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4月


<国際関連情報提供・解説>地球観測コミュニティにおける生態系・生物多様性観測ネットワーク

村岡 裕由(岐阜大学 流域圏科学研究センター/地域環境変動適応研究センター、国立環境研究所 生物多様性評価連携研究グループ)

「地球観測に関する政府間会合」(Group on Earth Observations,GEO)は、国際的な連携によって衛星、地上、海洋観測等の地球観測や情報システムを統合(GEOSS = 全球地球観測システム)して、生態系や生物多様性、気候、水資源、災害、農業生産などの社会便益分野に関する政策決定に資する情報を創出することを目的として2005年に設立された。2008年には国際生物多様性観測ネットワーク(GEO BON)が発足し、APBONはその地域実践コミュニティの位置づけで2009年に発足した。我が国においても、地球環境の変動の把握や気候変動対策の推進、陸域・陸水・沿岸・海洋生態系の保全と利活用の両立などのために、研究ネットワークなどによる生物多様性観測の発展や他分野との連携強化が期待されている(第6期地球観測推進部会「今後10年の我が国の地球観測の実施方針」2015年8月。第8期地球観測推進部会「今後10年の我が国の地球観測の実施方針フォローアップ報告書」2020年8月)。本セミナーではglobal、regionalなGEOの動向に触れながら、日本やアジア太平洋地域における生態系・生物多様性分野の観測ネットワークの連携について皆さんと意見交換をしたい。

低コストな生態系モニタリングに向けた深層生成モデルの利用

岡本 遼太郎(生物多様性保全計画研究室、筑波大学大学院生命地球科学研究群)

定点カメラ等の自動観測機器を用いた生態系モニタリングは、現地調査と比較して低コストで継続的なデータを取得することができる点で優れる。一方、得られた画像や音声といったセンサーデータから観測対象(例:特定の花や動物、鳴き声等)を検出する作業が必要であり、これは多くの場合多大な労力を要する。古典的な手法ではデータの特徴(例:画像の輝度や色相)をいくつも組み合わせて対象を検出するための特徴量を人が設計するが、対象ごとに特徴量を設計する必要がある。近年深層学習の発展によって、十分な量の教師データがあれば人が特徴量を設計しなくても有用なモデルを得ることができるようになったが、膨大な数の教師データが必要となる場合がほとんどであり、決して低コストとは言えない。発表では、深層生成モデルを用いることで極めて少コストかつ汎用性の高い検出モデルを開発する試みと、その成果物である定点カメラ写真から植物群落の開花フェノロジーを測定するPythonパッケージについて紹介する。

環境DNAメタバーコーディングのための多種サイト占有モデル:偽陰性誤差の説明と調査設計

深谷 肇一(生物多様性評価・予測研究室)

環境DNAメタバーコーディングは、水などの環境中に含まれるDNA断片の増幅と配列解析により、幅広い種を同時に検出する手法である。環境DNAメタバーコーディングでは、野外での作業、実験室での作業、計算機での作業を含む、多段階のワークフローを経てデータが取得される。しかし、その複数の段階で偽陰性と偽陽性が生じ得ることから、これを適切に考慮することが重要である。本研究では、この問題に対処するための方法として、環境DNAメタバーコーディングにおける種検出の過程を統計的にモデル化した。多地点での環境DNAメタバーコーディング研究に適用できる多種サイト占有モデルの拡張を導入し、ワークフローの異なる段階で生じる偽陰性を考慮したデータ解析と調査設計の例を紹介する。

5月


<国際関連情報提供・解説>ポスト2020枠組はどうやって進捗を点検していくか?

角 真耶(領域長室)

現在、SBSTTA24とSBI3がオンラインで開催されています。実際の国際交渉がオンラインで開催されるのは国際条約でも初めての試みとのことで、交渉内容のみならず実施の様子に関しても注目されています。今月の国際情報ではまず、現在開催中の両会合の議題や注目される内容などを簡単に紹介します。次に、SBI3でも主要な議題となる「ポスト2020枠組の進捗をどう点検していくか」について詳細な説明を行います。現行の点検方法は、生物多様性国家戦略を策定し、その実施結果を国別報告書として条約事務局に提出する形が中心となっています。SBI3では、これに加える形で、「National commitments(国別宣言)」の仕組みを採用するかどうか等の議論がされる予定です。 世界的な進捗点検の仕組みが変わると、 研究者コミュニティにとっては、 最終的には研究結果のアウトプット先や取りまとめ時期などが連動する可能性もあるかもしれません。5月の国際情報では、これから交渉される予定の原案について詳細をお伝えします。

東北地方太平洋地震からの復興を支える研究-震災瓦礫の堆積推定と水産資源の将来予測-

松葉 史紗子(生物多様性評価・予測研究室)

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震と巨大津波は、豊かな漁場をもつ三陸沖沿岸域に壊滅的な被害をもたらし、多くの人命と漁業をはじめとする産業に甚大なダメージを与えました。例えば、津波は500 万トンもの瓦礫を沖合へと運んだとされ、そのうち 320 万トンに及ぶ瓦礫が近海の海底に沈んだとされています。海底に沈んだ瓦礫は、生態系を破壊するとともに、底曳き網をはじめとする漁具を破損するため、早期の掃海作業が求められました。また、そうした復興に資する即時的な支援と合わせて、長期的な視野に立った持続的な水産資源管理の要請も高まりました。本セミナーでは、海洋における復興支援研究として、瓦礫の海底への堆積を推定した試みと、生態系の持続的利用を目指す上で基盤情報となる水産資源の将来予測について紹介します。

コウモリを自然宿主とするBartonella属菌に関する分子生態学的研究

鍋島 圭(生態リスク評価・対策研究室)

コウモリはヘンドラウイルス感染症、ニパウイルス感染症、狂犬病、SARS、エボラ出血熱などの病原性が極めて高いウイルスの病原巣あるいは媒介動物であることから、わが国のコウモリにおいても各種病原体の保有状況を解明することは重要な課題であると考えられる。一方で、コウモリが保有する病原性細菌の研究はウイルスと比較して少ない状況にある。コウモリは病原性細菌であるBartonella属菌を保有していたことが明らかとなっているものの、国内のコウモリが保有するBartonella属菌について一切検討されていない。本研究では、わが国の4種のコウモリは7種の異なる系統のBartonella属菌を保有しており、その系統はコウモリの科や属ごとに固有の新種であることを明らかにした。また、ユビナガコウモリではNycteribia属のクモバエ、キタクビワコウモリではコウモリノミが、モモジロコウモリではコウモリダニとN. pygmaeaBartonellaを媒介するベクターである可能性を示した。さらに、コウモリ由来Bartonellaの全ゲノム解析を行ったところ、コウモリ由来株は猫ひっかき病の原因菌であるB. henselaeと同様に、8つないしは7つの病原因子を保有していたことから、B. henselaeと類似の感染機序で宿主に持続感染していることが示唆された。

6月


<国際関連情報提供・解説>民間主体で行う「地域をベースとした」保全活動:民間保護地域とOECMsに関する最近の動向

角 真耶(領域長室)

近年、市民や NGO・企業等の民間団体が土地を所有したり、借りたり、所有者と連携しながら行っている「地域をベースとした」保全活動に注目が集まっており、そのキーワードとなっている「民間保護地域」や「OECMs ( other effective area-basedconservation measures ) 」といった単語を耳にする機会が増えました。例えば日本では、昨年3月に改訂された自然環境保全基本方針の中に、「保護地域と民間保護地域や OECMs との連結性を強め、生物多様性保全を推進する」旨が盛り込まれるなど、行政の中でも視認性が高まりつつあります。今月は、民間保護地域と OECMs について簡単な説明を行い、これらに関する具体的な事例や最近の動向についてお伝えする予定です。具体的には、民間保護地域に関しては、2018年に IUCN が発行した「民間保護地域ガイドライン」の内容から、他国での事例等日本国内での展開をイメージする際の参考になりうる内容をご紹介します。OECMs に関しては、昨年から環境省が主体となり国内制度の検討・構築がはじまっているため、この検討会の様子をお伝えします。

社会との対話・協働をすすめます!-対話オフィス

岩崎 茜、前田 和、川田 能理子(連携推進部社会対話・協働推進室)

社会対話・協働推進オフィス(通称:対話オフィス)は2016年4月に設置された。 社会の様々な主体と双方向のコミュニケーションを行い、社会の声と研究活動とをつなぐ取り組みを進めている。環境問題は「科学だけでは解けない問題」であり、専門家が社会と双方向に対話をしながら研究活動を進めることが必要である。それはつまり、専門家が一方的に情報発信するのではなく、社会の様々な主体が持つ異なる視点、認識、知恵、価値観等を尊重したうえで、「相互に学び合う」姿勢で社会と向かい合うことを意味する。このような社会との関係を構築することを目指して、対話オフィスはこれまで活動に取り組んできた。セミナーでは、対話オフィスの理念や活動、成果を紹介する。また、これまでの課題を共有し、よりよい対話活動に向けた意見交換を行いたい。対話オフィスは研究コンテンツを持たない部署なので、所内外の様々な分野との連携が不可欠である。本発表が、広報や対話に関する活動のよりよい支援や連携につながればと思う。

7月


<国際関連情報提供・解説>SBSTTA24とSBI3

亀山 哲(生態系機能評価研究室)、池上 真木彦(生態リスク評価・対策研究室)、石田 孝英(領域長室)

バーチャルセッションとして今年5/3-6/13に開催されたSBSTTA24(第24回科学技術助言補助機関会合Twenty-fourth meeting of the Subsidiary Body on Scientific, Technical and Technological Advice-24)とSBI3(第3回条約実施補助機関会合Subsidiary Body for Implementation-3)の情報を紹介します。SBSTTA24では、主にポスト2020生物多様性枠組等について議論が行われました。SBSTTAは初のオンライン公式会議ということもあってか、多くの議題で合意に至らず、議長から「閉会」ではなく「休止」という形で議論を一旦切り上げる形で幕を閉じました。セミナーでは会議の概要に続き、議題の中で、特に6. 海洋と沿岸域の生物多様性、7. 生物多様性と農業を亀山が、8. IPBESの活動計画、9. 生物多様性と健康、10. 外来種について池上が解説します。SBI3では、ポスト2020生物多様性枠組の実施報告や評価及びレビューの仕組みに加え、資源動員・資金メカニズム等について、11の議題が話し合われましたが、ほとんどの議題で、Conference Room Paper(CRP)の作成しかできず、採択可能な文書(L文書)の作成には至りませんでした。報告では、日本政府の発言を中心に会議の様子をお知らせします。両会議に関する情報サイトはこちらです。

鱗翅目昆虫の多様性の時空間パターン

中䑓 亮介(生物多様性評価・予測研究室)

昆虫は地球上の記載生物種数の約半数を占める生物群であり、その多様性の創出維持プロセスの解明は長く生態学・進化学の重要な課題の一つである。加えて、近年急速に進行している世界的な昆虫減少の問題を考えると、昆虫の個体数減少に対する対策の実施にはまず将来のさらなる変化に対する比較評価軸として、現在の多様性のパターンを明らかにすることが急務である。発表者はこれまで昆虫の中でも特に鱗翅目昆虫を対象とした研究を進めてきた。本セミナーでは、ブロッキングプライマーを用いたメタバーコーディングにより、同属の植物を利用する近縁なハマキホソガ属蛾類10種の季節動態と天敵昆虫の関係を明らかにした研究と、蓄積された分布情報と形質情報を用いて、日本列島における蝶類の多様性と形質のパターンを明らかにした研究の二つについて紹介する。

長期的な撹乱が生物の回復可能性を減少させる影響とその回避

篠田 悠心(生物多様性評価・予測研究室)

温暖化、人間による土地利用、外来種や有蹄類の分布拡大などによる生物群集に対する撹乱が、今後もますます頻繁に広範囲で発生し、その影響は強く、そして長期化していくことはほぼ確実と言われています。これらの撹乱が生物の回復可能性を減少させてしまう前に何かしらの対策が必要となりますが、そもそも撹乱がどのようなメカニズムで生物の回復可能性を減少させていくかは十分に明らかにされていません。特に長期的な撹乱は、人間活動が由来なことが多く研究の歴史が浅い、人が手をかけないと収束しないことが多い、長期的な調査が必要になるなどの理由で、短期的な撹乱に対して知見が少ないのが現状です。本セミナーの前半部分では、長期的なシカの採食と植物の関係を題材に、植物の回復可能性にとって重要な土壌シードバンクを減少させるメカニズムや、短期的な撹乱では見られないような形質の欠落について紹介します。