流域を中心とした統合的な気候変動適応評価モデルの構築と合意形成メカニズムに関する研究(令和 8年度)A Study on the Development of an Integrated Climate Change Adaptation Assessment Model Focused on River Basins and Mechanisms for Consensus Building
- 研究課題コード
- 2428NA001
- 開始/終了年度
- 2024~2028年
- キーワード(日本語)
- 分野横断,合意形成,気候変動適応
- キーワード(英語)
- cross-sectoral,consensus making,climate change adaptation
課題代表者
大山 剛弘
- 気候変動適応センター
気候変動適応戦略研究室 - 研究員
研究概要
背景:気候変動適応と分野・地域横断の「協力」の必要性(主に流域)
・気候変動対策は「緩和」と「適応」に大きく分けられる.「緩和」は温室効果ガスを削減し気候変動そのものを緩和する対策,「適応」は気候変動による影響を踏まえつつ,社会・経済システムを変化に順応させる対策を指す.現在,緩和策の取組が加速している一方,すでに地球の気温は産業革命以後から1.55℃上昇しており,気候変動影響はすでに出始めていることから,適応の重要性もますます高まっている.
・気候変動リスク及び適応策は,日本国内では,農業・林業・水産業,水環境・水資源,自然生態系,自然災害・沿岸域,健康,産業・経済活動,国民生活・都市生活の7分野に分けて議論される(環境省,国立環境研究所).これは国単位,地方自治体単位で議論され,国の環境省・環境課が中心となることが一般的である.
・ただし,分野間,地域間で,適応策同士の相互作用(正:シナジー,負:トレードオフ)は発生しうる.
(分野間相互作用例)灌漑や肥料の導入などの農業分野の適応策が,水環境の悪化を引き起こす
(地域間相互作用例)河川上流での氾濫防止対策が,下流(都市部)の氾濫の被害を増大させる
・IPCC第6次評価報告書の中でも,気候変動対策とSDGsのシナジー・トレードオフの問題は取り上げられている(IPCC, 2022).シナジーおよびトレードオフの効果を明らかにすることができれば,分野横断,地域横断で効果的な適応策を打つことができると想定される.
・気候変動対策を分野横断的に進めるキーワードとして「流域治水」「流域水管理」が挙げられる.利水・治水ダムなどの整備に加え,森林や緑地整備,農地活用,企業や住民の移転や防災対策の推進など,多様な主体が連携して流域全体で水害抑制・水資源の管理をする枠組みが目指されている.一方で,既存の研究やツールは氾濫・浸水シミュレーションなどを主眼としており,治水施策と水資源管理対策および土地利用・社会経済データを時間軸に沿って統合的に扱い,自治体の意思決定を支援する仕組みは未整備である.
流域における総合的な気候変動適応の推進のための技術的課題
相互作用の定量的評価モデルの不足
・気候変動影響は,気候の変化→自然環境への影響→人間社会への影響,という形で,ロジックモデルを用いた表現がされることが多い.これは事象の線形な関係性をわかりやすく可視化するのに役立つため,多くの政策検討や評価で用いられるものの(環境省,2022),その間の相互作用や,動的な挙動が見えづらい.
・これを解決するのが,経済,社会,自然環境などの複雑なフィードバックをもつシステムを表現・解析する方法論であるシステム・ダイナミクスである.既存の文献においては,特定の地域・分野におけるシステム・ダイナミクスで表現している例はいくつかあるものの,流域における適応策を包括的にカバーするもの,また多くの地域で活用可能な汎用性を持つものは見当たらない.
・並行して,異なる時間スケール(水文(時〜日),農業(日〜月),森林・人口動態(年〜))を橋渡しする分野横断のマルチレイヤモデルと,将来の不確実性を踏まえた多様な将来シナリオの可視化が求められる.
部局間の対話・協力の醸成手法の不足
・適応計画は,環境部局が中心となり,各部局のミッションを超えて協力する体制を構築するものである.ただし,実際には,各部局の取組の中から,適応に関連しうるものを組み上げているものも多い.適応計画が策定されたとしても自治体各部局の個別の目標に委ねられることも多く,適応の観点での実効性の面では課題が残る.
・適応策を検討する上では,影響の大きさ,発生の可能性,信頼性など,追加のより詳細な情報が必要になるが,詳細情報が揃っていない分野や地域も多い.各部局がそれぞれの知見を持ち寄り協力し,合意形成する仕組みを構築することが望まれる.
・既存の意思決定・分析ツールは理論研究に止まり,関係者との協議での利用や,適応経路の決定等,より実装に近い目的で活用されたツールは,コミュニティから国際まで様々なスケールを通じあまりない(IPCC, 2022).
本研究の目的
気候変動適応策として代表的な「流域治水・水管理」に関わる分野間・地域間のシナジー・トレードオフを表現するシステム・ダイナミクスを基盤とした汎用シミュレーションモデルを構築し,それを用いて,自治体や一般市民が参画するワークショップ,及びゲーム理論を用いた事例分析を通じて,合意形成を促進する情報やメカニズムについて検討する.これらを通じ,流域を中心とした領域横断の相互作用と複雑な利害関係者の関係性を考慮した,実効的な気候変動適応パスウェイの策定を行う手法を確立することを目的とする.
解決手段
シナジー・トレードオフを表現するシステムダイナミクスモデル構築
システムダイナミクスを用いて,河川流域における分野間,地域間(ステークホルダ間)の適応策同士のシナジーおよびトレードオフを再現するシミュレータを構築する.あわせて,統計データとの比較とともに,ユーザが自由にモデルパラメータの調整や評価メトリクスの調整ができるGUIを構築し,汎用性を持たせる.
モデルを用いたワークショップを通じた合意形成のメカニズム把握
地方公共団体の環境部局及び関連部局の職員を集め,システムダイナミクスモデルを通じたワークショップを行う.パラメータを調整し,モデルの挙動を踏まえながら,あるべき気候変動適応策のCoDesignを行う.同時に,気候変動適応に対する理解度やモデルとの相互作用を通じ,合意形成プロセスに必要な要素を分析する.
ゲーム理論を用いた,部局間・自治体間の協力を促すメカニズムデザイン
部局間,自治体間のシナジー・トレードオフの問題を,非協力ゲーム理論を通じて定式化し,望ましい状態を実現するためのメカニズムデザインによりアプローチする.ベイジアンゲームを用いた不確実性の考慮を通じ,将来の不確実性に対する認識も踏まえた協力のための適切なメカニズムを検討する.
目標とする成果
流域治水・水管理を中心とした気候変動適応シナジー・トレードオフ評価ツール
・気候変動下における流域治水・水管理に関連する影響・適応策(農林水産業,水環境・水資源,水災害・沿岸域,自然生態系,産業・経済活動,国民生活・都市生活)の関係を示す汎用システムダイナミクスモデルの構築
・当該モデルの前提条件やパラメータを容易に調整しつつ,結果を閲覧可能なGUIの構築(‘A-ROADs’)
評価ツールを用いたメンタルモデル変化の解明
・システムダイナミクスベースのツールを用いた,自治体および一般市民向けワークショップの開催手法の確立
・操作ログ,対話のトラック及びアンケート調査を通じた,モデルによる意識変化の把握
非効率な適応をもたらす構造の解明とメカニズムデザイン
・ネットワーク分析とシステムアーキタイプ分析を用いた分野間適応の「構造」の分析
・非協力ゲーム理論を用いた,気候変動適応問題の分野間,地域間の協力の定式化
・メカニズムデザインを通じた,分野間,地域間の協力のための適切な政策の検討
研究の性格
- 主たるもの:応用科学研究
- 従たるもの:技術開発・評価
全体計画
準備期間(実施内容)
P1 ステークホルダと気候変動適応策の関係性の整理
P2 気候変動適応に関する文献調査・サンプルモデルの作成
P3 協力自治体の確保とヒアリング調査
P4 気候変動適応の意思決定を行う上でのゲームの定式化
P5 システムダイナミクスのGUI開発とイベント・ワークショップ実施(追加)
本格研究(1年目)
F1-1 システムダイナミクスモデルの改良・GUI開発
F1-2 適応事例分析とシステム原型としての整理
F1-3 ワークショップを通じた協調的な意思決定メカニズムの把握
F1-4 ゲーム理論を用いた,部局間の協力を促すメカニズムデザイン
本格研究(2年目)
F2-1 シミュレータの拡張
F2-2 モデルを用いたワークショップを通じた合意形成のメカニズム把握
F2-3 市民も含めたステークホルダ間の協力を促すメカニズムデザイン
本格研究(3年目)
F3-1 不確実性・シナリオ探索機能の拡張
F3-2 深い不確実性を踏まえた意思決定・合意形成メカニズム把握
F3-3 深い不確実性下における意思決定を踏まえたメカニズムデザイン
今年度の研究概要
F1-1 システムダイナミクスモデルの改良・GUI開発
・準備研究で構築した流域治水および水資源管理におけるシナジーおよびトレードオフを再現するシミュレータを統合し,森林開発の効果,下流域の都市利便性の効果を加える形で改良する.モデル内の個別の因果関係について,専門家にフィードバックを得ながら妥当性を評価するとともに,統計データ(e-Statなど)および因果推論(LiNGAM,PCMCI),データが得られない部分は独立した既存研究の知見を用いて推定・検証する.
・GUIは,モデルパラメータの調整や評価メトリクスの調整ができ,また複数の評価メトリクスを用いた政策の組み合わせの評価結果(トレードスペース)を確認できるものとする.また,外部環境の不確実性に対する頑健性を,DMDUの代表的手法であるPRIM(Patient Rule Induction Method) などを用いて表示する機能を設ける.
F1-2 適応事例分析とシステム原型としての整理
・流域治水・水資源管理の因果ループ図を踏まえ,システム原型(システムが失敗に陥る構造的特徴)の分析を実施する.構造的な解決策となる適応策を特定した上で,今後モデル化の必要性が高い分野を抽出する.
F1-3 ワークショップを通じた協調的な意思決定メカニズムの把握
・F1-1で作成したモデルを用いて,一般市民を対象にワークショップを行う.気候変動適応に対する理解度や,地域の特徴に応じて,どのような合意形成が実現されるか,またモデルがより良い合意形成に寄与するかを検討する.気候変動適応に対する理解度の差などを踏まえ,協調的な意思決定が生まれる条件を抽出する.
F1-4 ゲーム理論を用いた,部局間の協力を促すメカニズムデザイン
・各プレイヤーの適応関連施策決定についてベイジアンゲームとして考える.不完備情報として,自身・相手プレイヤー(他部署,他自治体)の利得関数や,今後の気候変動に関する主観確率をタイプとして定め,これらの情報の認識度合い,またそのプレイヤー間での共通性を変化させナッシュ均衡を解くことで,情報共有を行うことの価値や,影響予測の価値などを定量化することで,望ましい状況をもたらす際の協力のあり方を検討する.あわせて,水資源管理については協力ゲームとして定式化を行い,水利用者(農家・企業)の補償メカニズムの検討を行う
外部との連携
研究代表者:東京大学新領域創成科学研究科・中島拓也助教
※国環研からは大山が研究分担者として参画。
備考
2024年10月〜2025年9月の準備研究の結果、本格研究として2025年10月に採択された。