金融とアカデミアとの対話
~地球環境危機の今、どう連携するか~

執筆:亀山 康子(社会システム領域 領域長)
2022.2.21
 2021年11月、国立環境研究所は、Future Earth国際事務局日本ハブと共催し、金融業界関係者と2日間にわたるワークショップをオンラインで開催しました。その結果をまとめた報告書が公開されました。金融の脱炭素化(ネットゼロ金融)の世界的潮流が加速する中、日本国内で金融業界と国立環境研究所が一堂に会する初の意見交換となりました。

【報告書】
将来のために、今できることは何か?
金融界とアカデミアの対話から

 国立研究開発法人国立環境研究所、Future Earth日本ハブ共催
「地球環境に関するアカデミアと金融界のワークショップ」報告書

この記事のポイント

本ワークショップを通して、次のような示唆が得られました。

  • 日本の気候変動/地球環境危機への取り組みに関する金融とアカデミアの連携場面脱炭素に関する社会経済シナリオやネットゼロ達成に向けたパスウェイの作成。気候変動の各企業・各産業への影響の理解や対応・情報開示の評価。都市圏と地方との間での意識や知識の格差縮小。アジアの金融界での日本のリーダーシップ。企業あるいは産業の物理的リスク及び移行リスクの適正な評価。そして最終的には金融システム全体での持続可能性に向けてのゲームチェンジ。
  • 金融とアカデミアの対話(本ワークショップ)の意義:最新の知見の共有と新しい問題意識を獲得し、今後の取り組みにおける相互の連携の必要性の認識を得た。
  • 今後の方向、Next Step社会へのインパクトのある実際の協働に繋げるために、今後の連携を検討する。科学的知見の集積。気候変動、生物多様性、地球環境、サステナビリティに関する課題の検討や気候正義の観点からの意見交換。データの整備と公開、更新の効果的な方法についての検討。 外部への広報活動。

ワークショップの背景

 近年、脱炭素に向けた金融界の動きが加速しています。昨年11月に英国グラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、世界の主要な金融セクターの連携を推し進める組織体である「ネットゼロのためのグラスゴー金融連合(GFANZ)」が設立されました。日本の金融業界も参画しています。
 投資や金融において脱炭素の考えを取り入れるためには、企業にとっての気候リスクを把握する必要がありますが、そのために必要な制度や手段が十分に整備されているわけではありません。研究者からどのような科学的知見や情報を提供できれば、ネットゼロ金融が進めやすくなるのか。国立環境研究所として、日本経済の脱炭素社会に向けた動きをどのように支援できるのか。このような立ち位置から、意見交換の場として、ワークショップを開催することになりました。
 Future Earthは、分野を超えた科学者の連携と社会との協働を進める国際研究プログラムです。ここでも、金融業界の役割を重視していることから、国立環境研究所と共催し、国際的にも知見を共有することになりました
 

ワークショップの概要

 ワークショップは2021年11月25日と30日の2回に分けてオンラインで実施しました。金融関連企業等から14名、行政から3名、国立環境研究所や大学などから研究者が15名参加し、そのほかにも10名の方がオブザーバとして参加しました。全員が所属組織の代表ではなく個人として参加し、率直な意見交換を目指しました。
 長期的に考えれば、今後世界全体で脱炭素化が加速するため、化石燃料に依存している企業や温室効果ガス排出量が多い企業は対策を求められるリスク(移行リスク)に直面することが予想されます。同時に、気候変動が進むことで異常気象等による被害を受けるリスク(物理的リスク)が高まることも明らかです。
 ESG投資やグリーンファイナンス等、環境保全と両立させる概念は広まりつつあるものの、上記の2種類のリスクに対応しながら利潤最大化も同時に目指すことが求められる状況に関して、金融関係者から悩みが共有されました。
 移行リスクに関しては、脱炭素に至る社会経済シナリオや道筋に関する情報への要望がありました。特に日本国内で各業種ごとに、今後、どのような移行リスクに直面する可能性があるのか、また、国が炭素税などの政策を導入した場合の影響などに関する情報も求められました。国際的には、企業の情報開示に関して、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の動向への注目度が高いですが、日本の企業が取り入れやすい手法が提供されることへの期待が示されました。同様に、世界では、脱炭素化と自然保全(生物多様性保全含む)との両立も指摘されており、生態系に関する情報開示(TNFD)の動きについても今後対応が必要であるという指摘がありました。
 物理的リスクに関しては、実際に企業ごとにリスク評価するためには、かなり細かい精度で情報が開示される必要がある一方で、そのような開示を望まない企業もあるだろうという意見が出されました。

地球環境と人間社会の相互関係
気候変動はさまざまな経路を経て生物多様性や自然資本の劣化を招き、人間社会にも深刻な影響を与えている。この相互連関から生じる複合的な問題を解決するには、社会のセクターや専門を超えた協力と包括的な対処が不可欠である。 写真:UN Photo (2018) / IPBES (2019)
 

今後の連携について

 これまで直接話し合う機会のなかった金融業界関係者と国立環境研究所の研究者が、それぞれの取り組み、悩みや課題を共有することができました。同時に、これまで金融界と科学・アカデミアの対話や連携は国内外の様々な場面で必ずしも十分ではなく、今後の継続と強化が必要であるという問題意識を得ることができました。さらに今回参加していないステークホルダーの参画の有効性についても認識共有されました。

本研究は、国立環境研究所の気候危機対応研究イニシアティブ、 Future Earth日本ハブ、並びに(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20212002)により実施されました。