シミュレーション分析で複数の環境問題の同時解決を探究する

Vol.13 花岡 達也 (社会システム領域 室長)
2022.12.28
はなおか・たつや

所沢市出身。東大工学系研究科地球システム工学専攻修了。博士(工学)。2004年に国立環境研究所に研究員として入所、主任研究員等を経て2020年より現職。体を動かすのが好き。

求められるのは現場感ある研究

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の評価報告書によると、地球温暖化が人間の活動による影響であることに疑う余地はありません。現状の対策の延長では温暖化を止めるのは難しく、社会が変わる必要があります。これまで、対策の長期的な道筋を示すことが研究者の主な役割でしたが、2025年ごろには世界の温室効果ガスを減少傾向に転じさせなければならない今、「現場感のある研究」が求められるようになっています

取り組んでいるのは、地球温暖化や大気汚染、廃棄物などの環境問題の同時解決に向けたシミュレーション分析です。国立環境研究所などで開発したアジア太平洋統合評価モデル (AIMAsia-Pacific Integrated Model)を用いて、日本だけではなくアジアも含めた世界全体を対象に分析しています。

アジアにおける大気汚染物質の排出予測について、さまざまな想定でシミュレーション分析した結果を示している
図出典:環境儀 No.74(2019)「アジアの持続可能な発展に向けて」 (https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/74/10-11.html)掲載の著者作成図を簡略化

 一般に、温暖化対策を講じると大気汚染は改善されることが分かっていますが、対策の組み合わせによっては、ある大気汚染物質が減るけれど別の大気汚染物質が増える、ということもあり得ます。どこがターニングポイントなのかを知るために社会実験を行うわけにはいかないので、コンピュータ上で仮想社会を表したモデルを用いて、シミュレーション実験で分析するわけです。こうした複雑な現象を把握するのがモデルシミュレーションの役割で、僕のやっていることです。

知らなかった現状 見えてくるのが分析の面白さ

 分析では、予想通りの結果になることもありますし、気付かなかったことが見えたり、予想外の結果になったりすることもあります。シミュレーションの前提条件の設定を変えて分析することで、今まで知らなかった新たな事実が分かってくるのが面白いですね。モデル分析というのは、条件や設定を変えたら結果も変わるので、はたから見ると「うさん臭さ」を感じることもあると思いますが、自分の研究についてはきちんと説明できるように心掛けています。

画面に表示されているのは現在取り組んでいる研究のシミュレーションの様子

 設定を決めるのは、本当に難しいです。僕らが取り組んでいる「統合評価」モデルというのは、良く言えばさまざまな要素を取り込み統合した「分野横断的な分析」ですが、悪く言えばいろいろな要素の「寄せ集め」です。それぞれの分野の専門家が見たときに妥当な取り込み方であるのか、不自然ではないかどうかは意識しています。とはいえ、それぞれの分野を意識しすぎると研究に終わりがないので、「どこが取り込むべき根幹か、どこが省略できる枝葉か」を吟味し、根幹を抑えられるように心掛けています。専門家の意見を反映させ、さまざまな報告書やデータを調査して分析し、それを基に設定を決めるというやり方をしています。

 例えば二酸化炭素を地中に貯留する技術があります。ある国や地域にどれぐらい貯留できるか、どのくらいコストがかかるかという情報を報告書や論文から集めてきて、シミュレーションの条件として入力して分析します。しかし、国際学会で結果を発表すると、現場の方から「実情は違う」とか、「IPCCの報告書で示されている普及スピードで導入するのは難しい」などの意見をいただくこともあります。シミュレーションの設定条件が実現可能であるかどうかには、気を付けなければいけません。モデルシミュレーション分析はあくまで、ある一定の条件を入力した場合の「予測」であり、脱炭素社会に向けた理想の社会像と現状とのギャップがどこにどの程度あるのかを知るための道具の一つだと考えています。

自己満足にとどまらない課題解決に役立つ研究を目指して

 研究者を志そうという思いは全くありませんでした。小中学校時代は水泳と陸上をやっていて、大学では毎日、トライアスロンのトレーニングをしていました。教科書と同じことを板書する勉強には意義を見いだせず、トレーニングの合間に必要最低限の単位を取得しに大学にいくという感じでした。それが、4年生になって、テーマを決めて研究し始めたら面白くなってしまって。「これだよ!大学って!」と、就職活動はやめて修士に行くことにしました。

 「なぜそうなのか」「どうしてだろうか」「本当だろうか」という疑問から、修士の研究がスタートしました。その疑問に答えるためにデータを集めて分析して、傾向が客観的に把握できて、そうすると新たな問題が見えてきて。学会で発表すると、「そんなことがあるの?」みたいな反応が得られて、研究がどんどん面白くなっていきましたね。

 高校時代にオーストラリアに1年間留学し、日本人であることを強く感じるとともに、世界とつながる面白さを知りました。環境問題は日本国内にとどまらない問題なので、国際的な研究活動に取り組みたいと考えるようになり、そのためには博士号を取得する必要があると思いました。指導教官には「博士号をとっても就職先がないかもしれない」と言われましたが、それで逆に研究者として生きていく覚悟を決めました。ちょうど京都議定書が採択され、環境問題が紙面をにぎわしていた時代でした。研究は知的好奇心を満たす究極の自己満足だと思いますが、自己満足だけでなく世の中に役立つ何かができないかと思って、環境問題の中でも気候変動対策を研究テーマに選びました。

集中できる環境を模索中。視界に何も入らない方が集中できると聞いたので、最近は何も置かないようにしている。

 僕の関心は「複数の環境問題の同時解決」で、今はちょうど「気候変動対策と水銀対策」の論文を書いています。水銀汚染問題は、気候変動対策とは一見関連がないように思えますが、排出削減対策の観点でつながりがあります。気候変動対策を講じると水銀はどの程度減るのか、さらに減らすにはどのような対策が必要なのかなどの分析をしています。また、気候変動問題と大気汚染問題の同時解決の研究や、最近では、気候変動問題と窒素問題や廃棄物問題などとの関係にも取り組んでいます。例えば、下水処理対策を講じると、水質は良くなって途上国の生活環境は良くなりますが、逆にエネルギーを消費し、また汚水処理方法によっては温室効果ガスの排出量が増えるかもしれません。知りたいことが多く、分析対象とする要素を増やしているところです。

 100年くらい先の遠い将来を分析する研究分野もありますが、僕は今から約30~40年先の近い将来の分析に焦点を当てています。実現可能性を検討し、リアリティを持った研究を心掛けているからです。誰もが身近に感じることができるので「机上の空論だよね」と批判もされやすく、そこがシミュレーション分析の難しいところですが、道筋を示して定量的に可視化することで「そういうこともあり得るかもしれない」と示すことが重要な役割です。自分の子どもたちが生きていく将来に、悪い遺産を残したくないという思いで研究しています。

チームで研究した方が断然楽しい

 研究者の育成にも力を入れています。途上国からデータをもらって解析し、その成果を途上国に「教える」ような研究スタイルもありますが、それでは途上国の研究現場は向上しません。途上国の研究者が自ら研究をし、自国内で議論が起きて、それがその国の政策決定に結び付くのが理想だと思います。実際にタイやインドネシアでは、僕らの共同研究者が自国の脱炭素対策の研究に取り組んでおり、その成果が政策決定の議論に活かされるようになりました。協力者として、これからも関わっていきたいですね。

 研究していて嬉しいのも、一緒に研究している若手研究者が書いた論文が良いジャーナルに載って、それが彼らのキャリアアップにつながったりするときです。自分自身については頑張れば結果が出るのはある意味当たり前で、結果が出なければ自己責任ですが、一緒に研究している若手研究者に良いことがあると、「狙い通りうまく行った」と嬉しくなります。逆にうまくいかなかったときは、僕の着眼点や意見が悪かったかなと悩んじゃいますね。

 仲間はすごく大事です。仲間が増えればやれることが広がって、もっと面白いことができますから。1人でできることは限られてるので、自分がやりたいと思った関心やアイデアを誰かが一緒に実現してくれたら、それも嬉しいです。仲間がいて初めて、研究がさまざまな方向に発展できると思っていますし、チームを組んだ方が断然楽しいです。

 気分転換には体を動かしています。仕事前のウォーキングやジョギングを日課にしていますし、プールでも泳いでいます。キャンプや山登り、バーベキューも好きですね。アウトドアが好きなのに、なんで毎日部屋に閉じこもっているのかとも思いますが、一日中パソコンに向かっていても苦ではないです。やっぱり、データを分析するのが好きなんでしょうね。


(聞き手:菊地 奈保子 社会システム領域)
(撮影:成田 正司 企画部広報室)