“地球市民”の視点で持続可能な代替エネルギーシステムを提言する

Vol.14 SILVA HERRAN Diego (社会システム領域 主任研究員)
2023.2.7
ィルバ・エラン・ディエゴ

南米コロンビアの首都ボゴタ出身。コロンビア国立大学卒業後、日本政府奨学金留学生として2010年に東北大大学院工学研究科で博士号(工学)を取得。国立環境研究所などでのポスドク(博士研究員)、地球環境戦略研究機関でのリサーチマネージャーを経て、2019年から現職。妻は日本人で一男一女の父親。趣味はドラム演奏。

 

複雑な仕組み 解き明かすのが好き

 細かいところまでこだわる性格は、日本人より日本人らしいと言われます。複雑なことの背景にある仕組みを理解するのが好きなんです。細かくて入り組んでいて、集中しないと理解できないような構造を解き明かすのが好きなんです。

 専門は、持続可能な開発のためのエネルギーシステム。代替エネルギーシステムの考え方と発展途上国の特徴を考慮したエネルギーシステムの構築が専門で、エネルギー政策の中で最も望ましいエネルギー構成比を研究しています。どんな資源をどれぐらい使うのか、どのタイミングで、どの産業で使うのか、いくつもの組み合わせが考えられるわけですが、コストを重視するのが良いのか、それとも環境への影響が少ないものが良いのか、条件を細かく設定しながら、あらゆるパターンを想定して比較していきます。

大学では化学工学を専攻していましたが、持続可能な社会の実現の役に立つ研究がしたくて、大学院で専門を切り替えました。エネルギーが届いていないコロンビア農村部の状況を分析し、どのようなエネルギーシステムが望ましいかを考えました。

 現在は、世界の風力と太陽光発電のエネルギーポテンシャルを推計する研究に取り組んでいます。1時間ごと30キロメッシュという時間と空間単位で、各国の土地利用と風速および日射の状況に合わせて、細かい精度で分析しています。人が住んでいるかどうか、農業に影響があるかどうかも考慮します。太陽光パネルや風力発電機を設置できないと想定した場合はどういう結果になるか、特定の技術に限定して設置した場合はどうかなど、いろいろなパターンを考えます。技術レベルやコストも考慮し、将来シナリオに活用できるようにデータ整理や分析を進めています。最近は生態系への影響についても、厳密に考えるようになりました。

上:地理情報システムを用いて推計した世界の風力発電ポテンシャル(年間平均設備利用率、%)
下:AIM/CGEを用いた将来シナリオ分析による世界の各地域における総発電量に占める再生可能エネルギーの割合。データベースとして公開されている(COMMIT Consortium. (2021). COMMIT Scenario Explorer (1.0) [Data set]. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.5163588)データを用いて、Silva Herran Diego主任研究員が作成した。

日本への留学で 「世界」への扉が開いた

 小学生の頃から、研究者にはあこがれていました。世界的な惑星科学者である故カール・セーガン博士が監修した『コスモス』というテレビ番組があって、宇宙だけでなく生物や人間、歴史のことを研究者が教えてくれるんです。それを見て研究に興味を持つようになりました。白衣姿の人が出てくると、「あ、面白そう」と思うようになったんです。

 とはいえ、ずっと研究者になりたかったわけではありません。早く社会の役に立てるようになりたくて、企業での就職を目指して就職活動をしたこともありました。ただ、ちょうど国の景気が悪くて順調にはいきませんでした。大学では日本語を学んでいたのですが、授業を通じて日本に留学できることを知り、留学して勉強を続ける道を選びました。留学を決めた後で、「研究者になれるかもしれない」と気付きました。

 日本語を学ぼうと考えたのは、スペイン語と日本語が全くの別物だったからです。漢字も魅力的。共通点がほとんどなく、日本語のような複雑な言語を使えるようになりたいという思いがありました。文化や音楽、芸術もスタイルが異なり、それも面白く感じていました。日本に来るのが決まってからは、雪を見るのを楽しみにしていましたね。初めて見たときはわざわざ外に出て直接触って、ちょっと食べてみたほどです。

世界を対象に研究しているが実際にはデータだけを取り扱うことが多いため、デスクには地球儀を置いてイメージを膨らませている

 コロンビアでは、そもそも日本に留学できることがあまり知られていません。物価が高いイメージがありますし、文化と言葉が全く違うので生活しにくいのではないかと思われています。気候についても、日本には四季がありますが、コロンビアはほぼ一年中同じ気候で、日が沈む時間も全く変わりません。南米出身者は、暗い天気が続く日本の冬には憂鬱になりやすいので気を付けるように言われたりもします。日本はまさに「異国」で、そこが魅力的でした。

 来日してすぐは留学生用の寮で暮らし、交流するのもほとんどが留学生でした。日本語では簡単な会話しかできず、配慮してもらえないと話せません。授業は分からないし、ゼミに参加してもやはり、日本語での長時間の議論が待っています。大変でした。1年以上経ってやっと、日本語が上達してきたと感じられるようになりました。研究室ではリラックスして過ごすことはできず、徹夜も多くて勉強するのに必死でした。

 大変なことも多かったですが、多様なバックグラウンドを持つ友人と過ごす日々は楽しくもありました。日本に留学したのは良い決断だったと思っています。自分の中で、「世界」への扉が大きく開きました。留学していなければ、自分の人生の面白さは今よりもすごく小さくなっていたと思います。今は自分がコロンビア人という感じはありません。日本人というわけでもなくて、「地球市民」のような感覚があります。留学しないと、そんなふうにはなれなかったと思います。

チャンス逃さず挑戦するのが研究者

 博士号を取得した後は、国際的な機関で仕事をしたいと考えました。国立環境研究所のポスドクに応募したときも、世界銀行やドイツの研究機関にも応募していました。国立環境研究所のことは、統合評価モデルAIMを通じて知っていて、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に貢献しているAIMの研究チームに入り、その活動に貢献できるようになったことを今、誇りに思っています。ある意味で夢が叶ったと感じています。

 とはいえ、ここまで来るのには苦労もしました。国立環境研究所にポスドクとして在籍中に結婚して子供も生まれたので、家族と一緒に暮らすことを前提に就職先を見つける必要がありました。妻も仕事をしていますから、選択肢が狭まってしまうんです。次に決まった仕事は残念ながら2年間の契約だったのですが、それでも飛び込みました。いくつかの研究機関での経験を経てようやく、現職に就くことができました。

 チャンスを逃さないことは、研究者という職業を生きる上で大きな意味を持っています。どんな職業でもそうなのかもしれませんが、特に日本では博士号を取得してすぐに安定した研究職に就けるわけではないことが多いですから、チャンスをつかむことが重要です。日本に来たのにも似たようなところがあったかもしれません。チャンスがあって、手を挙げて飛び込んで、それが今につながっています。挑戦しなければ何もない、そう考えてきました。

多様性を尊重 各国の事情を考慮して分析

 今後もテーマとしては、世界のエネルギーシステムの代替案としての再生可能エネルギーについて研究していきたいです。「地球市民」として、日本でも南米でも欧州でもない視点を生かしていきたいとも考えています。

 環境にも社会にも多様性があります。発展途上国は一つのグループとして考えられてしまうことが多いですが、発展途上国にもいろいろな国がありますし、各国の中でも地域によって状況は異なります。日本もそうなのですが、多様性を考慮しないと研究から得られるメッセージが誤解されてしまう場合があります。各国間や各国内の多様性をある程度考慮できるような研究ができると、研究から得られるメッセージももっとクリアになると考えています。

世界的な役割を持つ研究チームで働ける毎日にやりがいを感じている

 研究では、どういった政策や技術が望ましいのかを提案するわけですが、地域の特徴を考慮していない研究では、持続可能な開発に貢献できる部分が限られてしまいます。例えば地震大国の日本には本来、原子力発電は合わないんです。ただ、日本の原発は耐震性が非常に高く、地震に耐えられるという条件付きで、選択肢の一つとされています。

 エネルギー選択について、同様の事情は他国にもあるかもしれません。個別に事情を勘案していると、なかなか世界全体のシミュレーションは進みませんが、そのばらつきを少しずつ導入できるように工夫して研究を進めています。例えば、世界的な分析では10~30の地域に分けて行うことが多いのですが、別のツールを活用してもう少し細かい地域で分析し、その結果を世界的な分析でも参照するということをしています。

研究の価値や意義 社会に発信していく

 私たちがこれまで快適に暮らせてきたのは、持続可能な状態を維持することを軽視してきたからではないかと考えています。快適さを優先し、どこからか「奪って」きたのかもしれません。奪った分は、何らかの方法で戻して、バランスを取り戻さないといけません。

 現在、バランスは壊れつつあり、一度壊れてしまうと影響は長期に及びます。技術と人間の行動によって、何とかバランスを取り戻す方法が見つかってほしいですし、私は研究を通じて、持続可能な状態を維持するために、化石燃料の代わりに再生可能エネルギーを利用するという代替案があることを示そうとしています。再エネの利用が別の生態系のバランスを壊す恐れもありますが、そうしたバランスも壊さずに再エネを活用するにはどうしたらいいかということをきちんと示していきたいです。

 研究者には、挑戦というイメージが伴うと思います。研究者に向いているのは、新しいことを考えられる人です。今あることから離れて自由に、自分の考えを言える人です。社会への発信も必要です。自分の研究と初めて向き合う人に伝えるのは難しいですが、膨大な時間をかけて得た研究成果の価値は、社会に分かってもらいたいですね。新しい知識を得るための挑戦だけではなくて、ほかの研究者や協力者と交流しながら、社会や政策決定者に対して、自分が取り組んでいる研究が意義あるものだと納得してもらうための挑戦も続けていきたいです。

(聞き手:菊地 奈保子 社会システム領域)
(撮影:成田 正司 企画部広報室)

<インタビューを終えて> 日本語が堪能で、違和感なく日本社会に馴染んでいるコロンビア出身のディエゴさん。なぜ来日したのかを伺ってみたいと、ずっと思っていました。いつも穏やかで周囲に気を遣ってくださるディエゴさんですが、これまでの選択を知れば知るほど、自身へのストイックさが強く伺えました。複雑な言語だったから日本語を学んだということですが、それも納得。これからも、高い目標を掲げて挑戦していく姿を応援していきたいです。