耕作放棄は生物多様性にとって正か負か?
—全国野外調査と全球メタ解析で保全上の価値を予測—
1. 研究の背景と目的
人口減少は、今後多くの国や地域で顕在化することが予測され、人口減少のフロントランナーである日本は、これに伴う課題にいち早く直面しています。その1つとして、耕作や草刈りなどの管理を続けられなくなった農地(以下「耕作放棄地」という。)が増えています。耕作放棄による生物多様性への負の影響(例:種数の減少)は、日本の里山をはじめ、イタリアやアルゼンチンの草原など、世界各地で報告されています。一方で、カザフスタンやロシア、さらに北海道などでは、耕作放棄後の農地に、かつて農地開発によって生息地を追われた生物が戻ってくる、いわば正の影響も報告されています。つまり、耕作放棄地の拡大は、ある地域では生物多様性を脅かす一方で、別の地域では希少な生物の新たな生息地として、生物多様性保全上の好機としても解釈されるのです。
「同じ環境変化でも、地域によって生物多様性への影響が異なる」という状況依存性は、保全生態学分野全般に共通する課題であり、効率的な保全計画の立案を難しくしています。耕作放棄の影響の大きな地域差は、世界的に20年以上にわたって指摘されていましたが、その違いを統一的に説明する枠組みは整備されていませんでした。そのため、その保全上の扱いは生物多様性条約においても具体的に言及されず、国際的な議論でも曖昧な扱いが続いていました。そこで、当研究チームは、環境への応答が共通する「機能群」に着目し、この状況依存性を予測する概念モデルを提案しました。さらに、国内各地で実施した鳥類調査と、世界各地の既存研究を統合したメタ解析(注1)により、この概念モデルの妥当性を検証しました。
2. 研究手法
北海道から九州にかけて、耕作放棄地、自然湿原、森林、圃場整備(注2)されていない水田(以下「未圃場整備水田」という。)、圃場整備された水田(以下「圃場整備水田」という。)、畑を含む199か所の調査地点を選定し、繁殖期と越冬期に鳥類調査を実施しました。記録された鳥類は、それぞれの主たる生息環境に基づき、5つの機能群(湿原性鳥類、草原性鳥類、森林性鳥類、裸地性鳥類、水辺性鳥類)に分類しました。そして、調査地点で確認された全鳥類種数のうち、農地を生息地として特に好む裸地性鳥類(スズメやヒバリなど)と水辺性鳥類(サギ類など)の占める割合を「裸地性・水辺性鳥類の構成割合」として算出しました。次に、耕作放棄地の鳥類種数が未圃場整備水田の鳥類種数と比較して、相対的に多いか少ないかを示す指標(耕作放棄の効果量)を算出しました。そして、この指標の地域差が各地域の裸地性・水辺性鳥類の構成割合で説明されるか検証しました(図1)。さらに、世界各地で行われた耕作放棄と鳥類種数に関する研究結果を収集し、耕作放棄の効果量の地域差が、各地域の裸地性・水辺性鳥類の構成割合に影響されるかを世界レベルで検証しました。
図1. 本研究で提案した概念モデル 群集レベル(調査した地域に生息する鳥類全種)の種数・個体数がどの土地利用で最も多くなるかは、地域の群集に優占する機能群によって異なる。例えば、地域の群集に湿原・草原・森林性鳥類が優占する場合(A)は、未圃場整備水田や圃場整備水田よりも、耕作放棄地で鳥類種数が多いと予測した。
3. 研究結果と考察
耕作放棄地にはどんな鳥がいるのか?
日本各地の耕作放棄地を調査した結果、合計87種の鳥類の生息が確認されました。その中には、絶滅が危惧される鳥類も多数含まれていました。例えば、国内での個体数が300個体程度とされる亜種アカモズ(図2)や、50個体を下回るとされるサンカノゴイが、特定の耕作放棄地で繁殖期を通じて確認されました。また他にも、オオジシギやオオセッカなど7種の絶滅危惧・準絶滅危惧種の繁殖や越冬が確認されました。湿原性鳥類(オオジシギやオオヨシキリなど)は、概して水はけが悪く、ヨシなどが優占する低層湿原に似た植生が成立する低地の耕作放棄地に多く生息していました。一方で、森林性鳥類(ウグイスやシジュウカラなど)は、水はけがよく樹木が茂る山地の耕作放棄地に多く生息していました。これらの結果は、耕作放棄地が単一の環境ではなく、地形や景観によって、湿原的な環境(図3)にも、森林的な環境にも変化しうることを示しています。


「いつ」「どこで」耕作放棄地の鳥類種数は農地より多くなるか?
日本全国の鳥類調査と、世界各地の研究事例を集めたメタ解析のいずれにおいても、耕作放棄が生物多様性に与える影響の地域差は、「地域の群集にどんな機能群が多くいるか」で簡便に説明されました。すなわち、耕作放棄が生物多様性に正に影響するか負に影響するかは、地域に優占する鳥類の機能群から予測できる事が示されました。
ポーランドやブルガリア、繁殖期の本州中部以南では、地域の鳥類相のうちおよそ半数以上の種が、農地を主たる生息地とする裸地性・水辺性鳥類でした。その結果として、耕作放棄地に出現する鳥類の種数は農地よりも少なくなっていました(図4)。例えば繁殖期の九州では、未圃場整備水田の鳥類種数は、耕作放棄地に比べて約1.4倍多いと推定されました。さらに、未圃場整備水田の鳥類種数は、圃場整備水田に比べて約1.8倍多いと推定されました。したがって、特に繁殖期の本州以南では、単に農地面積を維持するだけでなく、けいはん(注2)や土水路など、生物が利用できる要素を残した水田を維持することが、この地域の生物多様性を保全するうえで重要であることが示唆されました。
ロシアやオーストラリア、繁殖期の北日本、越冬期の南日本では、湿原性鳥類や森林性鳥類が地域の鳥類相に、より多く含まれていました。その結果として、農地よりも耕作放棄地で鳥類種数が多くなっていました(図4)。繁殖期の北海道では、低地の耕作放棄地に生息する鳥類種数は、未圃場整備水田の約2.4倍になると推定されました。また、越冬期において、南日本の耕作放棄地は、北日本の湿原で繁殖する渡り鳥の越冬地として機能していました。例えば、オオジュリンは、繁殖期には東北地方以北の湿原で繁殖し、越冬期には本州以南へ移動することが知られています。本研究では、岡山県のある耕作放棄地において、越冬期に2ヘクタールあたり73個体のオオジュリンが確認されました。
以上の結果は、耕作放棄地が、過去の農地開発によって失われた草原や湿原の代替的な生息地として機能する場合があることを示唆しています。生物多様性の観点から、重要な耕作放棄地は日本各地に散在しており、これらを既存の保護区や保全施策に位置づけることは、人口減少社会における新たな生物多様性保全の選択肢になると考えられます。
図4. 鳥類群集への耕作放棄影響と地域の裸地・水辺性鳥類の構成割合の関係 効果量が0を超えると農地よりも耕作放棄地で群集規模(全種)の鳥類種数が多く、効果量が0を下回ると農地よりも耕作放棄地で群集規模の鳥類種数が少ないことを表す。すなわち、その地域の群集に裸地・水辺性鳥類が多く含まれる場合、耕作放棄地よりも農地で群集規模の鳥類種数が多くなり、耕作放棄の生物多様性への影響が負に評価されやすいことを示唆しています。円の大きさはサンプルサイズやばらつきで補正された、各地域の効果量推定時の重みづけの大きさを表す。
4. 今後の展望
本研究で提案した考え方は、保全策の効果や土地利用転換の影響を、世界の様々な地域や鳥類以外の分類群で予測する際にも応用できる可能性があります。分類群を問わず、開放的な環境を好む種(例:多くの蝶類)は裸地性鳥類と同じく、耕作放棄や圃場整備によって負の影響を受けやすい可能性があります。また、魚類など水辺環境に依存する生物は、水辺性鳥類と同様の応答を示すと予想され、この予測は既往研究からも支持されます。このように、生物種ごとの分布情報や図鑑に記載されている生息環境情報を組み合わせることで、農地景観における土地利用の変化や保全策の効果を予測でき、優先的に調査・保全すべき地域や分類群、あるいは有効な保全策を検討することができます。本研究は、生物多様性保全における二次的自然と原生的自然の重要性は、対立するものではなく連続的に変化するものとして整理しなおし、人口減少社会における土地利用と生物多様性保全のあり方を考えるうえで、国際的に重要な知見になると期待されます。
5. 注釈
注釈1:メタ解析
複数の研究結果を収集し、研究間の平均的な効果を推定する解析方法。
注釈2:圃場整備・けいはん
小さい田畑を機械作業や水管理がしやすいように大きく整形しなおすこと。農業機械の高頻度の使用や生息地の均質化(農業の集約化)、けいはん(あぜ)の除去等を伴い、これらは耕作放棄に並ぶ農地生態系への脅威とみなされることがある。
6. 研究助成
本研究は科研費(JP19J20957およびJP23KJ2163)、環境研究総合推進費(JPMEERF23S12103)の支援を受けました。
7. 発表論文
【タイトル】
Dominant functional group explains global bird diversity responses to farmland abandonment
【著者】
Munehiro KITAZAWA, Yuichi YAMAURA, Kazuhiro KAWAMURA, Masayuki SENZAKI, Futoshi NAKAMURA
【掲載誌】
米国科学アカデミー紀要(PNAS)
【URL】
https://doi.org/10.1073/pnas.2530120123(外部サイトに接続します)
【DOI】
10.1073/pnas.2530120123(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
- 特別研究員
- 北沢 宗大
森林植生研究領域
- チーム長
- 山浦 悠一
大学院農学研究院 生態系管理学研究室
- 助教
- 河村 和洋
大学院地球環境科学研究院 生態保全学分野
- 准教授
- 先崎 理之
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性評価・予測研究室 特別研究員 北沢宗大
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
森林植生研究領域 チーム長 山浦 悠一
国立大学法人北海道大学 大学院農学研究院
生態系管理学研究室 助教 河村 和洋
国立大学法人北海道大学 大学院地球環境科学研究院
生態保全学分野 准教授 先崎 理之
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Kouho(末尾に“@ffpri.go.jp”をつけてください)
国立大学法人北海道大学 社会共創部広報課
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