将来世代とファイナンス

執筆:亀山 康子 (東京大学大学院新領域創成科学研究科附属サステイナブル社会デザインセンター センター長、教授)
2023.6.30

 近年、「ESG投資」「脱炭素金融」「サステナブルファイナンス」等の用語が産業界 の中でしばしば聞かれるようになりました。環境問題だけでなく、人権や企業ガバナンス等の社会問題の改善も含み、お金の流れ(ファイナンス)を活用して、より良い世の中に変えるという考えがベースにあります。この考え方自体は、短期の利益と長期の利益をバランスさせるという意味でも将来世代にとって悪くない話のように聞こえます。しかし、実際は簡単な話ではありません。多くの課題に直面し、それらの課題を乗り越える工夫をし続けています。1年前の話が古く聞こえるほど速いペースで進展しているので、高校生や大学の学部生が使う教科書では扱えず、一部の関係者だけが知っている話題となってしまっています。どうしたらより多くの人に知ってもらえるでしょうか。

この記事のポイント

  • サステナブルファイナンスは、環境保全と経済成長を両立させる試みの一つ
  • 将来世代にとって望ましいのは、短期の利益と長期の利益、あるいは私的利益と公的利益が同時達成されるお金の流れ
  • 現状と将来予測、解決手段に関する分かりやすい発信が求められている

1. 環境問題とファイナンス

環境保全と経済成長は両立させてこそ、両方とも持続する

 長い間、環境保全と経済成長は、相反する概念と思われてきました。経済成長のために人々が資源を使うと環境が破壊され、環境を守ろうとすると企業は支払わなくても良い費用を払わなくてはならない、という考え方です。しかし、そうではないのでは?という考えが徐々に広がってきました。

 資源が使い続けられて枯渇してしまうと、経済成長できなくなります。また企業の経営が成り立たなければ環境保全のための費用も支払えなくなります。環境保全と経済成長は両立させてこそ、両方とも持続する。これが持続可能な発展の出発点です。専門家の間では広く知られる概念となりましたが、現実社会をこの概念に近づけようとすると、意外と難しいことが分かってきました。抽象的な概念のため、一般の人には伝わりにくいという課題も指摘されました。

サステナブルファイナンスの登場

 2006年、国連の主導により、投資家の責任ある投資を推進するための行動指針・原則である「責任投資原則(PRI)」が掲げられました。この中で、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に配慮した投資行動を促す「ESG投資」の考え方が生まれました。その後2015年に国連持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動対処のためのパリ協定が採択されたこともあり、投資のみならず金融の重要な役割が認識されるようになりました。「サステナブルファイナンス」と呼ばれる概念です。

サステナブルファイナンスの課題

 世の中の良いことに貢献することが、巡り巡っては、その企業の経済的な利益につながるというのがサステナブルファイナンスの立ち位置です。しかし、インプットに対してより多くのリターンを得ることが企業行動や投資行動の目的であることには変わりありません。リターンが得られるとしても、それまでにあまりにも長い年月がかかってしまうのは 問題です。

 脱炭素を目指して、比較的高価なエネルギー設備に投資したとしましょう。ここで生み出される利益が初期投資を超過するのは何十年も先です。これで二酸化炭素排出量が減って、将来世代が助かるのですと顧客に説明しても、すべての顧客が環境意識の高い人とは限りません。顧客が満足する短期的なリターンの大きさや、リターンが生まれるまでに待つことになる時間の長さについて、企業は悩みます。そのうちに、環境や社会課題の観点が忘れ去られ、企業が永続的に儲けられる 仕組みがサステナブルファイナンスだと誤解されてしまうケースも見受けられます。

 また、努力しているように見せかけて自社の評価を上げようとする行動は「グリーンウオッシュ」と呼ばれますが、グリーンウオッシュしているか否かはどう判断すれば良いのでしょうか。その判断基準として、将来世代のために確実に良いことをしていると評価される指標が提示されている方が、企業にとっては安心です 。
 
 ESGでは気候変動や生物多様性だけでなく、人権や企業ガバナンスなど幅広い分野で企業情報を公開する必要が生じます。これらの多数の情報を毎年定期的に収集し公表する手間は相当なコストとなります。最低限把握しておくべき分野を特定することで、負荷の高い作業とならずに実行しやすくなるでしょう。

2. 将来世代の役割

 企業、金融、という言葉が並ぶと、一般の市民の方々や若い皆さんは「私たちとは関係ない」と思われるかもしれません。しかし、皆さんには重要な役割がいくつもあります。

 一つは、企業のサステナブルな行動をよく見て、理解する役割です。企業行動が短期的利益だけでなく長期を見据えているか。自社の利益のために公的な部分に過度な負荷をかけていないか。これらの観点は、皆さんの将来、とりわけ若い皆さんの20年後、30年後に直接影響してくるものです。最近では、クラウドファンディングなど、個人でも自分の関心のある領域に資金を向ける手段が出てきました。若い皆さんも将来は社会人となり、自分でお金を動かす主体となります。その予行練習として、自分だったらどうしたいかを考えてみるのも良いでしょう。

 もう一つは、就活者目線で企業を見る役割です。数年前、欧州の企業の人と話をしていたら、「企業がサステナビリティ に対してきちんとやっていることを示せないと、優秀な若手が来てくれない」と言っていました。有能な新入社員を獲得するために、企業がサステナビリティ意識を高めているということです。企業が意識を高めるためにも、若い人たちの意識が高まることが必須です。

3. 研究者に期待されていること

 企業が実際にサステナブルファイナンスを実行する際に直面するもう一つの課題は、判断に必要な情報が不十分ということです。環境の現状把握、今後、放っておいたらどうなってしまいそうかという将来予測、そして、悪い状態に至る経路を回避するために、今投資すべき事業や技術に関する情報が求められています。研究者側は、必要とされている情報を把握し、利用してもらいやすい形で公表する工夫が求められます。

 学術論文を書くのとは違うスキルが必要で、それを専門とする翻訳者のような仕事が今後重要性を増すかもしれません。例えば、研究者は、気候変動による影響の一つとして、今後日本で強い台風や集中豪雨が増えると予想しています。しかし、企業が必要なのは、浸水リスクが特に高い細かく具体的な場所の情報です。そこで科学的知見を市町村レベルの分かりやすく具体的な情報に作り直す翻訳者が必要ということです。今後、このような新しい役割を担う人たちを含めた対話がますます求められていくでしょう。

参考

 サステナブルファイナンスの課題に直面する金融関係の方々 から最新の動向を研究者が伺い、それに対して研究者として何ができるかを話し合う、という目的で、初の対話の場をもったのが2021年11月でした。新型コロナウィルス感染症対策としてオンラインで2日間のワークショップを開催しました。その報告書は、ここからダウンロードできます。


執筆者プロフィール: 亀山 康子(かめやま・やすこ)
専門は国際関係論。1992年に国立環境研究所に入所してから2023年3月末に退職するまでの31年間、地球環境問題への国際社会の対応を研究テーマとしてきました。気候変動に関する国際交渉では、時代の変遷を感じます。現在は大学で、主に大学院生とともにサステイナビリティについて議論しています。

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今回の執筆者から皆様への質問:ファンドAでは、植林プロジェクトにお金を投資する計画となっています。どのような内容が、あなたにとって最も魅力的ですか?(正解はありません)

 選択肢1:植林が企業の新たなビジネスになるらしく、2~3年で高利回りが保証されている
 選択肢2:植林という活動自体、利潤最大化を目指しているわけではないので、他金融商品と比べると利回りは見劣りするが、10年後の元本は保証されている
 選択肢3:植林後の維持管理が徹底されており、10年~20年後にその時の時価でお金が戻ってくる
 選択肢4:元本保証はないが、植林や、植えた木に自分の家族の名前をつけさせてもらえるなどのイベントに参加できる