未来についての知識を活用するために:「未来を考える」から「未来を統治する」へ

執筆:マヌエラ・ハルトヴィッヒ(東京大学未来ビジョン研究センター)
2026.2.25
なぜ、これほど多くの将来シナリオがあるにもかかわらず、政策は短期的な対応にとどまりやすいのでしょうか。本稿では、シナリオが機能しない原因を、知識不足ではなく、それを活かすための能力や意思決定の仕組みに見出し、「未来を統治する」という視点を提起します。

この記事のポイント

  • 私たちは未来を予測する道具をすでに持っているが、それを行動につなげることができていない
  • どれほど優れたシナリオであっても、それを理解し、議論し、意思決定に反映する体制がなければ機能しない
  • 未来を描くだけでなく、将来世代への責任を果たすために、未来を統治(ガバナンス)する能力が求められている

*シナリオとは:未来がどのようになりそうかを考えるための現実的で分かりやすい「未来のイメージ」です。社会や経済、技術などの重要な要因についてのある前提をおいて、筋の通った内容が描かれます。単なる予測ではなく、さまざまな情報を元にときには物語の形で示されることもあります。

1. 未来のシナリオを描くだけでは不十分

気候変動に対処し、深刻な被害を回避するためには、遠い未来にまで目を向ける必要があります。そのための重要なツールの一つが将来の「シナリオ」です。日常生活ではあまり意識されないかもしれませんが、シナリオは気候やエネルギー政策の策定において広く活用されています。例えば、日本のGX(グリーントランスフォーメーション)方針やエネルギー基本計画を作る過程でも、シナリオが利用されています。脱炭素への進め方やエネルギーの安定確保、温室効果ガス削減目標などについて、政府が方針を考える際の参考として使われています。

しかし、これほど将来について考えられたものがあるにもかかわらず、いざ決断となると短期的利益が追求されがちです。あるいは、気候危機が起きてから対応するといったようなことが起こります。未来を想像するために膨大な労力が費やされているのに、その知識が実際の長期的な意思決定に十分に活かされていないというのでは、明らかな矛盾があります。

2. 個人の能力と組織の体制

問題は「未来についての知識」が欠如しているのではなく、それを「活用する能力」が欠如していることにあるのです。言い換えれば、これは個々の専門家や政策立案者の失敗というだけではなく、未来の知識を意思決定に組み込むための「組織として能力(キャパシティー)」が欠如していることも問題です。 気候変動の影響が顕著になると、通常、専門家や政策立案者はさらなる気候変動モデルや社会経済モデルの構築や将来のシナリオの作成などを行います。確かにモデルやシナリオは非常に価値のあるものです。それらは異なる未来を想像し、自分たちの選択がもたらす結果を理解する助けとなります。 しかし、単にシナリオの数を増やしたり、技術的な推計精度などの質を向上させたりするだけでは不十分です。たとえ非常に優れたシナリオであっても、政策決定者にそれを理解し、真剣に議論し、行動に移す「個人の力」がなければ、そのシナリオは機能しません。また、組織の側に、それらのシナリオを意思決定のプロセスに取り入れるための「体制」が欠けていても、やはりうまくはいかないのです。

3. シナリオが使われないのは「間違い」だからではない

政策を議論する人々や政策決定者には、未来についての知識と、有意義に活用する能力の両方が求められます。それは、シナリオを理解し、オープンに議論し、意思決定に活用し、時間の経過とともにそこから学んでいく能力を意味します。

私たちはすでに、未来を考えるための道具を数多く持っています。しかし、往々にして不足しているのは、それらの道具を使いこなすための「組織としての体制」です。予測はあっても、それに基づいて行動することに苦慮しています。個々の専門家がいかに優秀であっても、長期的な思考を支える体制がなければ、その知識が活用されることはありません。

シナリオが有効に使われないという失敗が起こるのは、それが「間違っている」からではありません。物事を決める組織が未来を扱うように設計されていないから失敗するのです。

4. 将来をビジョンで終わらせない:「ガバナンス」の必要性

この問題は気候やエネルギー政策に限ったことではありませんが、気候変動はこの問題を特に浮き彫りにします。エネルギーシステムに関する決定は、数十年にわたって社会に影響を与えます。エネルギー転換のコストと利益は依然として極めて不平等に分配されており(本連載記事でも、気候衡平性ダッシュボードにより不平等の状況を示しました。ご参照ください。)、一部の人々が利益を得る一方で、他の人々が負担の大部分を担っています。また、気候に関する決定は、今日の政策議論に声を届けることができない将来世代にも重大な影響を及ぼします。 将未についての知識を活用する能力が低いと、対策が遅れ、社会は既存のシステムに縛り付けられ、不平等が放置されることになります。その結果、脆弱な立場にある人々や将来世代が最も重い負担を背負うことになるのです。 これを解決するためには、未来に対する考え方を変える必要があります。つまり、未来のビジョンを提示するだけでは不十分であり、未来を「統治(ガバナンス)」しなければなりません。

5. 不確実性を管理する力で、将来への責任を果たす

個人レベルでいえば、技術的な専門知識はすでに存在しています。しかし、組織レベルでは、調整や責任の所在が不明確で、未来についての知識に対するフィードバックが欠如していることが多いのが現状です。また、過去の決定から学び、状況の変化に応じて長期的な目標を調整する機会がほとんどありません。これらの要素が欠けているとき、貴重な未来についての知識は埋もれたままになります。

シナリオが長期的な政策に影響を与えられないのは、未来が不確実だからではありません。不確実性は避けられないものです。シナリオが失敗するのは、不確実性を管理するために必要な特定の能力を、私たちの社会の多くの意思決定システムがまだ備えていないからなのです。

未来を統治するために必要な能力は、信頼に足る長期的なガバナンスを実現し、将来世代に対する責任を果たすための基本的な要件と考えられます。

執筆者プロフィール: HARTWIG Manuela Gertrud (ハルトヴィッヒ・マヌエラ・ゲルトルート) 博士(社会学)。エネルギー政策とエネルギー技術の倫理について研究している。また、倫理的、法的、社会的問題を統合した脱炭素技術の技術評価フレームワークを開発している。将来シナリオ研究を通じて、脱炭素化社会がどのような社会像を描きうるのかを検討しており、脱炭素化社会とはどのような社会なのかに関心がある。同時にエネルギー問題が国内外でどのような不公平をもたらすかを理解し、解決したいと思っている。