穂高岳・涸沢の多年性雪渓、59年間で有意に縮小
—半世紀を超える記録を統合し、長期縮小と年々変動の気象要因を解明—

 日本アルプスをはじめとする山岳地域には、雪渓が夏を越えて翌年まで残存する「多年性雪渓」が点在し、下流域の水資源として重要な役割を担っています。本研究では、北アルプス穂高岳・涸沢(長野県松本市)の多様な記録を統合し、多年性雪渓の面積変動とそれに関係する気象要因を、59年間(1967~2025年)にわたって解析しました。現地での長期観測が難しい山岳地域で、過去の記録と現在の観測をつなぎ、雪渓面積の変化を捉えた研究です。
 本研究の成果は、日本雪氷学会誌『雪氷』88巻5号に2026年9月7日付けで掲載されました。

本研究成果のポイント

  • 涸沢における空中写真、現地測量図、定点カメラ写真、人工衛星データ、個人所有写真など、1967~2025年の多様な記録を統合し、59年間にわたる多年性雪渓面積の長期連続データセットを構築しました。
  • 雪渓面積は大きな年々変動を伴いながらも、長期的には1年あたり約947 m2の割合で有意に縮小していることを明らかにしました。
  • 面積変動を長期的な変化傾向(トレンド)と年々変動に分けて解析し、それぞれに影響する気象要因を明らかにしました。

1. 研究の背景と目的

山岳地域に夏を越えて残る雪渓は、「天然の白いダム」といわれる重要な水資源であり、高山の生態系や山岳景観とも関わる環境要素です。更に翌年まで残る多年性雪渓の規模は秋から春に雪が蓄えられる「涵養(かんよう)」と春から秋に雪が融ける「消耗」の収支で決まるため、その長期変動は気候変動の影響を捉える指標となります(注1)。

しかし、高標高の山岳域では長期連続的な気象・積雪観測や現地測量が難しく、変動の継続的な把握は困難でした。そこで国立環境研究所では、高山帯の積雪・消雪や生態系を観察するため、2011年から山小屋などに定点カメラを設置し高頻度モニタリングを実施してきました(注2)。

涸沢では1968年に信州大学自然科学研究会による測量調査が始まり、19年間のデータが積み上げられたほか、2000年代以降は信州大学山の環境研究センターが中部山岳地域に自動気象観測網を整備してきました。

本研究では、これら59年間の雪渓面積変動と、それに関係する気象要因を解析し、高山帯における気候変動の影響を調査することを目的としました。

2. 研究手法

涸沢の谷底の約400×1,000 m、標高約2,300~2,700 mを対象に、1967~2025年の59年間に毎年1点以上、秋(9月中旬~10月下旬)に撮影・作成された空中写真、現地測量図、定点カメラ写真、人工衛星データ、個人所有写真など計8種類、106点の画像・図面資料を収集しました。

このうち、紙媒体の資料やアナログ写真は、スキャンによりデジタル化した上で、地理情報システム(GIS)上で位置合わせしました。地上から斜めに撮影された定点カメラ写真なども新手法(注3)で地図上に投影(オルソ化)し、これらを統合しました。資料ごとに位置精度・検出精度・面積算出精度を検証・補正した上で各年の多年性雪渓の面積を算出し、59年間の長期連続データセットを構築しました。

図1 1967~2025年の秋季(9月中旬~10月下旬)における涸沢の多年性雪渓の分布。
各図の左上にデータ年,右下にデータソースと取得日を記載.データソースの略称:林(林野庁空中写真), 地(国土地理院空中写真),測(現地測量図),セ(手持ち空中写真),定(定点カメラ写真),G(Google Earth 画像),人工衛星の L5(Landsat-5),L8(Landsat-8),S2(Sentinel-2),写(個人所有写真).現地測量図の下図に 1999 年の林野庁空中写真を用いた.(出典:井手ら,2026,雪氷88巻5号,図6左・右を一部改変)。

さらに、雪渓面積の変動を長期的な変化傾向(トレンド)とトレンドを除いた年々変動に分け、気温、降水量、降雪量、積雪深など複数地点の気象データとの関係を、涵養期(11~4月)と消耗期(5~10月前半)それぞれについて解析しました。

3. 研究結果と考察

涸沢の秋の雪渓面積には大きな年々変動があり、最大となった1989年には約130,000 m2に達した一方、1999年、2016年、2022~2025年には秋までに完全に消失しました。59年間を通してみると、雪渓面積は1年あたり約947 m2の割合で統計的に有意に縮小していることが分かりました(図2,Mann-Kendall検定,p < 0.001)。

図2 涸沢における秋季(9月中旬~10月下旬)の多年性雪渓面積の長期変動(1967~2025年)。点線は最小二乗法による回帰直線を示す(出典:井手ら,2026,雪氷88巻5号,図7aを一部改変)。

高山(岐阜県)や富士山など複数の観測地点における消耗期の平均気温には、いずれも明瞭な上昇傾向があり、雪渓面積の変動と高い負の相関が認められた一方、冬季の涵養量に関連する降雪量・積雪には地点間で共通する減少傾向は認められませんでした。このことから、雪渓面積の長期的な縮小トレンドには、涵養量の減少よりも消耗期の気温上昇に伴う融解量の増大が大きく影響していることが示唆されました。一方、トレンドを除いた年々変動には、消耗期の気温上昇による融解量に加え、冬季季節風による日本海側からの降雪と南岸低気圧による太平洋側からの降雪がもたらす積雪(涵養)量が関係しており、涵養・消耗の双方の過程が影響していることが示されました。

他地域の多年性雪渓と比較すると、白山の千蛇ヶ池雪渓(涸沢から西に約82 km)でも2022年までに縮小傾向が認められ(注4)、トレンドに共通点が見られました。一方、年々変動の傾向が他地域と異なる年もあり、雪崩による涵養が多く、南岸低気圧の影響も受ける涸沢の地形的・地域的特性が考えられました。

4. 本研究の意義と今後の展望

本研究で構築した59年間にわたる多年性雪渓面積の長期連続データセットは、国内でも有数の長期記録であり、山岳地域における気候変動の影響を評価するための重要な基礎資料となります。縮小トレンドの主要因が消耗期の気温上昇による融解量の増大であることが示唆されており、近年は他地域の多年性雪渓でも消失リスクが増大していることから、現地観測やモニタリング体制を長期的に継続するとともに、観測点を拡充していく必要性を改めて示す結果となりました。

同時に、本研究では1968年から19年間にわたり信州大学自然科学研究会の学生が積み重ねてきた現地測量記録と、国立環境研究所の定点カメラ網や最新の画像処理技術を組み合わせることで、長期解析が実現しました。また、山小屋関係者・登山者から寄せられた個人所有の写真も活用しています。劣化・散逸のおそれがある紙媒体の資料や、従来解析が難しかった斜め撮影画像をデジタル化・再評価できたことは、各地に眠る過去の記録を発掘・収集し残していくことの重要性を示す成果でもあります。今後は、蓄積されたモニタリング画像を活用した高山帯の植生や生態系に対する気候変動の影響評価が期待されます。

5. 注釈

注1)樋口敬二 (1969): 多年性雪渓の地球科学的意味.雪氷,31,63-68, DOI:10.5331/seppyo.31.63.(外部サイトに接続します)

注2)小熊宏之,井手玲子,雨谷教弘,浜田崇 (2019): 定点カメラ観測ネットワークによる高山帯の消雪と植生フェノロジーのモニタリング.地学雑誌, 128, 93-104.
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/

注3)Okamoto, R., Ide, R., Oguma, H. (2023): Automatically drawing vegetation classification maps using digital time-lapse cameras in alpine ecosystems. Remote Sensing in Ecology and Conservation, 188-202, DOI:10.1002/rse2.364.
https://github.com/0kam/alproj-gui/releases/tag/v0.1.5 (外部サイトに接続します)

注4)小川弘司,藤原洋一 (2024): 白山・千蛇ヶ池雪渓の長期変動解析.水文・水資源学会誌, 37(2), 125-141, DOI:10.3178/jjshwr.37.1818.(外部サイトに接続します)

6. 研究助成

本研究はJSPS科研費(23K25426)の助成を受けたものです。

7. 発表論文

【タイトル】
Long-term area dynamics of perennial snow patches in Karasawa Cirque, Mt. Hotaka: A 59-year record (1967-2025)
(穂高岳涸沢における多年性雪渓の59年間(1967~2025年)の面積変動)

【著者】
井手玲子、神田健三、岡本遼太郎、鈴木啓助、小熊宏之

【掲載誌】
日本雪氷学会誌「雪氷」88巻5号(2026年9月)
https://doi.org/10.5331/seppyo.88.5_381(外部サイトに接続します)

8. 関連URL

国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動影響モニタリング(高山帯)
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/

国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動影響モニタリング「涸沢小屋」
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/station.html?id=33

信州山の環境研究センター
http://ims.shinshu-u.ac.jp/

9. 発表者

本論文の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所
井手玲子(研究当時)、岡本遼太郎、小熊宏之(信州大学山岳科学研究所特任教授 兼務)

国立大学法人信州大学
鈴木啓助

中谷宇吉郎 雪の科学館
神田健三

10. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性保全計画研究室 特命研究員 小熊 宏之

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)

国立大学法人信州大学 総務部総務課広報室
Shinhp(末尾に“@shinshu-u.ac.jp”をつけてください)