暑熱リスクと色彩選択:「黒マスクおじさん」の本音

執筆:一ノ瀬俊明(社会環境システム研究センター 主任研究員)
2020.8.11

夏本番が到来しようとしています。2018年の日本の熱中症搬送患者は9万人を超えて過去最多を記録しました。深刻な社会問題となっている夏の暑さですが、新型コロナウイルスの出現でマスクの着用を日常的に求められるようになった今年の夏は、熱中症のリスクがさらに高まっています。本稿では、都市環境学を専門とする筆者が、マスクの色と熱中症との関係について暑熱リスクの観点から考えてみたいと思います。

このTOPICのポイント

 
  • 炎天下、色だけが異なるポロシャツ9枚の表面温度の経時変化を比較すると5分間で20℃以上の差がつくことがありました
  • 暑熱リスク軽減の観点からは、衣服の色彩選択も重要な気候変動適応策の一つです
  • マスクの場合、色選びよりも着用することで呼吸がしにくくなることが問題です

暑熱リスク軽減には白や黄色の衣服を

「炎天下で黒いマスクを着用しても大丈夫なのか」。私自身が黒いマスクを着用しているからではないとは思いますが、6月以降、こんな質問を取材で何度もぶつけられました。

筆者は夏の炎天下、色だけが異なるポロシャツ9枚の表面温度の経時変化を比較する実験を積み重ねてきました。風がほとんどない日中などには、気温30℃程度と比較的涼しい日でも、シャツの表面温度はきわめて短時間で大きく変わってきます。過去の事例では5分経過しても白色のシャツの表面温度が気温に近いままほぼ変わらなかったのに対し、黒色や深緑色のシャツは50℃を超えました(実験に協力してくれたみなさんにはリスクのお詫びをしなくてはなりません)。その差は実に20℃以上。子どもや高齢者が衣服を選ぶ際、色にも注意する必要があることがよくわかる結果です。赤色と緑色の間でも、条件がそろえば10~15℃近い差がつきます。

色だけが異なるポロシャツを5分間日光に当て、サーモカメラで撮影した画像。白色のシャツが30℃なのに対し、黒色や緑色のシャツは45℃を超えている部分が多い

この違いは、太陽から放射されるエネルギーの反射率の違いによって生じます。全ての色は、放射エネルギーの一部を反射し、残りを熱エネルギーとして吸収するのですが、この反射と吸収の割合は色によってそれぞれ異なります。白い物体の表面では、ほとんどすべての色の光に対応した波長帯が反射される一方、黒い物体の表面では多くが吸収されてしまいます。 そのため、白いシャツでは表面温度の上昇が抑えられるというわけです。 暑熱リスク軽減の視点から、衣服の色彩選択も重要な気候変動適応策の一つと言えるでしょう。白いシャツは汚れやすいという理由から避けたいという場合は、反射率が比較的高い黄色や灰色、赤色をお勧めします。

9色のポロシャツ表面の太陽放射反射率を比較したグラフ

屋外では日差し避けて

肝心のマスクに話を戻します。結論を先に述べてしまうと、シャツほど大きな影響はないと考えられます。理由は三つあります。一つ目はマスクの面積がポロシャツと比べて非常に小さいこと、二つ目は蒸発による放熱があること、三つめは呼吸による空気の出入りがあることです。呼気は湿り気を含んでいますので、マスクの表面は汗をかいていない場合のシャツよりは湿った状態であり、表面からは蒸発による放熱があります。呼吸によって空気の流れができますので放熱も促進され、同じ色のシャツの表面ほどは温度上昇が起こらないと考えられます。

もちろん、屋外でマスクが直接太陽にあぶられた場合、その表面温度は上昇します。人によってはジリジリと口の周りがあぶられている感じを受けて不快感を催したり、集中力がそがれたりといった精神的な問題が起きる恐れもありそうです。屋外で黒いマスクを使用する場合は、なるべく日陰を歩いたり、日傘を使ったりして、マスクの表面を直接日射に当てないような工夫をしていただきたいと思います。

マスク着用での激しい運動が原因とされる学校体育での死亡事故の報道(中国)は記憶に新しいですが、色にかかわらず、マスクをすること自体で呼吸のしやすさは影響を受けると考えられます。筆者が利用しているスポーツジムでも、十分な間隔を開けての運動時には着用を義務付けていません。環境省が今年5月に発行した「熱中症予防行動」のリーフレットでは、マスクを着用している時は負荷のかかる作業や運動を避け、適宜マスクをはずして休憩することが奨励されています。炎天下で黒いマスクを着用する場合、色で悩むよりもむしろ、適宜マスクをはずして呼吸することが重要になってくると考えます。

今あえて「黒マスク」

屋外における衣服の色彩がもたらす体感温熱環境影響に関する研究は、2011年の震災後に節電の研究をきっかけとして始めた関連研究です。当初はアパレルなども扱う家政学で扱われているものと思っていましたが、実際は建築学の分野で、色彩よりも素材に注目した研究事例が少数あるだけで、あまり注目されてこなかったのか、黒マスクの着用が体感温熱環境に与える影響について、7月上旬までの約1カ月間に6件も取材を受けることになりました。

どの取材でも強く感じたのは、「黒マスク」を悪者にしようとするスタンスでした。「そうではない」という気持ちを込めて、黒いマスクを着けたまま出演したテレビ番組もあります。当初は強いこだわりがあってマスクの色を選んでいたわけではなかったのですが、一連の取材後にあえて、黒を選ぶようになりました。最近は、自称「黒マスク別にいんじゃねおじさん」でいこうかと考えているところです。

被服色彩選択効果について、詳しくは以下もご覧ください。

 一ノ瀬俊明(2020)最小スケール気候変動適応策としての被服色彩選択効果について.日本地理学会学術大会,東京,令和2年3月;(同発表要旨集,97):J-Stageのみでの発表

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2020s/0/2020s_27/_article/-char/ja