台風かく乱後の森林は「遅れて加速」して炭素を吸収
~炭素クレジットのベースライン設計と対象森林の再考に示唆~
ポイント
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複数年の航空レーザ測量とAI技術により、台風かく乱後18年間の森林バイオマス回復の定量化に成功。
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かく乱後に約10年遅れて成長が加速する「遅延加速型回復」を解明。
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天然広葉樹林の炭素吸収ポテンシャル評価と炭素クレジット制度高度化の進展に期待。
概要
北海道大学大学院農学研究院の加藤知道教授と同大学北方生物圏フィールド科学センター中路達郎教授、東京大学大学院農学生命科学研究科、国立環境研究所生物多様性領域の林真智特別研究員らの研究グループは、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林の天然広葉樹が優占する森林約2,516haを対象に、2004年の台風かく乱後の森林バイオマス回復を、多時期の航空機レーザ測量*1及びUAV(無人航空機)レーザ測量と現地調査を統合して18年間(2004–2022年)追跡し、その時空間動態を高解像度(2m)で定量化しました。
その結果、対象地全域の18年間の平均森林地上部バイオマス成長速度*2は1.30 Mg ha-1 yr-1(CO2換算値:2.24 tCO2 ha-1 yr-1)で、台風後に樹木のほとんどが倒れたかく乱域(対象地全域の3.7%)は1.64 Mg ha-1 yr-1(2.83 tCO2 ha-1 yr-1)で、非かく乱域(対象地全域の96.3%)の1.29 Mg ha-1 yr-1(2.23 tCO2 ha-1 yr-1)を上回りました。特にかく乱域では、2004–2014年の0.97 Mg ha-1 yr-1(1.67 tCO2 ha-1 yr-1)から2014–2022年には2.48 Mg ha-1 yr-1(4.28 tCO2 ha-1yr-1)へと成長が加速し、約10年の遅れの後に回復が顕著化する「遅延加速型回復」が確認されました。
本研究対象は天然広葉樹林であり、現行の炭素クレジット*3(J-クレジット制度)*4が主に対象とする人工林に対し、天然林の炭素吸収ポテンシャルを示す結果となりました。ただし、天然林を対象とした制度設計は発展途上であり、今後のルール整備が重要です。本研究は、森林炭素の非線形回復の理解と炭素クレジットの高度化に資する知見を提供します。
なお、本研究成果は、2026年3月12日(木)公開のForest Ecology and Management誌にオンライン掲載されました。
平均森林地上部成長速度(AGR:Average Growth Rate、1ピクセルあたり2m x 2m、単位Mgバイオマスha-1yr-1)。(a)2004-2022、(b)2004-2014、(c)2014-2022、(d) cとbの差分。(d)の赤領域は1期目(2004-2014)より2期目(2014-2022)の方が、成長速度が大きい「遅延加速型回復」を示す。
背景
森林は重要な炭素吸収源であり、炭素クレジット制度の中核的な対象となっています。一方で、台風などの強風かく乱を受けた森林がどの程度・どの速度で回復するのかについては、これまで長期間かつ高解像度で定量化された研究は限られていました。特に日本の冷温帯林では、広葉樹林が広く分布しているにもかかわらず、炭素クレジット制度では主に針葉樹人工林(人為的な経営活動を行なった森林)が対象とされており、天然林の炭素吸収ポテンシャルは十分に評価されていませんでした。このような背景から、かく乱後の天然林主体の森林の回復を高精度で把握することは、森林炭素の科学的理解だけではなく、炭素クレジットの信頼性向上にも重要です。
研究手法
北海道大学大学院農学研究院の加藤知道教授らの研究グループは、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林の天然広葉樹林約2,516 haを対象に、2004年の台風かく乱後の森林バイオマス回復を、航空機及びUAVによる多時期レーザ測量と現地調査を統合して18年間(2004–2022年)追跡しました。解析では、点密度を正規化した樹高モデル(CHM)を作成し、現地プロット調査に基づくバイオマス比例計算式(アロメトリ)を用いて地上部バイオマス(AGB)を推定しました。また、深層学習*5により、ある程度以上の面積で樹木が横倒しになった風倒かく乱域(精度92.2%)及び針葉樹・広葉樹の分類(精度93.5%)を行い、かく乱履歴と樹種構成を統合した解析を実施しました。
研究成果
解析の結果、2004年から2022年の平均バイオマス成長率は1.30 Mg ha-1 yr-1(CO2換算値:2.24 tCO2 ha-1 yr-1(全域総CO2吸収量5,636 tCO2 yr-1))であり、台風後に樹木のほとんどが倒れたかく乱域では1.64 Mg ha-1 yr-1(2.83 tCO2 ha-1 yr-1)と非かく乱域(1.29 Mg ha-1 yr-1(2.23 tCO2 ha-1 yr-1))を上回りました。特にかく乱域では、成長率が2004–2014年の0.97 Mg ha-1 yr-1(1.67 tCO2 ha-1 yr-1)から、2014–2022年には2.48 Mg ha-1yr-1(4.28 tCO2 ha-1 yr-1)へと増加し、約10年の遅れの後に回復が加速する「遅延加速型回復」が確認されました(図1)。なお、航空写真の深層学習により、対象地の風倒かく乱域と非かく乱域の面積割合は、3.7%と96.3%(精度92.2%)及び、広葉樹面積と針葉樹面積の割合は、93.3%・6.7%(精度93.5%)と分類されました。これらの値は冷温帯林の既存研究と比べて同程度からやや高い水準にあり、かく乱後の森林が高い炭素吸収ポテンシャルを持つことが示されました。
今後への期待
本研究の結果は、炭素クレジット制度に対して重要な示唆を与えます。また、本研究はかく乱後の森林が長期間の停滞の後に急速に成長することを示しました。これは、吸収量の算定において時間的な変化を考慮する必要があることを意味します。また、本研究対象は人工林ではなく天然広葉樹林でありながら、高い炭素吸収ポテンシャルを示したことから、天然林や広葉樹林の評価が、今後の炭素クレジット制度の発展に重要になると考えられます。
本研究で示された遅延加速型の回復は、他地域の台風やハリケーンなどの強風かく乱を受ける森林にも共通する可能性があります。今後は、衛星LiDARなどのデータと統合することで、より広域での森林回復と炭素吸収の評価が可能になると期待されます。また、航空機及びUAVによる多時期レーザ測量と現地調査の統合による森林構造の観測は、炭素量を高精度かつ透明性の高い形で把握することを可能にし、MRV(測定・報告・検証)の高度化にも貢献します。本研究は、森林の炭素回復の理解を深めるとともに、炭素クレジット市場の信頼性向上や森林管理の高度化に資する重要な知見を提供するものです。
謝辞
本研究は文部科学省宇宙開発利用加速化戦略プログラム(カーボンニュートラルの実現に向けた森林バイオマス推定手法の確立と戦略的実装)、科学技術振興機構(JST)グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成(JPMJSP2108)、東京大学グローバルリーダー養成プログラム(WINGS-GSDM)の支援を受けました。
論文情報
論文名Characterizing typhoon-disturbed biomass dynamics using multitemporal LiDAR, high-resolution imagery, and deep learning in cool-temperate forest, northern Japan(北日本の冷温帯林における複数時期のLidarと高解像度画像及び深層学習を用いた台風かく乱によるバイオマス変化の解明)
著者名Ang Li1、加藤知道2、Hantao Li3、Long Duc Nguyen1、林 真智4、Ram Avtar5、中路達郎6(1北海道大学大学院農学院、2北海道大学大学院農学研究院、3東京大学大学院農学生命科学研究科、4国立環境研究所生物多様性領域、5北海道大学大学院地球環境科学研究院、6北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)
雑誌名Forest Ecology and Management(森林科学の専門誌)
DOI10.1016/j.foreco.2026.123692(外部サイトに接続します)
公表日2026年3月12日(木)(オンライン公開)
お問い合わせ先
配信元
北海道大学社会共創部広報課 jp-press(末尾に“@general.hokudai.ac.jp”をつけてください)
国立環境研究所企画部広報対話室 kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)
参考図

図1.平均森林地上部成長速度(AGR:Average Growth Rate、1ピクセルあたり2m x 2m、単位Mgバイオマス/ha/yr)。左:全域、中:非かく乱域、右:かく乱域。
用語解説
*1航空機レーザ測量 … 航空機に搭載したレーザスキャナを使用して、広範囲に高密度・高精度の標高・樹高データを取得する測量のこと。
*2平均森林地上部バイオマス成長速度 … 18年間の観測期間において1年間・単位底面積あたりで森林の地上部の重量(その47%を炭素が占める)が大きくなる速度。
*3 炭素クレジット … 森林の成長や省エネ機器導入によって、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの削減・吸収が行われた量をクレジットとして認証し、主に企業間で取引できるようにした仕組みのこと。
*4 J-クレジット制度 … 環境省、経済産業省、農林水産省が運営するベースライン&クレジット制度であり、省エネ・再エネ設備の導入や森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量を認証する制度のこと。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/mechanism/carbon_offset.html(外部サイトに接続します)
*5深層学習 … AI(人工知能)の一種で、組み込んでおいた知識を蓄積・整理・最適化することで、コンピュータ内で学習し予測するプログラムのこと。

