人口減少に伴う大型野生動物の回復
—日本、ヨーロッパ、そして世界へ—
1. 論文概要
研究の背景

写真:果樹園に出現したシカ (撮影:寺山佳奈)
人口増加による人間活動の拡大は、長らく生物多様性の損失を引き起こしてきました。一方で近年、日本を含む多くの先進国では、農村部を中心に人口減少と耕作放棄地の増加が進んでいます。こうした人間活動の縮小による森林の回復や人為的かく乱の減少を通じて、大型野生動物の分布域が再び人間の生活圏と重なりつつあります。
大型野生動物の個体数回復には、狩猟資源や観光資源の増加といった利点がある一方で、作物の被害、家畜や人間への襲撃、車両との衝突、感染症伝搬リスクの増加といった人間と野生生物のあつれきの増大がしばしば課題になります。例えば、日本においてはクマ類の個体数増加に伴い、人身被害が増加しています。
本研究では、ヨーロッパと日本における大型野生動物の個体数回復とそれに伴うあつれきについて、関連する研究や報告を整理しました。そのうえで、農村部の人口減少と大型野生動物の回復との間の明確な関連性を踏まえ、今後、世界のどの地域において同様の現象が生じうるのかを検討するとともに、それにどのような管理・政策対応が求められるかについて論考しました。
農村部の人口減少と大型野生動物の個体数回復との関連性
ヨーロッパでは、耕作放棄による森林回復や家畜との競合減少が、アカシカ、イノシシ、スペインアイベックスなどの草食獣の回復を促し、さらに草食獣を餌資源とするオオカミやオオヤマネコなどの肉食獣の回復にもつながっています。また、農村人口の減少は狩猟者の減少や交通量の低下とも関連し、死亡率の低下を通じて大型野生動物の回復を後押ししています (図1(a)(c))。
日本でも、2000年代以降の急速な農村人口減少と農地放棄が、ニホンジカ、イノシシ、ツキノワグマ、カモシカ、ニホンザルなどの分布拡大を促しています (図1(b)(d))。特に日本では、積雪量の減少など気候変動も回復を加速させています。また、狩猟者数の減少により捕獲圧が弱まり、個体群増加に拍車がかかっています。

ヨーロッパと日本の両方で、人口減少と同時に複数種の大型野生動物の分布拡大が生じています。出典:(a)(b)世界銀行(2025)、(c) Ledger et al. (2022)、(d) Baek et al. (2025)。
大型野生動物の回復がもたらす人間とのあつれき
大型野生動物の回復は、生態系にとって望ましい側面がある一方で、農村地域に深刻な人間と野生動物のあつれきを引き起こします。
-
農作物・家畜被害
日本では2000年から2014年にかけてシカ・イノシシが侵入した地域では、農作物被害額が50〜400%増加した例がありました。ヨーロッパでもイノシシやヘラジカなどが主要な加害種となっています。オオカミ・オオヤマネコ・ヒグマ等による家畜被害も大きな経済被害をもたらしています。 -
交通事故・感染症
日本ではシカとの車両衝突が急増しています。また、豚熱(CSF)がイノシシを介して養豚業に大きな影響を与え、マダニ媒介性の人獣共通感染症である重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の出現が農村地域において住民に対する脅威になっています。ヨーロッパではイノシシやアカシカが家畜に感染症(アフリカ豚熱、ウシ型結核など)を媒介するリスクが高まっています。野生動物に起因する感染症は大きな経済被害をもたらすことがあり、1997年/1998年の豚熱の流行ではオランダに23億米ドルの被害をもたらしたと推計されています。 -
人身被害
日本ではツキノワグマおよびヒグマによる負傷者が年々増加しています。2025年度には死亡事故を含む人身被害件数が200件を超え、世界的に報道されるまでになっています。ヨーロッパでもヒグマによる人身被害件数が増加しており、2000年以降15年間で約8倍になっています。ヒグマの個体数回復に向けた再導入を進めてきたイタリアにおいては死亡事故も起こっており、社会的議論を呼んでいます。危険な動物の存在が農村地域における野外活動時間を低下させるなど、メンタルヘルスへの負の影響も報告されています。
大型野生動物と人のあつれきを最小化する管理
図2は、大型野生動物の回復がもたらすあつれきと問題の解決にあたって重要な研究の問い、また共存に向けた管理や機会を整理した概念図です。野生動物の回復はあつれきにつながるものの、それを予防的に緩和・回避する戦略が存在すると考えられます。具体的なあつれきの緩和策として、以下のような管理方法が考えられます。
-
非致死的管理
あつれきの種類によっては、電気柵などの人間と野生動物を隔てる障壁が重要な解決策になります。しかし、分散・点在する農地においてはコストがかかるため、農地の集約化による管理の効率化を同時に進めることが重要です。他にも、番犬などの家畜防護、被害に対する補償制度や保全支払いが選択肢になります。 -
捕獲による増加の抑制
捕獲は野生動物と人の共存に向けた最も基本的な管理手法の1つであるという認識が広がっていますが、およそ700万人の狩猟者がいるヨーロッパにおいても、イベリア半島など一部地域において減少傾向にあります。現在、日本では狩猟者数が1970年代の53万人から20万人以下に減少し、行政による報奨金制度の下で実施される有害鳥獣駆除数が狩猟による捕獲頭数の5倍に達しています。ヨーロッパでは回復目標を超えて増加した野生動物個体群に対し、政府主導の個体数調整が行われています。 -
人間の社会的側面の理解
社会的受容(wildlife acceptance capacity)が許容可能な野生動物の個体数上限を決めることが多いと指摘されており、野生動物の回復に際した人間の社会的側面の理解が重要です。

大型野生動物の個体数回復がもたらす便益
大型野生動物の増加は人間との間にあつれきを生む恐れがある一方、肉食獣による過剰な草食獣の抑制とそれに伴う森林再生や炭素固定の促進、農業被害をもたらすネズミの抑制、腐肉食者による動物死体の除去などの効果が報告されています。また、狩猟機会の増加やエコツーリズムの機会をもたらすと考えられます。チェコでは、狩猟ツーリズムが持続的な森林管理の戦略に組み込まれています。
日本においては、駆除個体の食料資源としての利活用の取り組みが行われています。イタリアやフィンランドではクマ観察のエコツーリズムが拡大し、経済的な利益をもたらしています。日本においては、奈良公園のシカが年間数百万人の観光客を引き付けています。一方で、野生動物観察のツーリズムが大型野生動物の行動を変える可能性(人馴れや重要な生息地の忌避)に注意を払う必要があります。
大型野生動物に関する研究の展望
大型野生動物の回復は、分布拡大や個体数の増加がなぜ起きるのかについて理解する機会にもなります。こうした理解は、大型野生動物の個体数をより適切に管理するうえで重要です。そのためには、過去と現在の分布域を正確に推定することが欠かせません。また、時系列での比較のために、各国は標準化された長期観測により、野生動物の分布や個体数の変化を明らかにする必要があります。日本においては環境省による分布調査が継続的に実施されており、そのデータを活用した研究成果とあわせて世界的にも特筆すべき取り組みであると考えられます。さらに、カメラトラップを用いて標準化された手法による国際野生動物調査プロジェクト「Snapshot Global」が世界各地で展開されており、日本においても本論文発表者が事務局メンバーを務める日本版「Snapshot Japan」が2023年から実施されています(Fukasawa et al. 2025)。これから人口減少を迎える国々においても、早急なモニタリング網の整備が望まれるでしょう。
大型野生動物の回復は、それらの生態的な機能やサービスについても理解する機会になります。ヨーロッパでは、草食獣による適度な踏み付けや採食圧が草原生態系の維持と回復に有益であることや、肉食獣による捕食がもたらす機能が示されていますが、どのような地理的・環境条件でそれが成り立つかはさらなる研究が必要です。人間との共存を維持しながら大型野生動物がもたらす利益をどのようにして高めることができるか理解することは今後の重要な課題です。
複雑な社会-生態システムにおいては、様々な要因が大型野生動物の回復に影響を与えます。気候変動と人口減少の相乗効果や、国の経済における生産と消費の不均衡、移民政策がもたらす人口動態の変化や移民の野生動物に対する態度の違い、野生動物に対する管理や政策の地域差、ステークホルダーによる価値づけの違いなどがその例です。国境を越えて影響が広がる問題については、国際的な政策の枠組みを構築することが重要です。例えば、EUではオオカミの保護目標を「厳格な保護」から「保護」に格下げしました。その変更は社会や研究界における議論を巻き起こしていますが、保全状態を損なわない範囲での駆除が許容されるなど管理の選択肢が増えることになりました。
結論:さらなる大型野生動物の回復への備えを
多くの国で農村の人口減少が進んでいます。アジアでは中国・インドネシア・タイなど、アメリカ大陸では米国・ブラジル・アルゼンチンなどで農村部の人口減少が進行しており、大型野生動物の分布拡大が一部地域で報告され始めています。今後、各国は大型野生動物と人間のあつれきが農村地域社会の負担となることを認識し、都市から農村への人的・資金的支援を一層強化することが望ましいと考えられます。ヨーロッパと日本の事例より、回復する大型野生動物との共存にあたっては、①個体数変化の把握のための観測基盤構築、②大型野生動物の回復を自然の実験とみなし、回復や管理が生態と社会の両面にもたらすものへの理解を進めること、③柵など非致死的な対策の推進、④捕獲の強化と現代化、⑤大型野生動物から得られる利益の享受と共有、が重要であると考えられました。
一方、世界を見渡せば、未だなお多くの大型野生動物が減少および絶滅のリスクにさらされています。60-70年後には世界の総人口が減少に転じると予想されており、絶滅につながる人為的インパクトが緩和される可能性があります。それまでの期間の絶滅を食い止めることが種の保全上の優先事項であると考えられました。
引用文献
https://data.worldbank.org/indicator/SP.RUR.TOTL?view=map(外部サイトに接続します)
2. 発表論文
【タイトル】
Large mammal recovery in the wake of human population decline
【著者】
Alex J. Jensen1, Benjamin R. Goldstein1,2,3, Keita Fukasawa4, Fabiola Iannarilli5, Roland Kays1,2
1 ノースカロライナ自然科学博物館
2 ノースカロライナ州立大学
3 国際自然保護連合
4 国立環境研究所
5 マックス・プランク動物行動学研究所
【掲載誌】Journal of Applied Ecology
【URL】https://doi.org/10.1111/1365-2664.70368(外部サイトに接続します)
3. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性評価・予測研究室 主幹研究員 深澤圭太
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)

