ヤンバルクイナ精子の凍結保存に成功、
人工授精後の卵の発生を確認
~絶滅危惧鳥類の人工繁殖への応用に期待~

1. 概要

図:凍結精子の膜正常性解析の結果
緑:膜正常 赤:膜異常

 本研究グループは、国内希少野生動植物種に指定されているヤンバルクイナの精子の凍結保存に成功しました。さらに、凍結保存した精子を用いて人工授精を行ったところ、有精卵を採取することにも成功しました。この有精卵は、嘴打ち※1がうまくできず孵化に至らなかったものの、孵化直前まで発生が進んでいたことが確認されました。
 本研究成果は、2026年10月15日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

2. ポイント

①新しい凍結保護物質であるN-メチルアセトアミド※2を含む保存液を用いて、ヤンバルクイナ精子の凍結保存に初めて成功。

②凍結精子を融解し、運動性解析と細胞膜正常性解析を行った結果、十分な受精能力を有することを確認。

③人工授精による有精卵の採取に成功し、孵卵開始後21日目まで発生が進んでいたことを確認。

④本研究で用いた精子採取法、精子凍結保存法、人工授精法は、他種の人工授精にも利用可能。

<研究者コメント>

このプロジェクトは、過去の経験や情報が何もない中で2014年から本格的に開始され、毎年失敗の連続でしたが、多くの関係者の熱意による試行錯誤の末、凍結精子からの人工授精による待望の有精卵が得られ、21日目までの発生を確認することができました。今後は、この技術を国内外の他の絶滅危惧鳥類の人工繁殖にも応用できる技術として確立していきたいと思います。

金子 武人教授
中川 優貴研究員

3. 研究の背景

 ヤンバルクイナ(Hypotaenidia okinawae)は、日本固有の鳥であり沖縄本島北部の森林地帯(やんばる)にのみ生息する「飛べない鳥」として知られています。近年、本来この地域に生息していなかったフイリマングースなどの動物による捕食により、個体数が急速に減少したため、絶滅危惧種(環境省第5次レッドリスト※3:絶滅危惧ⅠA類※4)に分類され、さらに種の保存法に基づく国内希少野生動植物種及び文化財保護法に基づく国指定天然記念物に指定されています。一時は推定個体数が約720羽まで落ち込み絶滅寸前の状況でしたが、マングースの防除事業やヤンバルクイナ保護増殖事業※5等の推進により、現在は約1,500羽まで回復しています。
 こうした保全活動の一環として、生息域外保全が注目されています。生息域外保全とは、生息域ではない環境で個体を飼育・繁殖することや細胞保存などによって絶滅を回避する取り組みであり、その中で用いられる技術として、精子保存や人工授精は個体数の増加と種の保存に有効な方法とされています。しかしながら、精子保存や人工授精が成功している野生動物種は極めて少なく、絶滅危惧種においては技術開発に関する情報も乏しいのが現状です。

4. 研究の内容

 本研究では、環境省が実施するヤンバルクイナ保護増殖事業の一環として、飼育・繁殖施設で飼育されているヤンバルクイナの雄から射出精子を採取し、独自に開発したN-メチルアセトアミドを含む保存液を用いて凍結保存しました。この凍結精子について、運動性解析と細胞膜正常性解析を行った結果、十分な受精能力を有することが確認されました。さらに、凍結精子を融解して雌に人工授精を行い、その翌日に産んだ卵を採取して孵卵器で管理しました。その結果、計3回の人工授精のうち、2回目に産んだ卵が有精卵であり、孵卵開始後21日目まで胚の発生が確認されました。この有精卵は、嘴打ちがうまくできずに孵化に至りませんでしたが、孵化直前まで発生が進んでいたことが確認されました。また、父子判定によって、受精は確実に凍結精子によるものであることを確認しました。

5. 期待される効果・今後の展開

 本研究で開発した方法によって凍結保存されたヤンバルクイナの精子は、融解後も受精能力を維持し人工授精に利用できることが証明されました。また、鳥類では、凍結保存に用いる凍結保護物質が人工授精の成功率を低下させることが知られています。そのため、人工授精前に凍結保護物質を除去する必要がありますが、その操作による精子の数や運動性の低下が懸念されていました。本研究で開発した方法は、凍結保護物質を除去することなく人工授精に用いることが可能であり、絶滅危惧種のような採取機会の限られる貴重な精子を確実に保存し、精子の数や運動性を低下させることなく人工授精に用いることができます。
 野生鳥類の精子採取や人工授精の試みは少なく技術的に困難でしたが、ヤンバルクイナの飼育下繁殖の技術開発を行ったどうぶつたちの病院沖縄が良好な精子の採取法および人工授精法を確立しました。また、今回成功した雄とは別の個体の精子も同様の方法で凍結保存し、国立環境研究所が一般財団法人 沖縄美ら島財団の施設内に設置した液体窒素タンクに保管されています。今後は、これらの凍結精子を用いた人工授精による個体作出法を確立することで、遺伝的多様性を維持した生息域外保全による人工繁殖法の確立を目指します。また、本研究で開発した技術は、国内外の他の絶滅危惧鳥類の人工繁殖へ応用し、広く普及することで生息域外保全に大きく貢献することが期待されます。

6. 資金情報

 本研究は、環境省・独立行政法人環境再生保全機構「環境研究総合推進費」(JPMEERF20214001、JPMEERF20244M01)、京都大学野生動物研究センター共同利用・共同研究の支援により実施しました。

7. 用語解説

※1嘴打ち:孵化の際に、卵の中の雛がくちばしを使って卵殻を破る行動。

※2N-メチルアセトアミド:有機化学で扱われるアミド化合物の一種で、水や細胞となじみやすい性質を持つ。細胞の凍結に対する保護効果があることが発見された新しい凍結保護物質。

※3環境省第5次レッドリスト:日本に生息又は生育する野生生物について、生物学的観点から個々の種または亜種の絶滅の危険度を定量的・客観的に評価し、その結果をリストにまとめたもの。

※4絶滅危惧ⅠA類:ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い生物種のこと。

※5ヤンバルクイナ保護増殖事業:2004年から実施され、生息状況等の把握を行い、本種の生息に必要な環境の維持及び改善並びに生息を圧迫する要因の軽減及び除去等を図るとともに、野外の個体数の急激な減少に備えて人工繁殖技術を確立し、適切な方法による人工繁殖個体の野生復帰を検討すること等により、本種が自然状態で安定的に存続できる状態とすることを目標とする。

8. 掲載誌情報

【発表雑誌】 Scientific Reports
【論文名】 First successful of embryo development after artificial insemination using frozen sperm in Okinawa rail (Hypotaenidia okinawae)
【著者】Takehito Kaneko, Yuki Nakagawa, Yumiko Nakaya, Syoko Tamanaha, Shin-ichiro Mukai, Eri Nakashima, Keiichi Ueda, Manabu Onuma, Takashi Nagamine
【掲載URL】 https://doi.org/10.1038/s41598-026-67828-9(外部サイトに接続します)

9. 発表者

大阪公立大学大学院獣医学研究科
金子 武人教授、中川 優貴研究員

どうぶつたちの病院 沖縄
長嶺 隆氏、中谷 裕美子氏

国立環境研究所
大沼 学氏

一般財団法人 沖縄美ら島財団
植田 啓一氏、中島 愛理氏

10. 問合せ先

【研究内容に関する問合せ】
大阪公立大学大学院獣医学研究科
教授 金子 武人(かねこ たけひと)

【報道に関する問合せ】
大阪公立大学 広報課

どうぶつたちの病院 沖縄
nakaya(末尾に“@oki-wild.org”をつけてください)

国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)