り組んだことのなかった、モデルを用いたシミュレーション分析を行うことになりました。
既に導入されている対策なら結果を検証すればいいのですが、これまで考えられてこなかったような対策を導入したらどうなるでしょうか。考えるための材料を提供するのが、シミュレーション分析です。生態系を守るために保護地域を作ったり、特定の生き物を手厚く保護したり、大事な生き物を野生に復帰させたりすることはもちろん重要ですが、生き物を守るために食を変えたらどうなるかという発想はありませんでした。食を変えることで、生物多様性を守る効果があること、そして人々にどのようなアプローチをすれば食べ方を変えてもらえるのかが分かってくれば、生態系を守り、同時に気候変動対策にもなる新しい選択肢が生まれることになります。
2022年からは、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の生物多様性版とも言われる「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)」報告書の主執筆者も務めています。私が担当しているのはネクサス評価報告書の将来の章で、生物多様性と食べ物、水、健康、気候の五つの要素の相互関係について将来シナリオを分析した研究を集めて、将来起こり得る各要素間の関係について、科学的に分かっていることをまとめています。 今は、食べ物を変えることと生物を守ることは一般的には結び付いていないように思うので、報告書の公表を通じて、新しい環境政策を提案できればと思っています。
行ったことのない場所に行ったり、食べたことのない物を食べたりするのは好きです。外国からのお土産にも挑戦するようにしていますし、スーパーで売られている代替肉を食べ比べたりもしています。とはいえ、菜食主義者というわけではありません。他の人と共通する肉食をやめない理由が見つかるかもしれないので、菜食主義者でないことも研究につながるかな、なんて思っています。
食べ物の研究は飽きないですね。種類は多いし、他の国に行けば全然違う。昔と今でも違うし、そういう多様さが、本当に面白いなと思います。研究者になって良かったです。間違いないですね。新しいことが日々分かって、自分が発表するのも、人が発見したことをいち早く知ることができるのも楽しい。今後もどんどん、新しいことを「発見」していきたいです。
(聞き手:菊地 奈保子 社会システム領域)
(インタビュー撮影:成田 正司 企画部広報室)