“社会の仕組みデザインする”視点で温暖化研究に取り組む

Vol.11 高倉 潤也 (社会システム領域 主任研究員)
2020.10.13
たかくら・じゅんや
石川県能美市出身。九州大学大学院統合新領域学府博士課程修了。博士(芸術工学)。2008年、株式会社東芝に入社。同社にてヒューマンインターフェース技術等の研究開発に携わった後、2016年から国立環境研究所。特別研究員、研究員を経て現職。

温暖化による労働者の熱中症リスク増大の影響を推計

 地球温暖化が、世界の人々の生活や社会にどのような影響を与えるかを研究しています。例えば、暑くなると屋外で働くときの熱中症のリスクが高くなりますが、1)どのくらいの時間であればリスクを避けて安全に働くことができるか、2)働けなくなることでどの程度の経済的な影響があるか、3)どのようにすればリスクを避けて働くことができるか——といったことを分析しました。

 研究では、気候モデルの計算結果から得られる気温や湿度などの結果をもとに、統計的機械学習の手法を用いて「暑さ指数」の値を推定する手法を開発して使用しました。暑さ指数の値に基づき、熱中症のリスクを避けて安全に働くことのできる時間がどれだけ減少するかを算出します。そして、それによって世界全体でどの程度の経済的影響が生じるかを経済モデルを使って推計しました。その結果、図1に示すように温室効果ガスの排出を削減する対策が取られずに温暖化がこのまま進んだ場合には、熱中症のリスクを避けて働くことのできる時間はかなり減ってしまい、何も対策を取らなければ経済全体にも大きな影響を与える可能性があることが分かりました。

図1:熱中症のリスクを避けて作業に従事可能な時間(年間の平均)への影響と、影響を避けるために必要な労働時間帯のシフト量の推計結果。RCP2.6は温室効果ガスの大幅な排出削減を実施できた場合。RCP8.5は温室効果ガスの排出が過去のペースのまま増え続けた場合。

 対策として、日中の暑い時間帯ではなく涼しい早朝に勤務時間を前倒しすることの効果も検証しましたが、熱中症のリスクを避けつつ現在と同じ作業時間を確保するには、21世紀の終わりには世界平均で約6時間も、始業時間を早めることが必要だということが分かりました。始業時間を早めるといった小手先の対策ではなく、屋外の肉体労働に依存する産業構造からの転換や、そもそも地球温暖化を防ぐといったことが、温暖化による社会や経済への影響を少なくするためには重要であることを示す結果でした。

仕組みをデザインする「芸術工学」が専門

 専門は「芸術工学」、英語でいう「デザイン」です。ここで言うデザインは色や形だけでなく仕組みも含めて考えるもので、「設計する」とか「計画する」という言葉の方が意味は分かりやすいと思います。特に、人間にとって望ましいデザインについて考える「人間工学」の分野を中心に大学では勉強していました。

 大学の研究室では、実験室の中で人の心電図や脳波を測定するような研究をしていました。例えば、暑い部屋で涼しいイメージの映像を見せるとどのような反応を示すか、といった実験です。東京五輪でアサガオの鉢を並べて視覚的に涼むという試みが検討されていましたが、そういう対策は逆効果で、むしろ有害だということを実証するような内容ですね。生理学や心理学に近いかもしれません。

 もともとは個人レベルの現象を専門にしてきたわけですが、社会全体を対象とした研究ができる場所を探していたタイミングで、国立環境研究所で働く機会をいただきました。一人一人の行動が集まって世の中全体ができているわけで、社会全体がどういうふうになるか、どういうふうにしたらいいかということを研究したいと考えていました。

 最初に取り組んだのが、冒頭でお話しした研究です。暑さが人に与える影響というテーマに共通する部分はありますが、対象が実験室の中にいる個人から世界に広がったわけです。世界を対象とする研究は初めてでしたが、研究チームのメンバーに助けられながら成果を出すことができました。今では暑さが人に与える影響に限らず、気候変動によるさまざまな経済的な影響が、世界全体でどのくらいになるかというような研究にも取り組んでいます。

大学での専門にこだわらず挑戦して

 自分は環境の専門家というよりは、専門のスキルを使って環境の研究をしているという立ち位置です。暑さによる労働への影響の研究では、そういう問題があることは気候変動の専門家の間でも注目されていましたが、気候変動の専門家が温熱生理学などに詳しいわけではありません。働く時間をずらすデメリットなど、その分野の知識もあったことが有利に働きました。

 データ処理においても、プログラミングや統計学の知識が役に立ちました。人を対象にした研究では人に由来するデータを処理するので、純粋な工学とは違ってデータにばらつきがあります。ノイズが多いデータから結論を出すには統計的な処理が必要になってくるのですが、そこは気候のデータでも共通する部分があります。

 今の研究は、実験室で実験をするのではなく計算機の中でプログラムを走らせて行うので、プログラムを書くことが研究での主な実作業になります。プログラムが思った通りに動くようになるまで試行錯誤を繰り返しますが、それが研究の中で一番苦労するところなので、ちゃんと思っていた通りの計算ができるようになったときは達成感がありますね。

 卒論や修論で取り組んだらそれが自分の専門と思うようになると思うのですが、社会に出て必ずしも同じ専門で食べていけるわけではないので、若い研究者には、専門がこれだからこれしかやらないというのではなく、いろんなことに挑戦してほしいと思っています。

新しい技術の見落としがないか 確認していきたい

  一般的には研究者は自分が新たな発見をしたときに喜びを感じると思うのですが、自分の場合は他の研究者がやってくれるなら「どうぞ、お願いします」という感じです。例えば温室効果ガスを全く出さずに発電できる方法を見つけようという研究があったとして、その中で競争があるわけですが、誰かが目標を達成すれば人類全体が恩恵を受けられるわけですから、それを達成するのは自分ではなくてもいいと思っています。
 
 ただ、完成したときに「これがないと発電装置が動かない」という部分もあるわけで、そういう部分もカバーできる研究者になりたいなと。物質的な豊かさを実現するような新しい便利な技術は、資本主義に任せておけば放っておいても誰かが作っていくので、新しい技術に弊害はないか、見落としていることはないかを見ていきたいと考えています。そういえば趣味の野球でも、見落としがないかを確認するキャッチャー役を長く務めていますね。
 
 今やっている環境研究って、環境問題という「嫌なこと」がなければ本来やらなくていい研究なんです。理想論かもしれませんが、例えば50年後、研究者が環境研究に取り組む必要がなくなっているといいなと思っています。地球温暖化の問題についても、何も考えずに暮らしていても温室効果ガスを排出しないような社会が実現されているといいな、なんて。
 

(聞き手:菊地奈保子 社会環境システム研究センター)
(撮影:成田正司 企画部広報室)