母ジカの農作物採食は
世代を超えた成長促進効果をもたらす
~シカの管理戦略を考えるために~

 中央大学、農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)、森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下、「森林総研」)、国立環境研究所(以下、「国環研」)の研究チームは、農作物の採食がニホンジカの骨格成長を早めるとともに、母ジカによる農作物の採食が胎子期から子ジカの成長を促進することを明らかにしました。本成果は、農地を含む環境に生息する大型哺乳類の生活史注1)において、農作物の役割を定量的に明らかにした初めての報告であり、農業活動の影響を受ける野生動物の管理戦略を考える上で重要な知見となります。

概要

 野生動物が農作物を採食することで生活史にもたらされる影響を定量的に評価することは、より適切な管理戦略の策定において重要です。近年の研究により、同じ地域に生息するニホンジカでも農作物の採食程度には個体差があることが明らかになってきました。しかし、生存や繁殖に直結する重要な生活史形質注1) の一つである「体サイズ」と農作物の採食との関係については、明らかになっていませんでした。
 本研究チームは、261頭のニホンジカの標本を用いて、骨格成長に対する農作物採食の影響を調査しました。その結果、農作物への依存度が高いメスは、頭蓋骨が最大サイズに到達する年齢が最大1.4年早まること、また、母ジカの農作物依存度が高い場合、子ジカ(胎子注2) )の後足長が最大15%長くなることが分かりました。
 この結果は、農作物採食はニホンジカの骨格成長を促進するとともに、母ジカの農作物採食が次世代に胎子期から成長促進効果をもたらし、子ジカの生存率を上昇させる可能性があることを明らかにするものです。メスジカによる農作物の採食がさらなる個体数増加と、食害の拡大につながるおそれがあることを示唆しています。本研究成果は、2025年8月に科学雑誌「PeerJ」で発表されました。

発表論文

Hata A, Saeki M, Kozakai C, Nakashita R, Fukasawa K, Nakajima Y, Murata R, Harada Y, Takada MB (2025) Silver-spoon effect in agricultural crop consumers: crop consumption enhances skeletal growth in sika deer. PeerJ 13:e19836
http://doi.org/10.7717/peerj.19836(外部サイトに接続します)

研究費

科研費若手研究(19K20492・23K17072)、科研費基盤研究B(23K21779)、科研費基盤研究C(22K05962)

研究内容

1.社会的背景

 日本におけるシカによる農作物被害額は、野生鳥獣種の中で最上位であり、令和5年には年間約70億円に達しています(図1)。近年の研究では、同じ地域に生息していても農作物の採食程度には個体差があることが分かってきました。しかし、生存や繁殖に直結する重要な生活史形質注1) の一つである体サイズの成長過程と農作物の採食との関係については、明らかになっていませんでした。
 草食獣であるシカにとって、野生植物よりも高栄養な農作物の採食は成長過程に与える影響が大きい可能性があります。さらに、母ジカが高栄養な農作物を採食することで、その子ジカの成長に影響が及ぶと考えられますが、これらの実態も分かっていませんでした。
 大型草食獣の場合、出生した子の体サイズは生存率やその後の繁殖成功に大きく影響します。体サイズの指標である後足長(左後足の踵から副蹄の付け根までの長さ)は、初冬の死亡率にも関係することが報告されています。農作物が採食個体とその子の成長に与える影響を定量的に評価することは、農地が多く広がる地域でのニホンジカの個体群管理を効果的に行う上でも重要です。
 そこで、中央大学、農研機構、森林総研、国環研の研究チームは、今回、シカによる農作物被害が多く確認されている長野県で捕獲された野生ニホンジカ219頭(メス145頭、オス74頭)と捕獲されたメスの胎子42頭(メス16頭、オス26頭)の標本を解析し、農作物の採食がニホンジカの骨格成長にもたらす影響を定量的に検証しました。

図1 ニホンジカの食害を受けたキャベツ(提供:長野県)

2.研究の内容・意義

1)標本の年齢と食性履歴、頭蓋骨サイズの関係を解析した結果、メスジカでは長期的な農作物依存度の指標となる骨試料の窒素安定同位体比(δ15N)注3) が高いほど、頭蓋骨が最大サイズに達するまでの成長速度が速くなることが分かりました(図2)。農作物への依存度が高いメスジカは、依存度が低いメスジカと比較して頭蓋骨の成長が最大で1.5倍加速し、最大サイズに達する年齢も最大で1.4年早まりました。一方、オスジカでは農作物依存度が必ずしも成長に影響を及ぼしませんでした。

図2 農作物依存度に応じたメスジカの頭蓋骨最大長の予測成長曲線

 プロットは各個体のデータを示し、赤色が濃いほどδ<sup>15</sup>N値(農作物依存度)が高いことを示す。水平の点線は最良モデルを基に推定された頭蓋骨の最大サイズを示す。実線は色別に上記凡例の値を用いたときの予測成長曲線であり、赤線は農作物依存度が最も高い場合、青線は最も低い場合を示す。なお、月齢については切歯のセメント質年輪法により推定した年齢に基づき算出した。

2)胎子の在胎期間と後足長、さらに母ジカの食性履歴を検討した結果、母ジカの農作物依存度が高いほど出生時点での胎子の後足長が長くなり、最大で15%の差が生じることが分かりました(図3)。この後足長の15%の差は、出生後の子ジカの生存率を高めるのに十分な差と考えられます。生態学では、このような個体の成長段階で良好な環境条件(例えば高栄養な食物摂取など)に恵まれることで、その後の個体の適応度(どれだけ多くの子孫を次世代に残せるかの尺度)に良い影響をもたらすことを「銀の匙(さじ)効果」と呼びます。母ジカによる農作物の採食は、次世代に胎子期から「銀の匙(さじ)効果」をもたらし、個体数増加に繋がるものと考えられます。

図3 母ジカの農作物依存度に応じた胎子後足長の予測成長式

 プロットは各胎子のデータを示し、赤色が濃いほど当該胎子の母ジカ骨試料のδ15N値(農作物依存度)が高いことを示す。垂直の点線はニホンジカの平均出生日(231日)を示す。実線は色別に上記凡例の値を用いたときの胎子の予測成長式であり、赤線は母ジカの農作物依存度が最も高い場合、青線は最も低い場合である。

3.今後の予定・期待

本研究の成果をもとに、今後、農地への侵入防止と併せて、ニホンジカによる農業被害のさらなる効率的・効果的な低減手法の確立を目指します。

用語解説

注1)生活史、生活史形質
 生活史とは、個体が出生してから死亡に至るまでの過程を指す。生活史形質は、生活史を決定する様々な形質(体サイズや産子数など)を意味する。
注2)胎子
 メスジカの胎内にいる状態の子ジカを指す。 
注3)窒素安定同位体比(δ15N)
 同じ原子番号でも質量数が異なる「同位体」のうち、放射壊変(放射線を出して安定した他の原子核に変わる)を起こさない安定的な元素(窒素の場合、14N と15N)を安定同位体という。試料中に含まれる同位体の存在比率(15N/14N)を、標準物質(窒素の場合は大気中の窒素)の同位体比からのずれとして千分率で表したものがδ15N値である。ニホンジカが採食する農作物と野生植物ではδ15N値が大きく異なり、採食度合いに応じてこの差が反映される。そのため、δ15N値はニホンジカの農作物依存度の指標となる。

発表者

中央大学 理工学部 人間総合理工学科
村田 遼大
原田 裕生
教授
高田 まゆら
農研機構畜産研究部門 動物行動管理研究領域
主任研究員
秦 彩夏
契約研究員
佐伯 緑
主任研究員
小坂井 千夏
農研機構基盤技術研究本部高度分析研究センター 環境化学物質分析ユニット
ユニット長
中島 泰弘
森林研究・整備機構 森林総合研究所野生動物研究領域
鳥獣生態研究室長
中下 留美子
国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性評価・予測研究室
主幹研究員
深澤 圭太

お問い合わせ先

<研究に関すること>
高田 まゆら (タカダ マユラ) 
 中央大学理工学術院 教授

中下 留美子(ナカシタ ルミコ)
 森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室長

深澤 圭太(フカサワ ケイタ)
 国立環境研究所 生物多様性領域 生物多様性評価・予測研究室 主幹研究員

<広報に関すること>
中央大学 研究支援室
kkouhou-grp(末尾に“@g.chuo-u.ac.jp”つけてください)

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
kouho(末尾に“@ffpri.go.jp”つけてください)

国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”つけてください)

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